第6章 3 きっとそれは恋じゃない

 ああ・・・今この応接室にはブリザードが吹き荒れている・・。

ほら、見てよ。全員凍り付いちゃってるじゃないの。余裕の笑みを浮かべているのはダニエル先輩ただ1人。ねえ、先輩。女性にシャイな人だったはずですよね?昨夜の一件で随分人が変わってしまったじゃないですか。


 沈黙を破ったのはやはりダニエル先輩だった。


「でも、安心したよ。ジェシカ。」


「はい?」

何が安心したのだろうか?


「ここにいる人物は全員黒い髪じゃないね・・・君が一番近い色の髪をしているようだけど、どうやら違うようだしね。」


何故かルークを意味深に見るダニエル先輩。ルークの方は何が何だかさっぱり分からないという顔をしている。

さっきまであれ程威勢の良かった俺様王子と生徒会長は今のところ静かにしている。あれ?もしかして魂が半分ぬけてしまっていないよねえ?

そして、ここでダニエル先輩の第2弾の爆弾投下。


「良かったよ。ジェシカの運命の相手がここにいなくて。これなら僕にも望みはあるのかな?」


ダニエル先輩はニコニコしながら言った。


「はい?!」

も、もしかすると逢瀬の塔で私が去り際に言ったあの台詞の事を言っているのだろうか・・・?


「「「「ジェシカ?!運命の相手って誰の事だ?!」」」」


マリウス以外の4人から叱責される・・・。

ああ、胃が痛くて胃潰瘍になりそうだ。本当にもう勘弁してほしい・・。



「ああ、もう駄目だ!人数が多すぎて話が出来ない!ルーク、グレイ、お前達席を外せ!」


アラン王子がイライラした様子でルークとグレイに命令する。


「ええ?!」


「そ、そんなアラン王子!」


ルークとグレイが情けない声を上げる。出たよ、俺様王子の我がままぶりが。何て気の毒な・・・。このまま見過ごすのはあまりに2人が気の毒だ。


「ごめんね、グレイ、ルーク。後で2人にはきちんと話をするから・・・。」


「本当か?ジェシカ。」


グレイがすがるような眼つきで私を見る。


「絶対に教えてくれよ?」


ルークが言うと、アラン王子が叱責する。


「お前達!ジェシカに馴れ馴れしくするな!」


途端にシュンとなる2人だが、これではあまりに酷い。


「いい加減にして下さい。アラン王子。私は今グレイとルークに話をしているのです。これは私達だけの話です。アラン王子には口を出す権利は無いと思うのですが。」


王子に対して失礼な言葉かもしれないが、これはルークとグレイ、そして私の問題だ。


「うっ!し、しかし・・・。」


言い淀むアラン王子。そこへ生徒会長が口を挟む。


「まあ待つのだ。アラン王子。ジェシカの話は最もだ。あの2人にも説明を聞く権利がある。例えアラン王子の番犬だろうが、彼等も1人の人間だ。」


番犬と呼ばれてムッとするグレイとルーク。本当にこの生徒会長は鬼だ、前世はきっと鬼だったに違いない。


「わ、分かった・・・。後でお前たちはジェシカから話を聞け。」


「「はい、分かりました。」」


2人が応接室を出ると私はマリウスを見た。

「マリウス、貴方もよ。」


「はい?」


マリウスはキョトンとしている。

「だから、貴方も席を外してと言ってるの。」


「そんな、お嬢様!」


マリウスは悲痛な声をあげた。


「お嬢様、私とお嬢様は一蓮托生、一心同体、身も心も貴女に捧げたこの私をおい払うと言うのですか?!」


な、何ぃ?!身も心も?!嘘だ、嘘に決まってる!!私がマリウスとなんて有り得ない。どうせいつもの世迷言に決まってる。あ、でも以前夜のお努めがどうとか、訳の分からない事を言っていたけど、まさにその事だったのか?!い、いやあああっ!


私が頭を抱えている間、今度はマリウスがアラン王子と生徒会長、さらにダニエル先輩から詰め寄れていたのは言うまでも無い・・。


 結局マリウスも部屋から出され、今部屋にいるのは私と生徒会長にダニエル先輩。


カチコチカチコチ・・・。


時計の音だけが静かな部屋に規則的に響き渡る。誰もが口を開かない。1人余裕の表情を浮かべているのはダニエル先輩ただ1人。


痺れを切らしたのか、ついに口を開いたのは強面生徒会長だった。


「ジェシカ・・・。」


はい?!私に話を振るんですか?!一体私に何を聞くつもりなのだろうか。嫌だ、聞きたくない聞きたくない・・・。


「どうしてお前はこの男とキスしたのだっ!何故だ?何故なのだ?そこに2人の愛があったのか?!」


 何だか一昔前のドラマのような台詞を言う生徒会長。けれど何故、こんな事を説明しなければならないのだ?生徒会長にしろ、アランにしろ、これではあまりに横暴だ。


「いい加減にして下さい。こんなのプライバシーの侵害です。」

つい、口から出てしまった。


「プライバシーとは何だ?またお前は不思議な言葉を使うな?」


アラン王子が口を挟むが、言葉を続けた。


「でも俺には聞く権利がある。」

 

何故?何故得意気に言い切れる?やはり俺様王子だ。ほんといい加減にして欲しい。


「もういい加減にしてくれない?ジェシカが困ってるのが分からないの?僕から説明するよ。」


ダニエル先輩は生徒会長とアラン王子を非難する目付きで睨むと言った。


「昨夜僕と彼女はデートをしたんだ。2人で予約制のレストランで食事をした後、映画を観に行った。とても素適な映画だったよ。」


アラン王子と生徒会長はイライラしながらも黙って話を聞いている。一方の私は落ち着かない気持ちで話を聞いていた。でもそんなの当然だ!これからどんな話をダニエル先輩が話すかと思うと生きた心地がしない。


「映画を観終わった時、隣にいたジェシカを見て驚いたよ。だって泣いていたから。」


「何?!泣いていたのか、ジェシカ?泣くほど悲しい映画だったのか?」


私を見て大袈裟に驚く生徒会長。あ〜鬱陶しい。


「うるさい、少し静かにしてくれ、生徒会長。」


おおっ!ナイスフォロー。アラン王子。しかし今はそんな事言ってる場合ではない。


「泣いてるジェシカはとても・・・綺麗で、愛しくて・・気が付いたらキスしてた。」


顔を赤く染めて、俯き加減に言うダニエル先輩。う、その態度は反則です。そんな言い方されると私まで意識して顔が赤くなってしまうじゃないですか。


「な、な、何ぃ?!それではお前は強引にジェシカの唇を奪ったと言うのかあッ!」

 

あ〜お願いだから私の耳元で叫ばないでよ。


一方、怖い位に冷静なのがアラン王子だ。さっきのように激昂してくれていた方がどんなに良いか・・・。


「ジェシカ・・・。」


呟くように私の名前を呼ぶアラン王子。


「はいいッ!」


思わず返事する声が上ずる。うう・・こ、怖い。何を言われるのだろう。そこへすかさずダニエル先輩。


「やめるんだ、アラン王子。ジェシカが怖がってる。」


「煩い、これは俺とジェシカの問題だ。」


え?!何故?何故アラン王子と私の問題ですか?そもそも私とダニエル先輩との話でアラン王子には全く関係無い話ですよねぇ?

駄目だ、ここにいる人間でまともな話しが通じるのは今のところダニエル先輩しかいない。


「ジェシカ、そもそもお前はあの男にキスされて嫌じゃなかったのか?」


アラン王子は真剣な瞳で聞いて来る。あれ?言われてみれば、ちっとも嫌じゃなかった。もしかして恋人同士のフリをしていたからだろうか?


「そうですね・・・恋人同士のフリをしていた・・・?からではないでしょうか?それにきっとダニエル様は泣いてる私を慰めようとしてくれて・・・。」


「だが、あの男はそう言う意味でお前にキスした訳では無さそうだが?」


うぐっ、そ・それは・・・。


「まあいい。」


え?いいの?

急にアラン王子の態度が軟化した。


「つまり、お前はただ雰囲気に流されてあの男とキスしただけという事だ。安心しろ、お前は悪くない、悪いのはあいつだ。女はその場の雰囲気に流されやすい。時には目の前の男に自分は恋をしてるのだと勘違いする場合もあるだろう。」


アラン王子はビシイッとダニエル先輩を指差すと言った。ちょっと、人を指差してはいけません。


「俺は心が広い男だから、今回だけは許してやるが、次にジェシカに手を出したら、ただではすまないからな!」


かくして、生徒会長はまだブツブツ文句を言っていたが、今回の件は幕引き?となったのだった・・・あ〜疲れた。


「ところで黒い髪の運命の男とは誰だ?」



生徒会長、そこは蒸し返さないで下さい・・・・。




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