第2章 16 素敵な先生

 はい?マリウスは今何と言った?ナターシャと3人で町へ出る?冗談じゃない!!ナターシャはね、貴方と2人きりで町へお出かけしたいのよ?彼女からみたら私等完全にお邪魔虫の何者でも無い。こんな事で怒りを買ったら、この先の私の穏やかな学院生活が・・・・。マリウスめ。何と余計な事をしてくれたのだ。

 私は思い切り恨みがましい目でマリウスを睨み付けてやった。

途端に喜びに打ち震えるマリウス。


「お、お嬢様・・・!その怒りに満ちた凍てついた瞳・・・その瞳から放たれる氷塊で思いの丈を込めてこの私にぶつけて下さい・・・!」


 美しい顔で興奮しながら私を熱い眼差しで見つめるマリウス。これで気色悪い台詞を言っていなければ他人から見ればイケメンに愛を語られている女性と見られるかもしれないが、冗談じゃない!ほら、その証拠に私の全身に鳥肌が立っているのだから。ああ、嫌だ嫌だ。何故私の周りにはまともな人間がいないのだろう。小説の世界では誰もが素敵な男性達だったのに、どうしてこうなってしまったのか・・・。

 あ、駄目だ。ショックで胃が痛くなってきた・・・。


「マ、マリウス・・・。」


「ど、どうされたのですか?お嬢様。顔色が真っ青ですよ?!」


「私・・・ちょっと胃の具合が・・。医務室に行って来るから教授に伝えておいて貰える?それと・・後でノート見せてね。」

立ち上って医務室へ行こうとするのをマリウスに止められた。


「何を言っているのですか?!お嬢様、私が一緒に付いてまいります!」


 言うが早いか、マリウスは私をヒョイと御姫様抱っこした。途端に周りで沸き起こる騒めき。馬鹿ッ!何てことしてくれるのよ!これじゃまた目立ちまくるじゃ無いの。と言うか、こんな事がナターシャの耳に入りでもしたら・・・!

ますます具合が悪くなりそうだ。

 その時、何故か偶然グレイと目が合った。ん・・?何だか随分ショックを受けた顔をして私を見ている気がする。そうか、そんなに私の事を心配してくれているのね?グレイとは良い友達になれそうだ。


 マリウスにお姫様抱っこされて医務室へ連れて行って貰うと、優しそうな20代後半と思われる眼鏡をかけた女性医師が出迎えてくれた。・・・中々の美人だ。仕事が出来そうな感じだ。って当たり前か、お医者さんなのだから。


「先生、ジェシカお嬢様が突然胃の痛みを訴えられましたので、大至急こちらへお連れ致しました。どうかお嬢様を診察して下さい。」


そしてマリウスは丁寧に頭を下げる。・・・過保護だなあ。自分の病状位伝えられるし、ここへだって1人で来れたのに。


「あらまあ、まさか抱きかかえて女生徒を運んでくるなんて・・こんな学生は初めて見たわ。余程貴方にとって大事な人なのね。」


クスクス笑いながら言う女性医師にマリウスはとんでもない事を言う。


「はい、ジェシカお嬢様は私にとって世界一大切な女性です。」


 な!何故またここで爆弾発言をする?!少しは空気を読んで欲しい。マリウスのせいで、どんどん私の立場が悪化していくような気がする・・・。とんだ疫病神だ。

ますます私の胃がキリキリと痛み出してきた。もし胃潰瘍にでもなったら絶対にマリウスのせいだ。

 私のそんな思いには全く気付かない女心に疎いマリウスは言った。


「それではお嬢様、私は授業に戻りますね。ノートの事ならご心配なさらずに。教科書が必要にならない位に完璧な記述のノートにしておきますから。」


・・・いえ、そんな必要はありません。出来れば要点だけまとめたノートでお願いします。そのノートを書き写す身にもなって欲しい。


「分かったから、もう行って。ここに長くいたら授業に出るのが遅くなるでしょう?」

私はやんわりと断った。だって女性医師の視線がいたたまれないんだもの。早く教室に戻って、さっさとノートを取っておいてよ!


「そうですか?お嬢様がそこまでおっしゃるのであれば・・・それでは教室に戻りますね。」


 マリウスは何度も何度も先生に頭を下げると教室へと戻って行った。

ああ、済々した。


「・・・随分彼のせいで苦労している様ね。」


「え?」

先生、今何とおっしゃいましたか?


「ああいう思い込みの激しいタイプは得てして鈍い人が多いのよね~。自分の行動が相手を追い詰めているって事に気付いていないと言うか・・・。」


「先生、分かって下さるんですね?!」

流石大人の女性。この女性医師は恐らく私の日本人だった時の年齢とほぼ変わり無いのではないだろうか?何だかこの女性とはすごく気が合いそうな気がする・・。是非ともここはお近づきになりたい!


「ええ、私内科が専門だけど、心理学的な学術にも興味があって独学で勉強している最中なのよ。そうね・・・彼が貴女を見る、あの目つき・・・。」


「は・はい・・・・。」

私は震えながら答えた。どうしよう、何て言われるのだろう?


「完全に貴女を崇拝している!だから貴女も彼を好きなように出来るわよ?あれ程のハンサムを傍に置いて好き放題できる貴女はすごくラッキーなのよ。なんて羨ましいのかしら・・・。」


 やはり、この女性医師ともあまり関わりを持たない方が良いのかもしれない。だって胃痛の原因がマリウスなのに傍に置いておけと言うなんて。私の胃は益々痛む。

「先生・・・胃薬があれば頂けますか?」

私はお腹を押さえながら女性医師に尋ねた。


「胃薬より、こっちの方が効果があると思うわ。」

女性医師はガラスの薬草が入ったポットにお湯を注ぎ、数分待った後、コーヒーカップにそのお茶を注いでくれた。


「カモミールティーよ。胃痛に良く効くの。これからあなた達、魔法学も学んでいくけども、ハーブも凄く重要よ。今のうちに色々なハーブの勉強をしておくと良いわ。」


そう言って理知的な笑みを浮かべた。

う~ん。言動はおかしいけれども、やはりこの先生は今後親しくしておいた方が良さそうだ。ハーブの知識があれば自活するのも夢ではなさそうだし。


「少し、ベッドで休んでいくといいわ。」


女性医師は奥のカーテンを開けてベッドへと案内してくれた。うん・・・やっぱり先程の言葉は撤回。いい先生だ。私はベッドに横になると声をかけた。

「先生・・・先生のお名前、教えて頂けますか?」


「名前?マリア・ペインよ。」


「マリア先生・・・・。これからよろしくお願い致しますね・・。」

自分でも妙な事を言っていると思ったが、この言葉が今一番適切なように感じた。


「ええ、よろしくね。ジェシカさん。」


 マリア先生のハーブティーの効果によるものなのか、私は徐々に眠くなっていき・・完全に眠ってしまったのだった。



 どの位、眠っていただろうか・・・。気が付いてみると窓の外は夕暮れになっていた。ああ、今日も午後の授業に出れなかったか・・。私はのそのそとベッドから起き上がった。


「マリア先生?」

私はカーテン越しに声をかけたが、返事は無い。代わりに別の声が答えた。


「先生なら今病棟を回っているから不在だぞ。」


え?

その声は・・・・。驚いた私はベッドのカーテンを開けた。するとそこにいたのは窓の近くに座っていたグレイだったのだ。しかも何故か私のカバンを持っている。


「グ・・グレイ?どうしてここに?」

私は驚いて声をかけた。それはそうだろう。だって迎えに来るのは絶対にマリウスだと思っていたから。


「何だよ、俺が迎えに来たら悪いか?」


何処か機嫌を損ねたように言うグレイ。あれ?何か怒らせるような事言ったかな?


「ううん、そんなんじゃないけど。ただ、てっきりマリウスが来ると思っていたから。」


「ああ、あいつならナターシャとか言う女が教室に迎えに来て掴まってたぞ。ほら、俺が逢瀬の塔で見た女だ。」


何故かそこの部分を強調して言うグレイ。・・・気のせいだろうか。

「グレイがここに来たのはマリウスに頼まれたからなの?」

私は疑問点を尋ねた。


「まさか、マリウスが半ば強引に連れさられたから俺が代わりに迎えに来たんだ。どうだ?具合は良くなったのか?」


グレイは心配そうに私を覗き込む。うん、彼はやっぱり軽い所もあるが、根本的にはいい人なのだろう。グレイとは良い友達になれそうだ。


「ありがとう、グレイ。貴方とは良いお友達になれそうだな。」

私はグレイに笑いかけた。


「―友達か。」

グレイはそれを聞いて笑った。でも・・・何故か少し寂しそうな笑顔をしているように感じたのは気のせいだろうか。











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