第9章 13 今夜、試してください

 朝の挨拶を交わした私は質問した。

「あの、今日は昨日の先生と違うのですね。」


教室に入ってきた先生は割と年配の女性だったので意外だった。昨日の先生はどうしたのだろう?たった2日間で担当教諭が3人も変わるなんて、少し尋常では無い気がする。


「ええ、昨日貴女が魅了の魔力の持ち主だと分かったので男性教師は全て貴女の担当から外される事になったのです。」


当然だろうと言わんばかりの口調だ。でも言われてみれば確かにそうかもしれない。学院は私の魔力をどう思っているのだろうか?


「はい、それでは魔法の補講訓練を行いますね。昨日に続き、火を灯す訓練と水を作り出す訓練を行いますよ。」



「・・・やはり、駄目ですねえ・・・。」

先生はため息を付きながら言った。


「は、はい・・・。す、すみません・・。」

私は肩でハアハアと息をしながら言った。ああ、やっぱり駄目だったか・・・。

 あれから3時間、私は先生に習って魔法を習得しようと頑張ったが結果は散々たるものだった。もはやお手上げである。


「この魔法は貴女には無理なのかもしれないですね・・・。何か他の対策を考えてみないと・・。」


先生の言葉で私はある事を思い出した。

「先生、そう言えば眠っている間に魔法が発動する事ってありますか?」


「え?睡眠中にですか・・・?」


「は、はい。実は以前に朝目覚めたら、不思議な・・夢で見たのと同じ物が出現した事があったんです。」

まさかパソコンが欲しくて念じていたら翌日本当に出現したとは言えないので、この辺りは何となく胡麻化して説明した。


「それは今日深いですね。では今夜試してみませんか?」

先生は何を思い立ったのか、持参してきた魔法学の本をパラパラとめくると、あるページを指した。


「もし今の話しが本当であるなら、この鉱石を出してみて下さい。」


そこには金とも銅とも取れるような微妙な鉱石の絵が描かれていた。

「あの、先生・・・これは何ですか?」


「これは、かつてこの世界に存在したオリハルコンという鉱石です。」


「ええ?!こ、これがオリハルコンですか?!」

驚いた・・・まさかこの世界にはかつてオリハルコンが存在していたなんて。だって地球ではオリハルコンは本当に存在していたかどうかも定かではない伝説上の鉱石だったのだから。


「ええ。この本を特別に貸し出しますので、よーく目を通して置いて下さいね。もしこのオリハルコンを具現化する事が出来れば、これは本当に凄い事ですよ!今夜早速試してみてください。」


かなり興奮気味になって言う先生。成程、それなら今夜はアルコールなど飲まずに早めに寝る事にしよう。


「と、言う訳で魔法の補講訓練は終わりにしましょうね。」


突然の先生の言葉に唖然とする。


「は?あ、あの・・・終わりと言うのは・・・?」


「はい、後は休暇を自由に過ごして大丈夫ですよ。それではリッジウェイさん、ごきげんよう。」


そしてさっさと去って行く先生・・・・。


「え・・?一体何なのよ・・・?」

教室に1人残された私は暫く呆然と立ち尽くしていた。


 すっかり暇人になってしまった私。今頃町へ1人で出かける気にもなれず、取り合えず今日はカフェでランチを食べ、後は部屋でゆっくり休もうかな・・。

鞄を持ってブラブラ校内を歩いていると、美味しそうな匂いが漂って来た。

も・・・もしや、この匂いは・・・。

 匂いにつられてやってきた場所・・・そこはダニエル先輩と初めて会った南塔にある校舎前の中庭だった。そして、そこにいたのは・・・。


「ああ、やっぱりジェシカだ!良かった。ここで焼き芋を焼いていれば、必ず君がやってくると思っていたよ。」


満面の笑みを浮かべて、立っていたのはやはりダニエル先輩だった。


「そ、そうですか・・・。」

若干顔を引きつらせながら私は言った。先輩、私を匂いでおびき寄せたと言う訳ですか?一体先輩の中で私はどういうポジションとして見られているのだろうか・・・?



 私とダニエル先輩は焚火の近くのベンチに座っている。


「はい、食べるよね?熱いから火傷しないように気を付けてね。」


ダニエル先輩はニコニコしながら手頃な長さの枝に刺した焼き芋を私に手渡してくれた。


「あ、ありがとうございます・・・。」

私は熱々の焼き芋を受け取ると、フウフウ冷ましながら皮をむいて一口パクリ。

う~ん・・甘くてすっごく美味しい!これはまさに蜜芋だ!

一方のダニエル先輩は自分の焼き芋を食べる事無く、じ~っと私が食べる様子を見つめている。

「あ、あの・・・ダニエル様・・。食べないんですか・・?」

どうにも先輩の視線が気になって仕方が無いので私はごまかすように尋ねた。


「うん、だって君を見ているだけで、もう胸が一杯だからね。」


頬を赤らめながら言うダニエル先輩。

うっ!相変わらず破壊力抜群の物言いをする。けど・・・彼等が私にこのような態度を取るのは・・全て私が無意識に発している<魅了の魔力>のせいなのだ。そう思うと何故か罪悪感を感じる。そう、勘違いしてはいけない。彼等が私に好意を寄せるのはあくまで私自身を見ているのではない、私の魔力にあてられているだけなのだから・・・。そう考えると、やはり彼等と私は距離を置かなければいけない関係なのだ。

 突然黙り込んでしまった私を心配そうに覗き込み、ダニエル先輩は労わるように声をかけた。


「ジェシカ、どうかしたの?急に黙り込んで・・しかも元気が無いようだけど。どこか具合でも悪くなったの?」


「い、いいえ、大丈夫です。何でもありません。」

私は首を振った。駄目だ、やっぱりこれ以上皆と深入りしてはいけない。このままでは皆を傷つけてしまう・・。


「・・・・。」

ダニエル先輩は黙って私を見つめていたが、そっと手を伸ばし、私の両頬を包み込むと言った。

「ねえ、何か不安な事があるなら・・・僕に全て話してくれない?一体何故君はそんな風に悲し気な顔をしているの・・・?」


「ダニエル様・・・。」

駄目だ、私はどうもこの先輩の前だと弱い自分が出て来てしまう。でもこれ以上心配をかけさせてはいけない。私は先輩の両手を取ると、そっと降ろして言った。


「いいえ、本当に大丈夫です。ちょっと魔法の訓練が上手くいかなくて落ち込んでいただけですから。」

そう言うと、私は立ち上がった。


「え?何処へ行くの?ジェシカ。」


ダニエル先輩は私の右手を掴むと声をかけてきた。


「あ、あの・・・。教室へ戻ろうかと・・・。」

咄嗟に嘘をつく私。


「嫌だ、行かせない。」


ダニエル先輩は益々私の手を握る力を強める。


「ダ、ダニエル様・・・。私、用事があるんです・・。」

ダニエル先輩に視線を合わせないように私は言った。


「用事ってどんな・・・?」


ダニエル先輩が更に問い詰めてきた時・・・。


「あ、良かった。ここにいたんだね。リッジウェイさん。」


手を振りながら私達の前に現れたのはジョセフ先生だった。


「先生!」

つい、感情を込めた声で呼んでしまい、咄嗟に口を閉じる。


「え・・?確か貴方は天文学の臨時講師の・・?」


ダニエル先輩は眉を潜めながら、言った。そう、私とジョセフ先生の関係を知る人物は恐らく誰もいないはず。


「リッジウェイさん、この間レポートの件で僕に質問したい事があるって言ってたよね?丁度良い資料が見つかったから、今から講師室に一緒に来ないかい?」


ジョセフ先生は困っている私を助けようとしてくれているのが分かったので、先生に話を合わせる事にした。


「本当ですか?それは助かります。」

私はジョセフ先生に言うと、ダニエル先輩に向き直った。

「すみません、ダニエル様。これからジョセフ先生とレポートの件でお話があるのでこれで失礼しますね。焼き芋、どうもありがとうございました。」


「!」

ダニエル先輩は何か言いかけたように見えたが・・やがてためいきをつくと私に言った。


「うん、分かったよ。ジェシカ、それじゃまたね。」


ダニエル先輩は私に寂しげに手を振って見送ってくれた。




「・・・・先程はありがとうございます。ジョセフ先生。」

歩きながら私は先生にお礼を言った。


「いいんだよ、君が何となく困っていたように見えたからね。」


「はい・・・。」


「リッジウェイさん、元気が無いね・・。ひょっとすると昨日の<魅了の魔力>の事を気にしているの?」


「!どうしてそれを・・・?」


「それは簡単な事だよ。君の考えている事なら手に取るように分かるよ。だってリッジウェイさんは僕の愛しい女性だからね。・・・それに1つ言っておきたいけど、僕は君の<魅了の魔法>にかかったから、君を好きになったわけじゃ無いよ。君自身に魅力があるから・・・好きになったんだよ。おそらく彼等も皆同じだよ。僕には分かる。何故なら皆君の事を想っているからね。」


 ジョセフ先生の言葉の1つ1つが心に染みていく。皆を騙しているようで複雑な気持ちだったのだが、私はジョセフ先生の言葉を信じても良いのだろうか・・・。


「それじゃ、僕はもう行くね。あまり2人きりで校内を歩いていると、何処でどんな噂を立てられるか分からないからね。でも・・・たまには2人になれる時間を取って貰えると嬉しいかな?」


言うと、先生は軽く私を抱き寄せて、言った。


「またね。リッジウェイさん。」


「・・・!」

先生の不意打ちに心臓が止まりそうになる。そんな様子に先生はクスリと笑うと、すぐに私から離れ、別の方向へと去って行く。


 やはりジョセフ先生には敵わない。私は先生の後姿を見ながら思うのだった。














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