第7章 8 見晴らしの丘

 結局2限目の天文学の授業にもマリウス、アラン王子、グレイ、ルークは姿を見せる事が無かった。マリウス・・・天文学の講義好きだったはずなのに姿を見せないなんて。もしかするとまだ彼等は生徒会室で揉めているのだろうか?仮にそうだとすると・・こ、怖すぎる・・・。


 けれど講義に出ていないマリウスの為にも今日はいつも以上に真面目に授業を聞いて、ノートをまとめて後で貸してあげよう。

なので、今回の授業は普段より真剣に授業を受ける私であった・・。


 授業終了のチャイムが鳴った。牛乳瓶のような厚底メガネのジョセフ講師は静かに教室を出て行くので私は慌てて後を追おうとすると、エマに呼び止められた。


「ジェシカさん、これからクロエさん達とランチに行くので一緒に行きませんか?」


うん、一緒にランチをしたい気分はやまやまなのだけど・・・。


「ごめんなさい、今回ナターシャさんの件でジョセフ講師にお世話になったので、お礼を言いにいくつもりなの。ランチはまた別の機会に誘ってもらえる?」


「ええ、そういう事情なら分かりました。あ、ごめんなさい。私が引き留めてしまったせいで先生を見失ってしまいましたね。」


エマが申し訳なさそうにしている。


「そんな事全然気にしないで大丈夫。先生の部屋へ行けばいいだけだもの・・。

でもジョセフ講師の部屋ってあるの・・・かしら・・?」

確か生徒会長が話していたっけ。ジョセフ教授は臨時教員だと。そうなると専用の部屋なんて・・・。


「あ、ありますよ。ジェシカさん。私達の学院には臨時教員が大勢いるので専用の部屋があるんです。え~と、確か場所は・・・。」



「ここが臨時教員専用の部屋か・・・。」

何だかこうして先生の部屋を訪れるのって学生時代を思い出させる。まさか自分の書いた小説の世界で再び自分が学生に戻っているなんて今でも信じられない程だ。

すう~っと息を吸うと、私は部屋のドアをノックした。


コンコン。


暫く待つと、おじいちゃん先生が部屋のドアをガチャリと開け、私を見ると言った。


「うん?何だい。学生さんか。ここにいる誰かに用事でもあるのかい?」


ずり落ちそうな眼鏡を上に上げながら尋ねて来たお爺ちゃん・・・もとい先生。

「あの、こちらに天文学専門のジョセフ・ハワード先生はいらっしゃいますか?」


「ハワード君?う~ん・・・そう言えば彼は、昼の休憩時間は殆どこの部屋にいた事が無いねえ。」


顎をさすりながら言う老教授。すると奥からこれまた高齢の女性が現れた。え?この人も教授なの?どうやらこのセント・レイズ学院では日本と違い、高齢者にも働く場を提供しているのだなあと妙な所で納得。


「ハワード先生ならお昼休みは大抵、この学院の『見晴らしの丘』で昼食を食べてお昼寝をしているようですよ。」


にこやかに話す女性教授。お昼を食べた後にお、お昼寝・・・?何だかまるで小さな子供の様な先生なんだなあ・・・。でも『見晴らしの丘』か。


「分かりました、ではそちらへ行って見ようかと思います。どうもありがとうございました。」

お礼を言うと足早にその場を後にした。


『見晴らしの丘』・・・まさか、この世界でその言葉を聞く事になるなんて。

実はこの『見晴らしの丘』は私の小説の中でも重要なシーンとして何度も描かれている。それはソフィーとアラン王子との出会いだ。2人が初めて出会うのがここ、見晴らしの丘である。自分の故郷の場所に似た見晴らしの丘を気に入ったソフィーは学院で辛いことがあると、ここで過ごす事にしていた。

お気に入りの場所で昼寝をするのがソフィーにとって至極の時間。

そんなある時、偶然ここに立ち寄った人物がいた。彼こそがこの小説のヒーローのアラン王子。2人の初めての出会いの場所が見晴らしの丘だったのだ。

見晴らしの丘で昼寝をしているソフィーを見て驚いたアラン王子は思わずソフィーを揺り起こしてしまう。それが2人の初めての出会い。

 初対面なのに何故か気が合う2人は時々、この場所で会うようになる。ただし、アラン王子の提案で互いの名前は伏せておくことを条件で・・。


 物語が進むにつれ、次第に悪女ジェシカに時には命にかかわるような嫌がらせを受ける様になったソフィー。(でも実際にソフィーに嫌がらせをしていたのは全くの別人だったのだけど)

そんな彼女を心配し、アラン王子に報告するのが、生徒会長、ノア、ダニエルだったのである。

 彼等は権力のあるアラン王子にソフィーを守って貰うために2人を引き合わせ、初めてソフィーとアラン王子は互いの名前を知るようになる。

 やがて互いに惹かれ合うようになった2人はいつしか愛し合うようになり、門が開かれ、危険に満ちてしまった世界を互いの力を合わせ、世界を平和に導いた。

 その後、稀代の悪女ジェシカを島流しにすると2人は永遠の愛を誓う・・・。その誓いを立てたのも『見晴らしの丘』だったのだ。


 見晴らしの丘はセント・レイズ学院の門を出て南へ進んだ先にある丘の草原と小説の中で表現していた。さて・・・一体どんな場所なのか・・。私は流行る気持ちを抑えつつ学院の門を出ようとして、お腹の虫が鳴るのを聞いた。



「すみません、注文お願いします。テイクアウトでローストビーフサンドイッチセットを1つ。あ、デザートにプディングを付けて下さい。」

今、私はサンドイッチショップに来ている。結局、腹の虫の誘惑には勝てなかった。


 紙袋に入ったテイクアウトのランチを持って、私は見晴らしの丘へと向かった。

季節はもうすぐ10月に変わる頃で秋の風が涼しさを運んでくる。青い空を見上げると羊雲が浮かんでいた。

この世界は日本とは違い、空気は澄み渡り、空は何処までも広くて青かった。

こんなに自然あふれる世界は日本ではまず体験できない事だろう。子供の頃から田舎というものが無かった私はずっと都会っ子で育ってきた。その為、自然と言う物に強烈な憧れがあったのだ。だから自分でも驚くくらい、この景色に感動している自分がいた。


 見晴らしの丘へと歩みを進めるうちに私はある事に気が付いた。

あれ・・?何だかこの景色以前にも見たような・・・?私は足を止めて周囲をぐるりと見渡し、気が付いた。

そうだ!この景色は・・・私が初めてこの世界で目を覚ましたあの場所と同じなのだ。と言う事は、私が倒れていた場所は見晴らしの丘だったのだろうか・・?

そこへ偶然通りかかったアラン王子・・・。本来ならあの場所に居るべき人物は私ではなく、ソフィーでなければいけなかったのかもしれない。なのにアラン王子と出会ってしまったのが私だったから、この世界の本来の物語が狂ってしまったのだろうか・・・?


「ハ、ハハ・・まさか・・・ね。」

私は恐ろしい考えを打ち消すかのように頭をブンブン振った。でも何故アラン王子はあの時、見晴らしの丘へ来ていたのだろうか?しかも入学式という大事な日だ言うのに・・?今度機会があれば聞いてみようかな・・・。

 

 と、その時私は前ばかり見ていたので足元に注意を払っていなかった。

「え?」

突然何かに足を引っかけてしまい、前へつんのめる私。


「キャアッ!!」


ドスッ・・・・。


「え・・・?」

気が付いてみると私は紙袋はしっかり守ったまま、人の上に倒れ込んでいた。


「い・・・いって・・・。」


はっ!誰かを下敷きにしてしまっている!

私は慌てて飛び退き、頭を下げた。


「すみません!突然身体の上に倒れ込んでしまって!あの、怪我されませんでしたか?!」


そして倒れ込んだ相手を確認する為に私は見下ろした。


え・・?誰・・・?




















  

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