第5章 1 悪女ジェシカ、裁きを受ける

 冷たい石畳、私は裸足でひざまずかされている。寒い・・・。私の着ている服は色あせた灰色の膝下迄の長袖薄絹姿1枚のみ。両脚は逃げられない様に鉄の足枷をはめられ、その先には鎖で結び付けれた鉄球。

そして両腕は後ろにロープで縛り上げられている。

周りは薄暗い靄に包まれているのか、全く見えない。ここは何処なのだろう・・・何故自分はこんな姿をしているのだろう・・・。


「ジェシカ・リッジウェイ!!」


聞き慣れない、良く通る声が私の名前を呼んだ。え・・・誰・・・?


「聞こえなかったのか?ジェシカ・リッジウェイ!顔を上げろッ!!」


強烈に批判するような声。私はゆっく顔を上げた。やがて靄がゆっくり晴れていき・・・。


 そこはまるで映画や写真、本で見たことがある中世時代に行われた魔女を裁く裁判所のような場所だった。私の正面に座っている黒髪の若い男性は恐ろしいまでに冷たい瞳で私を射抜くように見ている。背筋がゾクリとする。こ、怖い・・・。


その時、私は黒髪男性の左右に座る人達を見て息を飲んだ。


 マリウス、グレイ、ルーク、ノア、ダニエル先輩、エマ、生徒会長、そしてアラン王子とその隣に寄り添うように座るピンク色のドレスに身を包んだストロベリーブロンドのヒロイン、ソフィー・・・。

後ろを振り向くと席に座ったクラスメイト達の姿が見える。誰もが沈痛な表情で私を見ていた。

黒髪の青年は怒りの眼差しで私を見ている。他の人達は・・・皆辛そうに視線を私から反らしていたが、ついにマリウスが声をあげた。


「皆さん、誤解です!ジェシカお嬢様は門の封印を解くなんて、そんな事する訳ありません!!」


マリウスのあげた声をきっかけに次々と皆が声をあげた。


「そうです!ジェシカさんではありません!」


「そうだ!これは何かの陰謀だ!生徒会長の俺の言う事が信用出来ないのか?!」


「彼女を離せ!」

叫ぶノア。


「君たち、本気で彼女が犯人だと思ってるの?」

怒りを押さえた様に言うダニエル先輩。


「アラン王子!貴方は・・・ジェシカを忘れてしまったのですか?!」


え?ルーク・・・どういう意味なの?


「王子!目を覚まして下さい!」

血を吐くようなグレイの悲痛な叫び・・・。


ああ、何か言わなければならないのに私は声を発する事が出来ない。何か、何か言わなければならないのに・・・。


黒髪の青年は叫ぶ。


「黙れ!!貴様らも謀反の罪で拘束させて貰う!!」


 途端に左右から現れた兵士達に捕らわれる皆。やめて!皆に酷い事しないで!!

兵士達に無理矢理連行されるマリウス達。そしてそれを冷ややかな目で見るアラン王子・・・。何を見ているのか、その瞳には生気が感じられない。まさか、本当に操られているの?   

 

「この女をどうする?聖なる乙女、ソフィーよ。」


黒髪の青年はソフィーに優しく問いかける。


「アラン王子様はどうすれば良いと思われますか?」


ソフィーはアラン王子に甘えた声でしなだれかかると尋ねた。


「その女は・・・。」


アラン王子の表情が苦悶に満ちてきた。が、やがて声を振り絞るように言った。


「この・・く、国の遥か・・西の塔に・・数年間のゆ、幽閉を・・・。」


それを聞いたソフィーの顔色が変わる。


「アラン王子様?あの方は門を開くという大罪を犯した罪人ですよ?本当に西の塔にたった数年間の幽閉だけでよろしいのですか?」


一気にまくしたてるようにアラン王子に訴えるソフィー。成程・・・そんなに貴女は私を重い罪にしたいのね?


「そうです、アラン王太子。よく考えてみてください。あの悪女のせいで、危うくこの世界が存亡の危機に晒される所だったのですよ?我々聖剣士と、乙女達・・・その中でも聖なる乙女に選ばれたソフィーのお陰でこの世界は守られたと言う事実をお忘れになったのですか?あのような悪女は処刑するべきなのです!」


黒髪青年は私を指さしながらアラン王子に訴える。え?今何と言ったの?処刑?私を処刑すると言ったの?そ、そんな・・・・!!


 処刑という流石に物騒な台詞が飛び出してきたせいか、周りにいる学生たちが途端に騒めき立つ。中にはシクシクと泣きじゃくる女生徒の気配を感じた。


それに気が付いたソフィーは歯を食いしばり、拳を強く握りしめている。

しかし、やがて顔を上げると言った。


「いいえ、××××様。流石に処刑はやりすぎだと思います。なので、これは私の意見ですが・・・世界の果てにあると言われる北の海に浮かぶ『流刑島』、そちらにこの方と親族の方々を送る・・・と言うのはどうでしょうか?二度と謀反を起こさないように領地から財産まで全て没収するという形で・・・。」


美しい笑みを浮かべながら、悪魔のような提案をしてくるヒロイン、ソフィー。


「おおっ!流石は心優しきソフィー。俺もその意見に賛成だ。アラン王子、異論はございませんよね?」


 この黒髪男とソフィーは・・・恐らくグルだ。どんな手を使ったのかは知らないが、何としても私だけでなく、親族全員を流刑島に流したいようだ。

最早この場で私を救えるのはアラン王子しかいない。私は必死でアラン王子を見つめる。本当は呼びかけたいのに、肝心な声が出てこない・・!

 そんな私の思いも空しく、アラン王子は黙って頷く。それは私の罪が承認されてしまった証でもある。


 判決に打ちひしがれる私をソフィーは見下すように見て笑みを浮かべた。それはまるで私を嘲笑っているかのように見えた。


「よし!稀代の悪女、ジェシカ・リッジウェイ!貴様を流刑島に送る事が決定した!それまではこの国の監獄に幽閉する!おい、連れて行け!」


 黒髪青年の合図と共に現れる学院の兵士達。無理やり立たされると後ろ手に縛られていたロープを切られ、今度は前に腕を組まされると再びロープで縛り上げられる。


「ほら!さっさと歩け!!」


 ロープを引っ張られ、無理やり歩かされる私。痛い、足が。鉄球が取り付けられた足かせは足首に食い込むし、重すぎて歩く度に足は耐えがたいほどの痛みを生じる。しかも吐く息が見える程の寒さ。そこを裸足で歩かされるのでたまったものではない。まるで氷の上を裸足で歩かされているかのようだ。冷たさと激痛で身体が悲鳴を上げる。

 それでも無情に引っ張られるロープ。私は耐えて歩くしかなかった。

去り際にアラン王子をチラリと見るが、その瞳には何も映してはいない。完全に心を無くしてしまったかのように見える・・・。



 窓が無い、鉄の格子戸がはめられた監獄。寒くてたまらないが、固いベッドに布団代わりの薄い布が1枚だけ。このままずっとこの場所に入れられていれば、流刑島に送られてしまう前に私は死んでしまうかもしれない・・・。

身体を縮こませて、ベッドで丸くなり、うつらうつらしていると・・・幻覚だろうか?眼鏡をかけたあの女生徒が私の前に立っている。


<今のままでは、近い未来貴女はこの結末を辿ってしまうわ・・・。だから早く私の本当の名前を呼んで・・・。そして彼の心を・・・・ソフィーよりも早く・・。>



チュンチュン・・・

鳥のさえずりが聞こえる・・・。

「!」

私の意識は一瞬で覚醒し、ガバッ!と飛び起きた。何、今のは夢・・・?でもあまりにもリアルすぎる。覚えている、あの光景、あのセリフの一言一句まで余すことなく全て・・・。あれは私の近い将来に起こる出来事なのだろうか?生徒会長があの夢に出てきたと言う事は今から1年以内に起こる事なのだろう。そして季節は冬・・・。

夢にしてはあまりにリアルすぎる。心臓は恐怖で激しく波打つし、あの黒髪青年は今も脳裏にはっきり焼き付いている。一体彼は・・・?


 その時、私はある事に気が付いた。

ここは自分の部屋では無いと言う事に・・・。初めて見る場所だ。一体ここは・・・

そう思った時、ベッドの側に置かれているソファにダニエル先輩が毛布にくるまって眠っている姿を発見したのだった—。


















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