第7章 9 黒曜石の瞳
え・・・誰・・?
私が倒れ込んでしまった相手は見た事が無い若い男性だった。
無造作に伸ばした髪の毛は日に透けるとオレンジ色に光り、長い前髪から覗かせる大きな瞳はこの世界では珍しい黒曜石のような黒。まるで私が住んでいた日本を思わせる懐かしい色・・・。私は思わずその瞳に見惚れていた。
「あの・・・そろそろ降りて欲しいんだけど・・。」
私の下敷きに、なっていた男性が遠慮がちに声をかけてきた。
「え?」
ふと気が付けば、私は男性に覆い被さるような格好をしているでは無いか。
「キャアッ!ご、ごめんなさいっ!」
慌てて飛び退く私。ああっ、なんて事していたんだ。
「いや、こんな所で寝ていた自分が悪いんだ。」
男性は身体を起こすと言った。良く見ると彼は制服ではなく、白衣を着用していた。え?すごく若く見えるけど、もしかしたらこの男性は・・・?
「あ、あの・・ひょっとしたらジョセフ・ハワード先生ですか・・?」
私は恐る恐る尋ねてみた。
「ああ、そうだよ。え・・と、君は誰かな?ごめん。眼鏡をしていないからよく見えなくてね。」
言いながらジョセフ先生は、え~と眼鏡、眼鏡・・・と手探りで辺りを探し始める。
「あ、あの。私も探すの手伝いますね。」
「ありがとう。すまないね。」
「いえ、1人より2人で探す方がずっと早いですし。気になさらないで下さい。」
穏やかな話し方でほほ笑むジョセフ先生。うん、流石は大人の余裕だ。やはり人はこうでなくては。どうも私の周囲にいる男性陣は落ち着つかなくて困ってしまう。
しかし、その時・・・
パリンッ
私の足元で何かが割れる音がした。恐る恐る足を上げてみると・・・・ジョセフ先生の眼鏡がものの見事にレンズが割れていたのである。
「先生、本当に申し訳ございません!」
私はもう何度目か分からない位、頭を下げて謝罪を繰り返している。
「いやあ・・・君はそんなに気にしなくていいよ。大体、草むらの上に眼鏡を置いておいた僕が悪いんだから・・。あれじゃ、誰だって踏んづけていたよ。」
ジョセフ先生はかえって申し訳ないという感じで顎をポリポリかいているが、相変わらず笑みを浮かべていた。恐らく私に気を遣わせない為なのだろう。
「ハワード先生、予備の眼鏡はお持ちなのですか?」
ああ、どうかジョセフ先生が予備の眼鏡を持っていますように・・・!
「うん。あるにはあるんだけど、自宅に置いてあるんだ。」
ジョセフ先生は割れた眼鏡をハンカチで包み、白衣のポケットにしまうと言った。
「え?自宅に・・・ですか?」
ここセント・レイズ学院は学生はおろか、教授も寮に入り共同生活をしている。ただし、臨時で来る准教授や講師等は外部から来るので、当然寮に入っていないのだ。
「あ、あの・・・ハワード先生のご自宅というのは・・・どちらでしょうか?」
どうか、どうかジョセフ先生の家が近くでありますように!けれどこの学院の半径10km圏内には町はおろか、村も無い。私達が週末だけ門を利用して行き来をしている町、その名も「セント・レイズシティ」すら移動魔法を使えない者達にとっては馬車か車を使うしかなく、移動に半日はかかてしまうのだ。
「うん、僕が住んでいる自宅はセント・レイズシティにあるんだ。ここの学院での僕たちの立場のような人間は、学院側があの町で住む場所を提供してくれているんだよ。」
ふ~ん、そうなのか・・・って!感心している場合ではない!
「ハワード先生。セント・レイズシティから学院までの移動手段はどうされているのですか?」
「もしかして君は僕がセント・レイズシティまで長い時間をかけて通勤していると思って心配してるのかな?それなら大丈夫だよ。ほら、この指輪を見てごらん?」
ジョセフ先生は私に右手の中指にはめた指輪を私に見せてくれた。指輪に埋め込まれた青い光を放つ石、見るからに魔力が宿っているのは明らかだ。
「この指輪をね、君たちが利用している門へかざすとセント・レイズシティへの入り口に繋がるんだよ。だから来るのも、戻るのも一瞬だから大丈夫だよ。」
私を安心させる為か、始終笑顔で話すジョセフ先生。
と、その時・・・ぐう~・・・・。お腹の虫が鳴った。ジョセフ先生の・・。
「あ、はは・・。恥ずかしいな。お腹が鳴る音聞こえちゃって。」
恥ずかしそうに頭に手を当てている。
「先生、もしかしてお昼ご飯をまだ召し上がっていなかったのですか?」
え?まさかお昼も食べずに、見晴らしの丘で昼寝をしていたのだろうか・・・。
「うん、実は昨夜遅くまで今日の授業の準備をしていたから、どうにも眠くなってしまってね。食い気よりも眠気が勝っちゃって・・・。何も食べずに眠っていたんだ。」
それを聞いた私はジョセフ先生に言った。
「あの・・・お詫びと言っては何ですが、私サンドイッチを持ってきたんです。2人で分けて食べませんか?」
「え?でもそれだと君の分が・・・?」
ジョセフ先生に困惑の色が浮かぶ。
「大丈夫ですよ、デザートに買ったプディングは2個あるのでこちらも一緒に食べませんか?」
「そっか、それじゃお言葉に甘えようかな?」
こうして見晴らしの丘でのランチ会が始まった・・・。
「ところで、君・・名前を教えて貰えないかな?僕の生徒なのに名前を知らないのは失礼にあたってしまうからね。」
「はい、私の名前はジェシカ・リッジウェイと申します。
サンドイッチを食べながらジョセフ先生は質問して来た。そこで私は何故ここへ来たのか本来の目的を思い出したのだ。
「あ、そうでした!実は私の知り合いのマリウス・グラントと言う学生の描いた天体スケッチを高く評価して頂いたそうですね。」
「ああ、あのスケッチかい?あれは本当にすごかったよ。リッジウェイさんの知り合いが描いたものだったんだね。でも何故生徒会の人達は僕にあのスケッチブックを持ってきたんだろうね。」
不思議そうに言うジョセフ先生。そうか、臨時講師だからこの学院での起こった騒ぎを知らされていないのか。だったら余計な話しはしない方が良いのかもしれない。
私はこの先生の事をもう少し知りたくなったので質問してみる事にした。
「ハワード先生は何故天文学を専攻されたのですか?」
「実はね、僕は見ての通り視力が悪いだろう?元々産まれた時から弱視だったんだ。」
ジョセフ先生から出た言葉は以外なものだった。
「それこそ、両親は色々と医者を探してくれたり、有名な魔法薬を作り出せる薬師を探してくれたけど、結局僕の視力はどうにもならないって言われたらしいんだよ。」
淡々と語るジョセフ先生は、その時何を感じたのだろうか。
「僕の瞳はこの世界では珍しい色をしているらしいんだ。恐らく視力が弱いのはそのせいだろうって言われたよ。やっぱり黒い瞳は怖がられるのかもね。」
少しだけ寂しげに笑う先生。でも私は、その黒い瞳をよく知っている。だって私がいた日本ではその瞳の色は特別な事ではないのだから。
「ハワード先生、私は先生の瞳の色を怖いだなんてちっとも思いませんよ。先生の瞳はまるで黒曜石のようで、とても綺麗だと思います。」
私の話を聞いて少しだけ驚いた顔をした先生は、やがて笑いだした。
「そんな風に言ってくれたのは君が初めてだよ。でも少しは自分の瞳に自身を持ってもいいのかな?今迄はあまり人目につかないようにわざと前髪で隠していたけれどね。」
「はい、ハワード先生はもっと自身を持ってもいいと思います。」
私も笑顔で返すのだった。
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