第1章 2 後悔
見晴らしの丘―
学院から走っても10分近くはかかる場所にそこはある。
アラン王子がいるとは限らないし、徒労に終わる可能性もある。けれども何故か私には確信があった。
王子は必ずそこにいるのではないかと―。
ジェシカの身体はあまり運動が得意ではないようだ。5分程走ったところでもう息切れがしてきた。それに小雪が舞う程度だったのが、少しずつ雪が降る量が増え始めている。
私は必至で走った。
私とアラン王子が初めて出会った季節は9月。まだ緑が草原に沢山生えていたが、今は枯草となっている。草が生い茂っていないのですぐに見つかるのではないかと思ったのだが、アラン王子は何所にもいない。やっぱりここにはいなかったのだろうか・・・?
それでも私は諦めずに辺りを歩き回り、息をのんだ―。
茂みの間から男性の足が2本飛び出ているのが見えたのだ。
「!」
私は恐る恐るそこへ近づき・・・やはり予想通り、そこに横たわっていたのはアラン王子だった。
アラン王子は防寒用のマントを羽織り、青ざめた顔で目を閉じている。
両手は胸のところで組んでいた。それはまるで棺に納められた死者のようにも見えた。
ま・まさか・・・?
「ア・・・アラン王子・・・?」
私は恐る恐る声をかけたが返事が無い。ま、まさか・・・?
さらに近づいて再び声をかけるが反応は全くない。そんな・・・っ!
「王子!アラン王子っ!!」
私はアラン王子の両肩を掴むと激しく揺さぶりながら声をかけた。
「う・・・。」
やがてゆっくりとアラン王子は目を開けた。
「よ・・・良かった・・・!アラン王子・・・。」
安堵の為、私はその場でへたり込んでしまった。
「ジェ・・ジェシカ・・・か・・?これは・・夢じゃないのか・・?」
アラン王子は横たわったまま虚ろな目で私を見ている。
「夢じゃありませんよ。アラン王子。」
私は優しく微笑んだ。
「ジェシカ・・・。」
アラン王子がまるで子供の様にクシャリと顔を歪めて私を見る。
「本当に・・・夢じゃないかどうか確かめたい・・。抱きしめさせて貰っても・・いいか・・?」
アラン王子の問いかけに私は黙って頷いた。するとアラン王子は身を起こし、恐る恐る私に触れ、やがて強く抱きしめてきた。
「ジェシカ・・・ジェシカ・・ッ!」
私の髪に顔をうずめて泣きじゃくるアラン王子はいつもの俺様王子ではなく、まるで少年のようだった。だから私は小さな子供をあやすように背中を優しく撫でながら言った。
「アラン王子・・・。どうして真冬の見晴らしの丘に来ていたのですか?こんな場所にいたら寒さで死んでしまうかもしれませんよ?帰りましょう。学院に・・・グレイもルークも・・皆心配しますよ。」
するとアラン王子は嫌だと小さく言った。
「え?」
「嫌だ・・・ジェシカの口から他の男の名前なんか聞きたくない・・!」
まるで駄々っ子のように同じ台詞ばかり繰り返す。だから私は黙って次のアラン王子の言葉を待った。
「ジェシカ・・・さっき、どうしてこんな場所に来ているか聞いてきただろう?」
アラン王子はまだ私を抱きしめたままポツリと言った。
「は、はい。」
「本当はお前だって分かっていて、ここに来たんだろう?」
「・・・。」
何と答えたらよいのか分からず、思わず黙ってしまう私。
「ジェシカ・・・お前と初めて会った場所だから・・・もう二度とこの場所には来れないんじゃないかと思って・・最後にどうしても来てみたかったんだ・・。」
え?どういう事?もう二度とこの場所には来れない?最後に来てみたかった?私にはアラン王子の話している意味が全く理解出来なかった。
「アラン王子、待って下さい。最後ってどういう意味ですか?」
私は驚いて顔を上げた。するとアラン王子は悲し気に笑うと言った。
「父上に言われていたんだ・・・。常に成績上位を維持しなければならないと。もしそれが出来ないのならば退学して、国で帝王学を学ぶようにと言われている。何、俺がこの学院で役立て無くとも、2年後には俺の弟のクリストフがこの学院に入学してくるから、国の対面は保てるしな。」
え・・・?そんな・・っ!
アラン王子がもしこの学院から去ってしまったら?魔界の門が開いてしまった場合、誰が門を封印するのだ?確かに小説の中ではアラン王子以外にも聖騎士はいた。しかし閉じることは出来ても封印する事が出来るのは正当な王位継承者のみなのだ。
「そ・・それだけは駄目ですっ!アラン王子・・・貴方はこの学院に必要な方です!絶対にこの学院をやめてはいけませんっ!・・・お願いですから・・・。」
私はアラン王子に縋るように言った。ショックで最後の方はかすれ声になってしまった。
そんな・・・アラン王子がこんな風になってしまったのは私のせい・・?
するとアラン王子はフッと笑うと言った。
「初めてこの学院に入学してきた時、俺はこれから毎日が窮屈で退屈な日々が始まると思い、正直憂鬱でたまらなかったんだ・・・。常にグレイとルークの監視があったしな・・。」
アラン王子の告白に私は驚いていた。グレイとルークがアラン王子の付き添いをするのを嫌がっていたように、アラン王子も同じ事を考えていただなんて・・・。
「式が始まる前に俺は少しでも息抜きがしたいと思って、グレイとルークの目を盗んで外へ出たんだ・・・。その時空から一筋の光がある1点に降り注いでいるのを見つけた。何事かと興味を持って、そこへ行ってみると・・ジェシカ・・お前が光の中で眠っているのを見つけた。」
アラン王子はようやくそこで身体を放すと私の瞳をじっと見つめながら言った。
え・・・?
私は衝撃を受けた。どういう事だ?アラン王子が私を見つけたのは偶然ではなかったのか?光が降り注いでいた場所に私が眠っていた?
今までどうしてアラン王子があの場所にいたのか等疑問に思ったことすらなかった。
「あの時は初対面なのに乱暴な口を利いて本当にすまなかったと思っている。ただ・・あれは照れもあったんだ・・・。」
アラン王子は言葉に詰まりながら言った。
「照れ・・・・?」
「光の中で眠っているジェシカが・・・あまりにも綺麗だったから・・つい見惚れてしまっていたんだ・・。そして入学式前なのに幸せそうな顔をして眠っているから独り言を言ってたらジェシカが目を覚ました。・・つい照れくささからあんな喧嘩腰の話し方をして・・本当にすまなかったと思っている。」
アラン王子は頭を下げた。信じられなかった。あんなに俺様王子が人に素直に頭を下げるなんて・・・。
「アメリアと出会って・・・一瞬ジェシカの事が全て頭の中から消し飛んでしまって、つい自分でも制御が出来ない行動を取ってしまった。本当に自分でもあの時はどうかしていたんだ。その為に・・・ジェシカを失ってしまったんだからな・・。」
悲し気な笑みを浮かべて私を見るアラン王子。
「アラン王子・・・信じては頂けないかもしれませんが・・・アラン王子の運命のお相手は私では無いのですよ?それこそ・・磁石が引き合うように、一目でお互いに恋に落ちてしまう相手がアラン王子にはいるのです。・・・私はアラン王子にとっては単なるクラスメイトの1人でしか過ぎません。」
こんな話をアラン王子にしても信じてはくれないだろう。だけど、この物語の均衡が崩れてしまってはどんな結果になるか想像が出来ない。だからアラン王子にはどうしてもソフィーと一緒になって欲しかったのだ。
最も2人の出会いは最悪だったかもしれないが、この先2人が交流を深めれば・・・。いずれアラン王子もソフィーを愛するようになるのでは?
どのみち、私の書いた小説通りに話が進んで魔界の門が開けられてしまった場合、アラン王子がいなければ門を封印する事等不可能だ。
そう・・・むしろ学院を辞めるべき人間は私なのだから・・・。
「だから、お願いです。アラン王子、学院をやめないで下さい。そして・・・本来のお相手と・・!そうしなければ世界が・・・っ!」
そこまで言いかけた私をアラン王子は険しい顔で私を見つめると言った。
「ジェシカ・・・?お前、一体何を言ってるんだ?」
「え・・・?い、いいえ・・何でもありません・・。それよりも、もう戻りましょう。雪の降る量が増えてきましたし・・この話の続きはまた後で・・しませんか?」
言い終わるや否や、私はくしゃみをした。
「ジェシカッ!お前・・・こんな薄着で俺を探しに来ていたのか?!」
その時になってアラン王子は初めて私が制服だけでここへやって来た事に気づいたようだ。
「すまなかった、すぐに学院へ戻ろう。」
アラン王子は私を抱き寄せると私に言った。
「ジェシカ、瞬間移動魔法を使うから少しだけ目を閉じていてくれ。」
言われた通り私は目を閉じる。
「もう、目を開けていいぞ。」
私が目を開けると、そこはもう学院の門の前だった―。
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