第11章 12 やはり私でしょうか?

 目の前の男性が忘却魔法を使っていない・・・?では何故彼と私だけが昨夜の事を覚えているのだろうか?いや、でも他に昨夜の事を覚えている人間がいるのかもしれないが、私の知る限りでは記憶があるのは彼と私のみだ。

う~ん・・・謎だ。

でも取り合えず、目の前の男の名前だけは聞いておこう。


「あの、すみませんがお名前を教えて頂けますか?」


「お?俺の名前が知りたいのか?嬉しいな~俺に興味を持ってくれたって訳か?それじゃあ・・・当ててみてごらんよ。ヒントは・・・。」


「・・・いえ、なら教えて頂かなくて結構です。」

Mの要素も備えつつ、軽いノリのタイプの男であるようだ。まあ、どうせ今後関わる事が無いだろうし、名前はもうどうでもいいか。


「そんな拗ねるなよ~。ま、拗ねた顔も可愛いけどな。」


男はパチッとウィンクしてくる。何、この男。もしかしてナンパしているつもりなのだろうか?もう、この男の事は無視しよう。そうだ、地蔵が目の前に座っていると思いこめばいいのだ。

私は黙って黙々と食事の続きを再開した。


「あれ?どうしちゃったのかな?俺の事無視?お~い、ジェシカちゃ~ん。」


馴れ馴れしい呼び方をするが、ここは無視だ。温かいうちに食べて、さっさと退散しよう。


「ねえ、ジェシカちゃん。無視しないでよっ!」


尚もしつこく話しかけて来る。あ~煩い。

「お地蔵さんは黙っていて下さい。」


「え?何?オジゾウさんって?」


男は首を傾げる。まあ知らなくて当然だろう。ここは日本ではないのだから。あれ?これ私の苦手なレバーのパテだ。う~ン・・残すのも悪いし・・・。


「お地蔵さん、お供え物をどうぞ。」

私はレバーのパテが乗った器を目の前の男にプレゼントした。


「?だから、オジゾウさんって何の事なの?!」


「どうしても知りたいなら当ててみて下さい。」

やり返してやった。


「う~分かった、悪かったよ。俺の名前は『ケビン・コールマン』って言うんだよ。」


ついにケビンは観念したかのように言った。


「そうですか。コールマンさんですね。コールマンさん、私その食べ物苦手なので代わりに食べてください。」

私はテーブルナプキンで口元を拭きながら言った。


「ああ・・別に構わないが・・・って言うか、俺も名前教えたんだからオジゾウさんって何か教えてくれよ。」


懇願するケビン。何だ、まだそこに拘るのか。もう面倒くさいから適当に答えてやれ。


「とっても慈悲深くてありがたい人の事ですよ。」

まあ、お地蔵さんの例えとしてはあながち間違えてはいないだろう。


「そうか~俺って慈悲深い人間なのかあ・・・。」


しかし、何を勘違いしたのかケビンは嬉しそうにしている。しまった、もっと別の物に例えるべきだった。面倒臭くなる前に早々にこの場を立ち去ろう。

私は黙々と食事を終え、コーヒーをグイッと飲み干した。あ、確かに美味しい・・。


ケビンはキングサイズのハンバーガーを食べながら、チラチラと私の様子を観察している。一体何なんだ?この男は。


「それではご馳走様でした。」

食事を終えた私はガタンと椅子を動かして立ち上がり、空になったトレーを持って移動しようとして・・・引き留められた。しかもスカートの裾を引っ張られて。


「ち、ちょっとっ!どこ掴んでるんですか?!」

私は睨み付けて抗議する。


「あ~すまん。だってあんたがあまりに早く席を立とうとするから引き留めようとして、つい・・。」

パッと手を離したケビンが言った。


「何ですか?まだ私に何か用があるのですか?」

溜息をつきながら言った。


「ああ、昨夜の続きを聞かせてくれよ。なあ、なあ。あの後はどうなったんだ?ライアンと良い雰囲気になれたのか?教えてくれよ。」


興味津々に尋ねて来るケビン。やっぱり、彼は本当に昨夜の事を覚えている様だ。でも何故・・・?あ、もしかすると・・・。

「コールマンさん。」

名前を呼ぶと不機嫌そうに言われた。


「コールマンじゃなくて、ケビンって呼んでくれよ。」


「分かりました、ケビンさん。昨夜あの騒ぎの後もずっとサロンにいたのですか?」


「ああ、いたよ。」


そうか、あのド修羅場の場面を見ていなかった人物達は忘却魔法にかかっていないと言う訳か。何しろ、現場を見ていないのだから。となると・・・やはり無意識に魔法を使ったのは、この私という事になる・・・のかも。


「で?うまくいったのか?」


「・・・ご想像にお任せします。」

考えてみれば何故彼に状況を説明しなければならないのだ。そんな義理は無い。

第一、あんな目にあった元々の原因は目の前にいるケビンでは無いか。


「そうか、ならライアンに聞くか・・・。」

ポツリと言うケビン。な・・何ですと?ライアンに聞くだあ?ま、まずい。ライアンにも下手をすると忘却魔法がかかっているのかもしれない。下手にケビンが尋ねて、記憶が戻ってしまえばまた大騒ぎになって私の安泰な学院生活が乱されるかも・・。

ならば、ここは私が説明するしかない。

「分かりましたって、説明するので絶対ライアンさんに聞かないで下さいよ?!」


「ああ、早く聞かせてくれっ。」


「別に、特に何もありませんでしたよ。」


「何?」


ポカンと口を開けるケビン。


「ですから、別に二人の間に何か発生する事はありませんでした。」


「う・・嘘だろう?!」


「嘘じゃありませんってば。ライアンさんの瞬間移動魔法で女子寮付近まで送って貰った後、普通に別れただけです。」

別に半分は間違えた事は言っていない。


「そっか・・つまんねーの。」


「すみませんね、面白い話では無くて。」

もう今度こそいいだろう、私は再び立ち上がろうとするが、今度は上着の裾を引っ張られた。


「ちょっと、待てってば。」


「いい加減にして下さい、今度は一体何ですか?」


「また一緒に昼飯食おうぜ。あんたと話してると、ちっとも飽きなくて面白いからさ。」


「・・・もし、お断りしますと言ったら?」


「あんたの教室まで迎えに行く。」


とんでもない事を言う男だ。教室にはアラン王子にマリウス、グレイにルークがいる。ケビンが私を迎えに教室へ来ようものなら、またどんな騒ぎが起こるか分かったものではない。


「分かりましたよ・・・。近いうちにいずれ。」

社交辞令的に返事を交わして置く。しかし・・・。


「いつがいい?」

いつの間にかケビンは手帳を取り出して、メモを取ろうとしている。


「はあっ?!」

こ、細かい男だ・・・っ。


「週に1度は一緒に昼飯食べようぜ。ライアンには内緒にしておいた方が後々、面倒くさい事にならないからな・・。」

ケビンはメモ帳を見ながらブツブツ何かを言っている。


「週に1度なんて無理ですよっ!ライアンさんと親しいなら、私の下僕のマリウスの事は知っていますよね?もしマリウスに知られようものなら・・・。」


「そこはジェシカ嬢が適当にごまかして何とかしてくれよ。」


うう~っ、それにしても何というやつだろう?週1でランチなんて、無理に決まっている・・・とそこまで考えて私は冷静になった。


待てよ・・?私は別にケビンに何か弱みを握れらている訳でも無いし、それをネタに脅迫を受けている訳でもない。

だったらこんな約束初めからする必要性は全く無いのである。いかんいかん、危うくケビンにいいように誘導されそうになった。ここはやはり、きちんと初めに断りを入れておこう。


「すみませんがケビンさんとお昼をご一緒する理由が無いし、マリウスの許可を得るのも大変なので、お断りさせて頂きます。それでは、失礼致します。」

私は深々と頭を下げると、トレーを持って、さっさとその場を立ち去った。

後には1人残されたケビンのみ・・・。



 それにしても大きな謎が残った。やはり忘却魔法を使ったのは、この私なのだろうか—?
















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