第9章 4 賭けをしないか?
「マリウス・・・もう、いいわ。」
私は溜息をつきながら言った。
「え?いいとは?」
不思議そうに首を傾げるマリウス。
「私は別に貴方を虐めたいとかそんな気持ちは無いって事。まあ、貴方が焦るのも仕方が無いわよね。だって誰だって男性が1人でドレスを買いに行くなんて恥ずかしい真似出来る訳無いし。」
「お嬢様・・・。」
一瞬、マリウスの目に動揺が走った。
「でも、安心して頂戴。私はセント・レイズシティに行かないけれど・・・ちゃんと女装した貴方に良く似合う衣装を見立ててくれる私の友人達が明日付いてきてくれるようにお願いしてあるから、マリウスは何の心配もいらないわよ。」
フフンと私は両手を腰に当てた。何だか自分でも言ってる事が滅茶苦茶だと思うが、まあこの際、どうでも良い。私の一番の目的はアラン王子を誘惑し?ソフィーの元へと誘導してもらう事なのだから。
「でも・・大丈夫でしょうか・・?」
不安気なマリウス。
「大丈夫だってば。それにマリウスはとっても綺麗な顔をしているから女性になったら、どれ程美しくなれるか今から楽しみだわ。それじゃ、教室に戻ろうか?そろそろ授業が始まる・・・?どうしたの?マリウス。」
何故かマリウスが下を向いて震えている。え・・?一体どうしたというのだろう?
「もしかして具合でも悪いの?それなら医務室にでも行く?」
「どうして、お嬢様は・・・そんな風に言われると・・・・・です。」
マリウスはまるで消え入りそうな声で何かを話しているが、最期の方は声が小さ過ぎて何を話しているのか聞き取る事が出来なかった。
「え?何?マリウス。今なんて言ったの?」
もう一度聞き直そうと私は問い返した。
「いえ、何でもありません。」
マリウスはパッと顔を上げると何事も無かったかのように笑顔で私を見た。
「そ・・・そうなの?それじゃ、教室に戻ろうか?」
「はい・・・。」
最期のマリウスの反応が少し気になったが、私達は屋上を後にした・・・。
その日の昼休みの事—
アラン王子とグレイ、ルークは明日・明後日とセント・レイズシティで開催される式典の打ち合わせの為に外出し、生徒会長とノア先輩は生徒会に拉致?され、ダニエル先輩は実行委員会の準備に駆り出され、マリウスは我が友人エマ達と明日買いに行く衣装はどんなものが良いかの話し合いにと連れ出され、私は久しぶりに1人きりになった。
本来ならこの時間を有効活用し、図書館へ行くべきなのだろうが、肝心のアメリアがまだ司書の仕事に復帰していない。
仕方が無い・・・。今日は図書館から借りておいた本を持ってカフェテリアでランチを食べながらのんびり過ごそう。
この世界の10月は日本に比べるとかなり肌寒い。校舎の外へ出るとひんやりとした風が吹いている。しまった、何か上着を持って来るべきだったかも。寒さにぶるっと震え、鞄を抱えて小走りに一番近くにあるカフェテリアに駆け込んだ。
さて・・・何を食べようかな?私はトレーを持ってメニュー表をじっと見ていると、突然隣に立っていた男子学生が声をかけてきた。
「あれ?ジェシカじゃないか。」
その声に私は見上げると、驚いたことにそこに立っていたのはライアンだった。
「あ、ライアンさん。こんにちは、偶然ですね。」
「珍しいな?1人なのか?」
「ええ。今日は皆色々と用事がありまして。そういうライアンさんは?」
「ああ、俺はこいつ等と一緒に来てるんだ。」
ライアンは自分の後ろにいた数名の学生達を振り返ると、1人の学生が私を見て言った。彼等はカレーを注文したようだ。
「あれ?この間の女の娘じゃ無いか?」
「ああ、そう言えばそうだな。」
あ、この人達は見覚えがある。ライアンとサロンへ行った日に出会ったんだっけ。
「こんにちは。この間はお気を使わせてしまい、すみません。」
ペコリと頭を下げて挨拶をする。
「こんにちは。」
「この間はどうも。」
「1人なんだろ?もし良かったら、俺達と一緒に食事するか?」
ライアンが言うと、友人たちが交互に言った。
「いや、俺達はいいよ。」
「ああ。2人でごゆっくりな。」
そして、声をかける間もなく、店頭でカレーを受け取った彼等はあっという間に立ち去り、二人掛けのテーブルについてしまった。
「あいつら・・・。」
何だか悪い事をしてしまった。
「すみません・・・。私のせいで気を遣わせてしまいましたね。私に構わず早くお二人の所へ行って下さい。あ、でもその前に。」
私はある事を思い出し、肩に下げていたショルダーバッグを開けてある物を取り出した。
「これ、この間のお詫びの品です。」
私は紙袋に入った品物を手渡した。
「え?これは何だ?」
不思議そうに品物を見るライアン。
「これは私の好きなコーヒーです。とっても美味しいですよ。」
「え・・・?もしかして俺の為に・・?」
意外そうな顔をするライアン。
「はい、この間は私のせいで折角サロンに誘って頂いたのに不愉快な思いをさせてしまってずっと気になっていたので。それにお酒もご馳走するって・・言ってたのに。また機会があれば今度こそ奢らせて下さいね。あの時は本当にすみませんでした。」
「え・・それじゃまた俺がジェシカを誘ってもいいってことか?」
「はい。そうですね。」
だってこのまま約束を破る訳にはいかない。
「そうか・・それは嬉しいな。それとこのコーヒーだけど、もしかすると毎日持ち歩いていたのか?」
「ええ、いつ渡せるか分からなかったので。でも早めにライアンさんに渡す事が出来て良かったです。それでは失礼しますね。」
頭を下げて、オーダーカウンターへ行こうとした私の右腕をライアンが掴むと言った。
「なあ、どうせ1人なんだろ?良かったら俺と食事付き合ってくれよ。」
カフェの窓際、日が差す温かい場所で私とライアンさんは向かい合わせで食事をしていた。
「ライアンさんは生徒会役員なのに仮装ダンスパーティーの準備に参加しなくても良いんですか?」
熱々のドリアをフーフー冷ましながら私は尋ねた。
「ああ、あの準備・・・と言うか生徒会長達の仕事は予算の分配なんだよ。俺達は生徒会指導員だから、仕事は当日だけかな?」
大きなホットドックを食べながら、ライアンは言う。
「仕事って、どんな事をするんですか?」
「そうだな・・・。あまりにも風紀を乱すような過激な衣装はご法度になってるんだ。そういう輩がいないか見回るんだ。」
「そうなんですか、それじゃ折角のパーティーなのに楽しめませんね。」
しんみり言うと、返ってきた言葉は意外なものだった。
「いや、そうでもないぜ。見回りって言っても2時間で交代だからな。別にそれ程大変じゃないさ。ここだけの話だけど、別に見回りしながらだってアルコールを飲んだり、食事する事だって可能なんだ。」
ライアンはそっと耳打ちするように私に教えてくれた。
「成程・・・それなら楽しめるかもしれませんね。でもライアンさんも参加するって事はダンス得意なんですね。」
「いや・・・得意って程ではないけど・・ん?もしかすると仮装ダンスパーティーって言う位だからダンスを必ず踊らなければならないと思ってるのか?」
「違うんですか?」
だってダンスパーティーとはそういうものだろう。
「まあ、踊りたい奴らは踊るんだろうけど・・・ほとんどの連中は踊りよりも・・・あれだな。お酒を飲みながらまあ・・無礼講で騒ぐって感じだな。何せ仮装してるから皆大胆にもなるさ。」
何と!そんなものだったのか。私はてっきり本格的な舞踏会のようなものを想像していた。それこそ、ヨハンシュトラウスのようなワルツを踊り・・・。
「それで・・・ジェシカは誰を・・その、相手に選んだんだ?」
何故か言葉に詰まりながら私に質問して来たライアン。
「え?私ですか?私は仮装ダンスパーティには1人で参加しますよ?」
ただし、メイドの恰好でね。
「ええ?!ひ、1人で参加するのか?!し、信じられない・・・。」
ん?気のせいだろうか・・・心なしかライアンが嬉しそうに見えるのは・・?
「ええ、そうです。でも私がどんな仮装をして参加するのかは秘密ですよ?絶対見つからない自信ありますから。」
「そうか・・・それじゃ、仮にもしも・・俺がジェシカを見つけられたらどうする?」
ライアンは意味深な顔で聞いてきた。
「う~ん・・突然そんな事言われても何も特に考えていなかったので・・。」
私が首を捻ると、ライアンは真面目な顔で言った。
「そ、それじゃ・・賭けをしないか・・?もし俺がジェシカを見つける事が出来たら今度の冬の休暇の時に3日・・・い、いや、2日でもいいから・・俺の住む領地に・・来て欲しいんだ。」
え?!
ライアンの意外過ぎる提案に私は危うくスプーンを取り落しそうになった。
一体どういうつもりで・・・?私は真剣な表情でじっとこちらを見るライアンの姿に戸惑うばかりだった—。
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