第1章 8 アラン王子からのプレゼント

 私とアラン王子はマーケット市場の雑貨店に来ている。この店は木彫りの可愛らしいアクセサリーや人形、ペン立て、フォトフレーム・・・等々様々な雑貨が所狭しと並べられて売られている。

「わあ・・・これ、可愛い!」

その中の1つ、私は青い鳥をモチーフにしたブローチを見つけ、手に取った。


「なんだ、ジェシカ。これが気に入ったのか?」

アラン王子が私の手元を覗き込む。


「はい、一目で気に入りました。これを買う事にします。」

私は店主のお婆さんに声をかけた。

「すみません。この鳥のブローチをください。」


「おやまあ、お客さん・・お目が高いですねえ。このブローチを作ったのは木彫りで有名な作家さんの作品なんですよ。滅多に市場には流れてこないのですが、偶然1つだけ入荷する事が出来て・・・。」


「そうなんですか?」

その話を聞けばますます欲しくなってしまう。


「お嬢さんへのプレゼントですか?」

お婆さんはアラン王子を見ながら言った。


「いや、俺は・・・。」


アラン王子が言いかけたのを慌てて私が言う。


「ち、違うんですっ!こ、これは妹への私からのプレゼントなんです!」

ここで、これは私が自分で買うと言えばアラン王子に悪いような気がして、咄嗟に嘘をついてしまった。


「ああ、そうだったんですね。きっと妹さんもお姉さんからのプレゼント、喜ぶと思いますよ?」

お婆さんはニコニコしながらブローチを包みに入れてくれた。


「・・・・。」

アラン王子は驚いたように私を見ている・・・が、気づかないフリをした。


 その時、お婆さんが顔を上げて私の顔をじっと見つめると言った。

「お嬢さん・・・・貴女、不思議な相をしているようですねえ・・・。今まで感じた事の無い雰囲気を纏っているような・・。」


「え・・・?」

お婆さんの言葉に私は思わずドキリとした。


「この先も、色々厄介事に巻き込まれてしまわないように・・・お守りのネックレスなどは如何ですか?ここに並べられているネックレスはどれも持ち主の身を守ってくれる魔力が施されているんですよ。」


言うと、お婆さんはガラスケースに入れられた木彫りのネックレスを幾つか持って来て見せた。


「何だ、客引きか・・・。」


 アラン王子が口の中で小さく呟く声が聞こえ、思わず苦笑してしまった。

でも私はお婆さんの真剣な表情を見逃さなかった。この人は本当に私の身を案じてくれている・・・何故か直感でそう思った。


「そのネックレス・・・見せて頂けますか?」

私は差し出されたガラスケースの中に収められている数点のネックレスに目を通した。中でも興味を引いたのがダイヤの形にカットされた木彫りのネックレスである。

このネックレスの木枠の部分には見た事も無い文字が刻まれ、中央には小さな丸い水晶のようなものが埋め込まれている。

色は赤、青、黒、黄色、紫の5色で、それぞれ鈍い輝きを放っていた。


「この・・色がいいです・・。」

私はガラスケースに入っている青いネックレスを指さした。何だろう。凄く不思議な感じがする。どうしても欲しくなってしまった。


「なら俺が買ってプレゼントする。」


突然アラン王子が私の背後から店主のお婆さんに言った。

「え?な、何言ってるんですか?自分で買いますよ!」


「いや、これは俺に買わせてくれ。」


アラン王子は私の言葉に耳を貸さず、ネックレスの入ったケースを御婆さんに渡しながら言った。


「俺からのクリスマスプレゼントだ。頼む、受けとってくれ。」


いつになく真剣なアラン王子に逆らえず、私は小さく頷いた。

「分かりました・・・・。アラン王子、どうも有難うございます。」


「はい、どうされますか?お包みしますか?それとも・・。」


御婆さんの問いにアラン王子は言った。

「いや、今すぐ付けるから包まなくても良い。」


そしてそのままネックレスを受け取るとアラン王子は私の背後に回った。


「え?」

私が返事をする間も無くネックレスを付けるアラン王子。店主のお婆さんは手鏡を持って私に見せてくれた。


「良く似合っているよ、ジェシカ。」


優しい笑みを浮かべて私の耳元で囁くように言うアラン王子。


「あ、ありがとうございます・・。」

か、顔が近い・・っ!思わず赤面しそうになるのを理性で必死に押しとどめる。

流石は私の小説の中のメインヒーロー。女性の心を射抜く、その微笑みは破壊力抜群だ。



「ありがとうございました。」


店主のお婆さんはお辞儀をしながら私達を見送った。


「本当に良かったのですか?こんなに素敵なネックレスを頂いてしまって。」


「ああ。これはほんのお礼だから気にしないでくれ。」


アラン王子は白息を吐きながら言った。


「お礼・・・ですか?」

私は思わずアラン王子を仰ぎ見た。


「そうだ。俺とは二度と関わりたくは無かったはずなのに、あの時・・雪の中をわざわざ俺の事を探しに来てくれた事と、もう一度こうして2人で会ってくれた事へのお礼だ。」


そして目を細めて私を見つめる。

「アラン王子・・・・。」

私は思わず視線を逸らせると言った。

「あ、あの。そろそろお腹が空きませんか?私・・・食べてみたい食べ物があるんです。屋台で・・アラン王子のお口に合うかどうかは分かりませんが、よろしければ一緒に食べに行きませんか?」


「屋台の食べ物?でもジェシカがお勧めする食べ物ならきっと美味いんだろうな。よし、一緒に食べに行こう。」


「はい、それでは屋台街へ行きましょう。」

アラン王子の先頭に立って歩き始めると、急に右手を引かれた。

「?」

私が振り返ると、アラン王子は少し照れたように言った。


「手を・・手を繋いで歩いていいだろうか?」


え?何を今更言ってるのだろう?

「アラン王子、先程も私の手を繋いで歩いていましたよね?」


「そうだったのだが・・・考えてみれば俺は今迄随分強引な男だったような気がするんだ。だからジェシカにも嫌がられてしまったのでは無いかと思って・・今後は自分の考えを相手に押し付けるのはやめにする。ジェシカ、俺はお前と手を繋いで歩きたい。嫌なら嫌と言っていくれ。」


 いつになく真剣な表情のアラン王子。ここまできて嫌だと拒否など出来るはずは無いだろう。

「いいですよ。」

私は笑って右手を差し出した。


「・・・ありがとう。」


 言うとアラン王子は私の右手をしっかり握りしめると手を引いて歩き出した。

それにしても・・・王子は嬉しそうに歩いているが、私は正直に言えば生きた心地がしなかった。もし、2人で手を繋いでいる姿を他の誰か(特にマリウス)に見つかったら厄介だなあ・・。

 全くもう少し、アラン王子が目立たない存在だったならましだったのに、なまじ人目を引く容姿をしているだけに嫌が上でも注目を浴びてしまう。

ああ・・・やはり手を繋いで歩くなんて・・了承するべきでは無かったかなあ。

 

 そんな事を考えている内に私達は屋台街に到着していた。周囲は色々な食べ物の美味しそうな香りが漂っている。


「ジェシカ、お前が食べてみたいと言っていた食べ物は何と言うのだ?」


「はい、<ラフト>って名前の食べ物なんです。」

ああ、以前食べ損ねてしまった<ラフト>・・・。今度こそやっと食べられるっ!


「うん・・・どの屋台なのだろう?」


アラン王子はキョロキョロしているが、私の方が一足早く見つけた。

「あ!あの店ですよ、アラン王子。」

私は急いでラフトの屋台へ向かった。


「すみません、ラフトを2つ下さい!」

大きな声で店員のお兄さんに言うと、彼は私を覚えていたようで笑顔になって言った。


「やあ!この間のべっぴんさんじゃないか?また俺の店に来てくれたのか?」


「はい、どうしてもこのお店のラフトがもう一度食べたくて。」


「それは嬉しい事を言ってくれるなあ~。おや?後ろのお兄さんは誰だい?」


屋台のお兄さんはアラン王子に気が付いたようだ。


「え~と、この方は・・・。」

そこまで言いかけて私は思わず後ずさりそうになってしまった。アラン王子が物凄い怖い目つきで屋台のお兄さんを睨み付けていたからだ。


「に、兄さん・・・な、中々鋭い目つきをしているねえ・・・。」


引きつった笑顔で言う屋台のお兄さん。ち、ちょっとアラン王子!何故そのような眼つきでこのお兄さんを睨み付けているのよ?!


「おい、お前・・・ジェシカとはどういう関係だ・・・?」


今にも殴りつけそうな気迫でお兄さんに尋ねるアラン王子。あーもうっ!何をやっているのよ!


「お、お兄さん!ラフト2枚下さい!ほ、ほら。アラン王子はあちらのベンチで待っていて下さい。焼けたら持って行きますので!」

私はまだ何か言いたげなアラン王子の背中を押すとベンチの方へと追いやった。


「なんだ、あの人は彼氏かい?随分嫉妬深い彼氏なんだなあ?」


屋台のお兄さんはからかうように言う。

「いえ、彼氏なんかじゃありませんよ。只の男友達です。」


「そうか・・・。ああいうタイプは面倒だからお嬢さんも苦労しそうだなあ。ほら、ラフト2枚焼けたよ。」


「ありがとうございます。」

私はラフト2枚を紙皿に受け取ると、意気揚々とアラン王子の元へと向かった。

ああ、やっと念願のラフトが食べられる!

庶民的な食べ物だけど、アラン王子の口に合えばいいなあ・・・。












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