第4章 11 これはきっとお酒のせい

「あ、あの。もう一度言って頂けますか?」

私は声が震えそうになるのを押し殺して尋ねた。もしかすると私も先輩も相当酔いが回っているのかもしれない。そうだ、きっとこれはお酒のせいだ。


「彼女は僕に言ったんだ。自分が穴に落ちたのは君に突き落とされたからなんだって。」


何度も同じことを言わせるなと言わんばかりにイライラしながらダニエル先輩は繰り返した。


「全く・・・。」


あ、相当機嫌悪い。きっとダニエル先輩は目の前にいる私が全ての原因だ言う事を今更ながら感じたのかもしれない。ここは、何としても誤解を解かないと・・!


「せ、先輩!それは私じゃ・・・。」


そこまで言いかけた所をダニエル先輩の言葉で遮られた。


「全く、あの嘘つき女め!」


「え?」


「誰が、そんな話を信じるとでも思っているんだ?大体僕は殆ど毎日あの場所に来ていたけど今迄一度も君を見た事等無い。あそこの塔は教室として機能している塔では無いからね。備品室や用具入れ・・・そんな教室ばかりだ。余程の物好きでしかあの場所には来ないよ。寮生活以外で僕が唯一、一人になれる場所だったのに・・。

それをいつの間にかあの女を度々見かけるようになって、一度何をしているのか、こっそり後を付けたことがあったよ。そうしたらあの女は何をしていたと思う。僕が枯葉を集めていたあの土地を女3人で掘り始めて・・いつの間にか大きな穴を掘っていたんだよ?あんなところに穴が空いていれば危ないじゃないか。だから一度は穴を塞いでやろうかと思ったんだけど・・・何故僕がやらなければならないのだと思い、馬鹿らしくてやめにしちゃったけどね。」


ダニエル先輩は徐々にその時の光景を思い出したのか・・・ヒートアップしてくる。


「テキーラお代わり!」


「私にはモスコミュールを!」


2人とも、ピッチが上がる上がる・・・・。


「そして、あの事件が起こった。」


ダニエル先輩の話をまとめると、穴を掘っていたのはソフィーとナターシャ、そしておそらくメガネの女生徒、この3人。そしてソフィーは恐らく自分からわざと落とし穴に落ちた。それもダニエル先輩が近くにいた時を狙って。


「あの足首の怪我・・・あれは恐らく魔法によって、怪我をしたという風に見せかけた物だ。あの怪我をしたという場所からは魔力を感じる。恐らく、あの女は怪我なんかしていない。」


「そんな事が出来るのですか・・・?」


まさか、魔力で怪我をしたように見せかけるなんて・・・それは余りにも酷い魔法の使い方だと思う。


「少し魔力が高めの人間ならどうってことないさ。なのに・・・あの女は君にやられたと言ってるのさ。君が突き落としたのを見ていたと言ってる目撃者が多数いるらしいんだ。全員・・・旧校舎にいる準男爵家の人間達ばかりだ。何故かこの日は南棟の向かい側にある棟で実習訓練があったとかで、全員集まっていたらしい。その時悲鳴が上がった方角を見ると、君が逃げていく後ろ姿を全員が見たってね。誰かがご丁寧に魔法で証拠映像も記録していたらしい。全部あの女が僕に説明して来たよ。」


聞けば聞くほど、私は随分と危うい立場に立たされていたようだ。でも学院側からも寮でも何も聞かされていなかった。

「わ、私・・何も聞かされていないし、初めてそんな話聞きましたよ?!」

思わず声が上ずる。


「彼等は学院長に証拠映像を見せたらしいんだけど、後ろ姿だと言う事と、君の爵位が高かったと言う事で、今回の話は証拠不十分だと言う事で取り上げられなかったらしい。その代わり・・・と言う事で、あの女は朝食を一般寮生達とホールで食べられるようになったそうだね。」


 私はホールでのソフィーとナターシャの会話を思い出した。穴が掘られていて落ちたと言う話・・・・あれはわざわざ私や他のあの場にいた女生徒全員に知らしめる為だったのか。全員を味方につけ、私を悪女に仕立てるつもりで・・。けれども結局は誰からも相手にされなかった。あの時、2人はどんな思いだったのだろう。それに、何故ソフィーは私を悪女に仕立てようとするのか?何か気に障るような事をしてしまったのだろうか?でも自分には思い当たる節は何もない。


 そんな私の気持ちを読み取ったのか、ダニエル先輩は言った。


「僕は、あの女のことは一切信用しない。正直言って迷惑してるんだ。あの時以来、やたらと僕の周りをうろついて・・・目障りでしょうがない。」


ふう~っと深いため息をつくダニエル先輩。私は黙って先輩の話を聞いている。この先輩は人と・・特に女性と関わるのが大嫌いな人だ。よし、私は今この場で空気になろうと決め込む。


「でも・・・。」


不意にダニエル先輩の口調が変わる。


「ジェシカの事は別に嫌だとは思わない。・・何故だろう?」


さ、さあ・・・。急にそのような事を言われても私にはさっぱり分かりかねますけど?私は無言でいたが、ダニエル先輩は1人で納得したかのように言った。


「そうか、ジェシカは他の女達みたいに僕に纏わりつこうともしないし、サバサバしていて女を感じさせないからだ。」


はいはい、どうせ私は女らしくいないですよ。今だってこうしてぐびぐびお酒を飲んでいるし。


「うん、これって・・・何だか楽しい気分だ。」


「え?」


隣に座っているダニエル先輩を思わず見ると・・・そこには今迄見た事もない位笑顔の先輩がそこにいた。その笑顔を見ていたら、今まで不安に思っていた気持ちが嘘のように落ち着いてきた。


「せ、先輩は・・・私がソフィーを突き落としたという話は信じます・・・か?」

いけない、思わず声が震えてしまう。


「何言ってるんの?信じるはず無いでしょう?あの女はとんでもない大嘘付きだ。」


大真面目で言うダニエル先輩。では、今日会ったばかりの私の事は信じるとでも言うのだろうか?そう尋ねようと思った時に先輩は言った。


「でも、ジェシカの事は信じる。君は誰かを突き落とすような事をする人間じゃない。」


「だ、だけど・・私は先輩にとって今日初めて会った人間ですよ・・・?」


「僕を見くびらないで欲しいかな。こう見えても勘は鋭いから人を見る目はあるつもりだよ。大体、あの生徒会長や、ノア先輩、それにアラン王子・・・皆が君を慕ってるって事は、君がそれだけ素晴らしくて、人望もある魅力的な女性って事だろう。」


「っ・・・!」


意外な程優しい言葉に思わず目頭が熱くなるのをぐっと我慢して私は言った。


「あ・・ありがとうございます・・・。」


少し、躊躇っていたダニエル先輩は何を思ったか、私の頭をそっと撫でた。


「だ、大丈夫。ジェシカには大切に思ってくれている人が周りにいるから・・。」


「フフ・・・。」

私は思わず笑いが込み上げてきた。


「な、何?何がおかしいのさ。」


動揺したダニエル先輩は顔を赤くしている。でも・・お酒のせいなのかもしれない。


「何だか、先輩・・・お兄ちゃんみたいですね・・。」


「えええっ!!」


真っ赤な顔で大きな声を上げるダニエル先輩。


「今夜だけは私のお兄ちゃんです、先輩は。本当にありがとうございました。」

私は素直な気持ちを伝え、頭を下げた。うん、私には皆が付いている。エマやマリウス、ちょっとウザイけど生徒会長にアラン王子、グレイ、ルーク・・。


「ぼ、僕は君の兄なんかじゃない・・・!」


赤くなりながらも満更じゃなさそうなダニエル先輩。それはそうだ。ぶっきらぼうだけど、本当は優しいツンデレキャラなのだから。


「いいじゃ無いですか・・今夜は兄妹の関係でも・・・。これは、きっとお酒のせいなのですから・・・。」


そして私の意識はそこで途切れた—。













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