第9章 10 2人だけの大事な話

「あ、あの・・・ジョセフ先生・・今の意味は・・・?」 

 聞き間違いだろうか?先生が私を好きだなんて・・・まさか・・・ね・・。

しかし、先生は口元に笑みを浮かべるとメガネを外して私の顔をじっと見つめた。

その目は真剣そのものだ。

先生の黒曜石の瞳には、困惑した私の姿が映っている。


「僕は、君を1人の女性として好きだよ。」


 ジョセフ先生は、もう一度、はっきり答えた。先生のストレートな物言いに私は自分の顔がみるみる赤面していくのを感じた。こんな突然に、しかもよりにもよって先生から告白されるなんて思いもしていなかった。


「ごめんね。君を困らせるつもりは全く無いんだ。ただ、僕の気持ちを君に知っておいて貰いたいと思っただけなんだよ。」


先生の声はあくまで穏やかだった。


「君の返事は聞かせて貰わなくても大丈夫だよ。ただ・・・。」   


先生は私に近付くと背中に手を回し、そっと抱き寄せると耳元で囁くように言った。


「僕の事を選んで欲しいって願わずにはいられないよ。」


「!!」


 先生からの突然の抱擁と台詞に身体が硬直してしまう。

そんな私の様子に先生はクスリと笑うと、身体を離してメガネをかけ、何事も無かった様に言った。


「今日は色々あって疲れたんじゃ無い?明日も魔法の補講訓練があるんだよね。無理しないようにね。それじゃ僕はそろそろ戻るよ。またね、リッジウェイさん。」


「は、はい・・・。」


 先生の言葉等ほとんど頭に入って来なかった。そしてジョセフ先生はニッコリ笑うと教室を出て行った。

1人になった私は椅子に座り込んでしまった。胸の動機は止まらないし、顔の火照りは治まらない。

「な、何だったの・・・?今のは・・・。」

こんなにも動揺するのはこの世界に来て初めてだ。この気持ちは一体・・・?もう自分で自分の気持ちが分からない。そう、だったらこんな時は・・・。

「今夜は・・サロンに行こうっ!」

私はカバンを持つと、颯爽とした足取りで女子寮へと戻って行った。




 時刻は夕方5時。

何故か私は今、マリウスと一緒にサロンに来ている。他の誰かに見られるとマズイと言う事で、特別に個室を借りて、私とマリウスはテーブルを挟んで向かい合って座っている。 


 そもそも何故私がマリウスと2人でサロンに来ているのかと言うと、事の発端は・・・。




 私が校舎から出て来ると、聞き覚えのある声が建物の陰から聞こえてきた。


「お嬢様・・・。」


不意に脇から声をかけられた私は驚きのあまり、叫びそうになった。

「キ・・モゴッ!」

咄嗟にマリウスによって口を塞がれ、そのまま茂みに引っ張り込まれる私。


「お、お嬢様!お願いですからお静かにお願いします!」


 マリウスが小声で私の口を抑えながら慌てて言う。く、苦しいってばっ!物凄く強い力で口を抑えるので息が詰まる。私は必死で首をコクコク縦に振ると、やっとマリウスは手を離してくれた。


「ち、ちょっと!突然何するのよ!死ぬかと思ったじゃないの!」

思わず涙目になって睨みつけて抗議すると、やはりMスイッチが入ったマリウス。


「お、お嬢様・・・ッ!その潤んだ瞳で、睨まれるなんて・・今迄に無い程、ゾクゾクします。どうかこのまま、罵詈雑言を浴びせて頂けませんか?!お願いしますっ!」


プッチーンッ!

私の中で何かが切れる音がした。何?コイツ。顔を真っ赤にしてハァハァ興奮しているなんて。このド変態M男め。


「ねえ・・・マリウス。毎度毎度口を開けばドMな発言ばかりして・・・この変態男!そんな事ばかり言って、余程自分の価値を下げたいの?!ねえ、貴方馬鹿なの?そうよ!やっぱり馬鹿だったんでしょう?!」

 

はっ・・・!

そこまで言って私は自分の失敗に気がついた。しまった・・・これではますますマリウスを喜ばせるだけではないか!

案の定、マリウスは両手で顔を隠し、プルプルと嬉しそうに震えていた・・・。

ああ、もう本当に嫌になる。こんなヤツ、相手にするだけ時間の無駄だ。そう思った私はそのまま茂みから出て、女子寮へと戻ろうとすると、我に返ったマリウスに再び茂みに引っ張り込まれる。


「ちょっと、さっきから一体何なのよ?!」

流石に我慢の限界だ。


「ま、待って下さい!ジェシカお嬢様!実は今度の仮装パーティーの事で2人きりで話したい重要な事があるのです。」


先程とは違い、真剣な目で私を見るマリウス。これ程折半詰まったマリウスは初めて見る。

「わ、分かったわよ・・。でもだからと言って、何故こんな茂みに引っ張りこむ訳?」


「ええ、それが実は・・・。」


その時、聞き覚えのある声が聞こえた。


「おいっ!見つかったか?!」


アラン王子の声が聞こえた。


「いえ・・。」

「それがまだ・・・。」


あ、あの声はグレイとルークだ。


「おい!マリウス!何処へ行った?1人だけ抜け駆けは許さんぞっ!」

 

叫んでいるのは生徒会長だ。


「おかしいな・・・。さっきこの辺りで見た気がするんだけどなあ。」


ノア先輩・・・。何してるんですか?


「マリウスを探す位なら僕はジェシカを探しに行くよ。」


ダニエル先輩の声に続き、ライアンの声も聞こえた。


「それなら俺もジェシカを探しに行く!ジェシカは俺に言ったんだ。仮装した自分を誰よりも早く俺に見つけて欲しいと頼んできたんだからな。」


え?ライアン、何を言ってるの?何か変な風に私の話を歪曲しているんじゃないの?ああ、いますぐ誤解を解きたい・・・。


「よし、皆で手分けしてマリウスとジェシカを探しに行くぞ!きっと2人は一緒にいるに違ない!」


 アラン王子が指揮を取る声が聞こえる。相変わらず俺様王子だな・・・。

やがてバタバタと大勢の足音が走り去る音が聞こえて、辺りは静かになった。


「ねえ、マリウス。一体どういうことなのよ?」

私が口を開くとマリウスは言った。


「それより、お嬢様。一刻も早く彼等が戻ってくる前に移動しましょう。どちらへ行こうと思っていたのですか?」


マリウスは切羽詰まったように言う。

「え・・と・・ちょっとサロンにお酒を飲みに・・。」

それを聞くとマリウスは大袈裟に驚いた。


「ええ?!何を言ってるんですか!そんな所に行けば、あっという間に皆さんに見つかってしまうではありませんか。お嬢様がうわばみで酒豪なのは皆さんご存知なのですよ?!」


「ちょっと・・・それはあまりの言い方じゃ無いの?」

うわばみで酒豪などとそれは仮にも女性に対してあまりの言い方では無いだろうか?一応私はマリウスにとっては主人に当たるべき存在なのに、何故か非常に馬鹿にされているように感じる。恨めしそうにマリウスを見ると、一瞬マリウスのMにスイッチが入りかけ・・・我に返ったように言った。


「!そんな事をしている場合では・・・え・・?でもサロンですか・・・?うん、使えるかもしれません。」


ブツブツ何事か呟いていたマリウスは私を見ると言った。


「お嬢様!今すぐサロンに行きますよ!恐らく彼等はお嬢様を探しに校舎へ向かったと思いますから。」


「え?何処からそんな自信が?」


「お嬢様、確か今日は夕方5時までは魔法の補講訓練があると仰っていたじゃ無いですか?ですが、まだ4時半ですよ。何故訓練が早く終わったのかは後で伺いますが、彼等はまだジェシカお嬢様は教室にいると思って、校舎へ向かったはずです!早く移動しましょう!」


言うが早いか、マリウスは私の腕を取って立ち上がると、サロンへ向かって走り出す。ち、ちょっと!走るの早過ぎだってば!


 約5分後・・・息を切らしながら私はマリウスとサロンの前へ立っていた。

マリウスは私を連れて店の中へ入ると、スタッフと何か一言二言会話を交わし、すぐに私達は個室へと案内されたのだ。

・・もしや、ここはVIP席では?何時の間にマリウスは・・・。時々マリウスは謎の男になる。


 そして、私達は今サロンの個室で向かい合わせに座っていると言う訳だ。


「マリウスとサロンへ来るのは、そう言えば初めてだね。」

私は先程注文したジン・トニックを飲みながら言った。


「ええ、そうですね。」

マリウスは何とボトルでウィスキーを注文し、ロックで飲んでいる。マリウスめ、そんな注文の仕方をするなんて、中々やるじゃないの。


「それで、わざわざ皆から隠れるようにして私をここに連れて来たという事は何かあるんじゃないの?」

私はカクテルを飲み終えると尋ねた。


「はい・・・。お嬢様。お嬢様にお願いがあります・・。」

マリウスはグラスを置くと、真剣な表情で私を見た。


「今度の仮装ダンスパーティーですが・・・私をお嬢様にそっくりになるように化粧をしていただけないでしょうか?」


「・・・・。」

私は絶句してマリウスを見つめた。


カラン・・・・。


マリウスの置いた空のグラスから氷が揺れる音が聞こえた—。





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