第1章 3 アラン王子の要求

「お嬢様、何故私もアラン王子との話し合いの場に同席させてもらえないのですか?仮にも私はお嬢様の下僕なのですよ?」


マリウスは尚もしつこく食い下がって諦めない。そして私達の前方では、アラン王子がグレイとルークに挟まれて説得されている。


「アラン王子、俺達も話を聞く権利がありますよね?」


グレイは必死でアラン王子に詰め寄っている。ルークは何も言わないが、頷いている。


「う、煩い!お前たちは俺がジェシカと2人きりで話をするのが気に入らないだけなのだろう?」


途端に黙り込むグレイとルーク。そして何故かマリウス迄もが黙ってしまう。どうやら図星だったようだ・・・。


「大体、ジェシカとアラン王子が話をする事が他の3人に知られたらどうするつもりですか?」


ルークが気になる事を言った。


「え?他の3人て・・・ひょっとすると生徒会長とノア先輩にダニエル先輩の事を言ってるの?」

私は尋ねた。


「そう・・か・・。ジェシカは何も知らなかったんだな・・・。ハハ・・・ある意味、それだけもう俺達に関心が無くなっていたって事か・・。」


自嘲気味に笑い、がっくりと肩を落とすアラン王子。とても今の状況のアラン王子に生徒会長達の事を尋ねる雰囲気では無かった。

「ねえ、マリウス。貴方なら知ってるんでしょう?教えてよ。」

私は傍に立っているマリウスに尋ねた。


「ええ、お嬢様のお願いならどんな事でも。」


大袈裟に頭を下げるマリウス。どうでもいいから早く教えて欲しい。


「生徒会長は最近、既に自室と化してしまった生徒会室に引きこもったままでろくに生徒会会議にすら顔を出さないそうです。そして副会長のノア先輩もセント・レイズシティの隠れ家に引きこもったままなので、今生徒会が殆ど機能出来ていない為、役員の方々が困り切っているそうですよ。ダニエル先輩に関しては消息不明状態です。」


何とも無いようにさらりと言ってのけるマリウスだが、事の内容の重大さに私はのけぞりそうになる程驚いてしまった。ええええっ?!何それ!


「し、知らなかった・・・・。」

私は呆然と呟いた。


「ええ、そうでしょうとも。お嬢様の頭の中はお酒と食べ物の事で常に頭の許容量が一杯ですので、ご自分に関係が無いと思われる情報は遮断される傾向にありますから・・最もそれを補うためにこの私が常にお嬢様の御側に使えているのですが。これも役得ですね。」


マリウスは嬉しそうに言うが、生憎こちらはちっとも嬉しくは無いし、むしろ今の言葉は物凄く馬鹿にされているような気がする。マリウスめ、最近は主である私に随分な態度をとるようになったではないか。でもここで文句を言ったり睨み付けるような真似は絶対にやらない。そんな事をすればかえってマリウスを喜ばせるだけだからだ。


「それにしてもダニエル先輩が消息不明なんて・・・。」

私は震え声で言うと、アラン王子が驚いたように言った。


「おい?!誰が消息不明だって?ダニエルなら校舎に姿を現さないだけで男子寮に引きこもってるだけだぞ?」


「な・・何ですって・・?!マリウスッ!貴方何故平気でそんな嘘をつくのよ!」

信じられない。仮にも主に向かってそこまで堂々と嘘をつくなんて。

ジロリと睨み付けてやると、マリウスは・・・。

「嬉しそうに喜ぶのはやめて!」

事前に釘を刺してやった。


「すみません・・・。彼等が消息不明と言う事になりましたら、もう二度と会いたいとは言い出さないのではと思いまして。」


悪びれも無く言うマリウス。本当に今後はこの男の言う事は信用しない方が良いかもしれない。しかし、これだけは言っておかなければ。

「別に会いたいとは言わないけど、今後一切私に嘘を言ったら二度とマリウスとは口をきかないからね。」


「え?!そんな、お嬢様!」


何とも、情けない声を上げるマリウス。しかし、私はそれを無視するとアラン王子が声をかけてきた。


「ジェシカ、個室の談話室を借りたから、よければそこで話をしないか?」


「そうですね。私は別に構いませんよ。」

答えるとアラン王子は嬉しそうに笑い、(本当に今迄の俺様王子ぶりは何処へいってしまったのだろう)案内をしようと、私に手を伸ばした。

するとたちまちマリウス達から抗議の声があがった。


「アラン王子、お嬢様に触れないで下さいませんか?」


マリウスが厳しい声で言う。


「そうですよ。いくらアラン王子でも認められません。」


グレイが言う。


「あ、あの・・・俺もグレイと同じ意見です・・・。」


ルークが遠慮がちに言った。やれやれ、この分では、見晴らしの丘での出来事は絶対知られる訳にはいかない。

それにしてもアラン王子があのような失礼な事を言われて手を引っ込めるなんて・・

相当今回の事がこたえたようだ。



「お嬢様、どうかお気を付けて下さいね。何か不埒な事をされそうになった場合、例え王子とは言え、遠慮されずに平手打ちをなさって下さい。」


談話室に向かう途中で、マリウスが私の耳元で恐ろしい言葉を囁いたが、王子にそんな事ができるはずがないだろう。仮にそんな事をした日には不敬罪で囚われてしまいかねない。全く・・本当にマリウスは何を考えているのだろう。こんな男が下僕だなんて私は本当に運が悪い。

いや、もしかすると私を酷い目に遭わすのが本来の目的では無いだろうかと最近は思ってしまう。


 

 談話室の前で待つと言って聞かないグレイとルークはアラン王子が説得し、私はしつこいマリウスの足を踏みつけ、ようやく彼等は渋々納得したのか、新設されたカフェテリアで待つと言って去って行った。

そして今、談話室のソファで向かい合って座っているのは私とアラン王子の2人きり。



「何だか・・先ほどもそうだったが、こうして久しぶりに2人きりになると・・何を話せば良いのか分からなくなってしまうな・・。」


アラン王子は私から視線を逸らすように言った。

改めてよく見ると、本当に今は別人のように見える。頬がやせこけ、青白い肌には目の下にクマが出来ている。

「アラン王子・・・食事はきちんととられていますか?夜は眠れているのですか?」

健康状態が気になってしまい尋ねてみた。でも・・・恐らくこの見た目では食事は愚か睡眠もとれていないのではないだろうか?


「ハハ・・・。今の俺は健康そうには見えないか?」


覇気の無い声で笑うアラン王子。


「はい、とてもではありませんがそうは見えません。後数日で冬の休暇に入ります。そのようなお身体でお国に帰省されれば、さぞかし皆さま心配されるのでは無いですか?」


これが私の責任だと言われればたまったものではない。残り僅かな日数しか無いが、何とか元の健康そうな王子に戻って貰わないと我が身が心配になって来てしまう。


「そうか、ジェシカはそれ程までに俺の身体の事を心配してくれているのか?」


アラン王子が嬉しそうに顔を上げた。


「ええ。心配ですよ。」

私は即答した。

アラン王子が心配?当然心配に決まってる!仮にアラン王子がこの状態で国に帰れば当然国王陛下は何があったと尋ねるだろう。女性に冷たくされたからです等とアラン王子が言って、その矛先が私に向いてきたとしたら?門が開かれる前に私は罪人として裁かれてしまうかもしれないからね。


「そうか・・・でも、それを聞けただけでも少し元気が出てきたような気がする・・。」


よしっ!これならもう大丈夫だろう。それならそろそろ本題に・・・私がそう思い、話を切り出そうとした矢先・・・。


「ジェシカが帰省するまでの間・・・俺の側にいてくれたら、もっと元気になれるし、安心して眠る事が出来る。それに食事もとれるようになれると思うのだが・・・駄目か?」


アラン王子はとんでもない事を言いだしてきた―。












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