第2章 11 昨夜、何が起こったの?

 今朝の事—。

朝食を食べる為にホールへ降りていくと、大勢の女生徒達の中にナターシャの姿があった。例のごとく同じメンバーを連れている。成程・・・やっぱり彼女たちは取り巻きで間違い無さそうだ、

ナターシャは私の姿を見ると、嬉しそうに手を振って来た。


「ジェシカ様!どうぞこちへお掛け下さい。私達とご一緒しましょうよ。」


うわ、露骨な態度だなあ・・。分かりやすッ。

「はい、でもまだ朝食を取ってきておりませんので。」

さり気なく彼女たちと離れた場所に座ろうと思い、口に出すと・・・。


「マリアさん!ジェシカ様のお食事をお持ちして差し上げて頂けますか?」


黒髪にそばかすが印象的な女生徒に向かって厳しい口調で言った・・と言うかどう見ても命令にしか聞こえないんですけど・・・。


「は・はい!」


可哀そうにマリアと呼ばれた女性は肩をビクリとさせて、取りに行こうとする。

私は慌てて彼女を引き留めた。


「お待ちください、自分の朝食位自分で持って参りますわ。誰かのお手を煩わせるなんて事、して頂くわけにはいきませんから。」

お上品な言葉は幾ら使っても慣れない。全身に鳥肌を立てながら私は笑みを浮かべながらマリアさんに言った。・・・私の笑顔が引きつっていない事を祈る。

引き留められたマリアさんは呆然とした表情で私を見ている。


「まあ、ジェシカ様はとても心がお優しい方でいらっしゃいますのね。私、感動致しましたわ。」

大袈裟なリアクションで目をウルウルさせるナターシャ。いちいち演技がかっているなあ。昨夜の私に対する態度と偉い違いだ。さては余程昨夜は楽しかったのだね?


「ええ。ですから失礼致しますわね。」

オホホホと言わんばかりの態度で私はそそくさとナターシャ達の側を離れ、トレーを持つと料理を次々と皿に乗せていった。


 なるべく目立たない、端の席に座ると私は食事を口に運んだ。あ~やっぱりここの食事は最高に美味しい。まるで○○ホテルのビュッフェのようだわ・・・・。

それにしても・・・朝食の席で一度もソフィーに会った事が無いのは何故だろう?もしかすると学生の数が多いので時間帯をずらしているのかな?

最後に食後のブラックコーヒーを飲んでいると一つ隣のテーブルで食事をしながら会話する数名の女生徒達が居た。


「ねえ、昨夜のナターシャ様御覧になりましたか?」

「勿論ですわ。それにしても露骨でしたわよね。」

「男性にあのようにしつこい態度で迫るのはどうかと思いますわ。」

「ええ、ええ。最後は『逢瀬の塔』へ連れて行こうとしておりましたわよ。」


何?『逢瀬の塔』・・・?そこで私はピクリと反応し、全身を集中させて彼女たちの会話に集中する。盗み聞きだが、許してね。


「本当、とんだ災難でしたわよね。お気の毒なマリウス様。」


!私は思わず飲みかけの珈琲を危うく吹き出しそうになった。何?マリウスが?!

彼女たちの話を聞いて私は眩暈を起こしかけてしまった。

『逢瀬の塔』・・・それはつまり、男性と女性が逢引をする場所。通常この学院では男子寮・女子寮は行き来禁止。でもこの『逢瀬の塔』では恋人同士が朝まで一緒に過ごす事が出来る特別な場所なのである。

何せ、このセント・レイズ学院は結婚相手を見つけ、更にこの場所で結婚式を挙げる事も出来る特殊な学院だ。・・おまけに保育園まであるという親切さ。

 マリウス、ごめん!作者である私がこんな設定まで小説の中で作ってしまった為に

危うくナターシャの毒牙にかかりそうになってしまったのね。後でマリウスに会った時には、きっちり謝罪しておかなくては。


 でも結局、本当の所マリウスはナターシャに無理やり塔に連れて行かれてしまったのだろうか?だってナターシャは今朝あんなに機嫌がいいし。これが上手くいかなかったなら機嫌悪くて誰かに八つ当たりの一つくらいしそうなタイプだ。

 だけど、絶対マリウスには尋ねる訳にはいかない。

だって<昨夜は御楽しみでしたか>なんて事聞ける訳ない!いや、これはあまりに下世話な表現だったかもしれない。もっと適切な尋ね方は・・・。

そこまで考えて私はふと我に返った。

何だ、別にマリウスの事なんかどうだっていいじゃない。これでマリウスが私から離れてナターシャさんと恋仲にでもなってくれれば万々歳だ。

 私はすっきりした気持ちで残りの珈琲を飲むと、席を立ったのだった。


学院指定のカバンに筆記用具を入れ、昨日図書館で借りてきた小説を手に取る。


「うん、この本も持って行こう。」

私はついでに昨日途中まで読みかけていたミステリー小説をカバンに入れると自室を出た。


寮の出口に向かうと昨日の騒ぎとは違って今朝は静まり返っている。そうか、今朝はきっとマリウスがいないからだ。私はそのまま外へ出ると—


「お嬢様、ジェシカお嬢様。」

建物の側にある茂みから何やら声が聞こえる。それに何だかガサガサ動いている様だ。


「マリウス!」

茂みから現れたのはマリウスだった。そしてマリウスは何故か手招きをして私を呼ぶ。


「マリウス、何やってるのよ。こんな所で。」

私は慌ててマリウスに近寄ると言った。ところが何故かマリウスは口元に人差し指を立てて、静かにする様にジェスチャーすると私を茂みの中へと引きずり込んだ。


「ち・ちょっと、何するのよ。」

私が抗議の声をあげようとすると、マリウスは私の口を塞ぎ、小声で言った。


「申し訳ございません、お嬢様。少しだけお静かにして頂けますか?」


マリウスは真剣な顔で茂みから外の様子を伺っている。程なくして現れたのはとナターシャと取り巻き達だった。


 やがて彼女たちがその場を去ると、マリウスは大きなため息をついた。


「・・・授業に行きましょうか?お嬢様。」

マリウスは疲れ切った笑顔で私に手を差し伸べた—。



 暫く無言で歩き続ける私とマリウス。き・気まずい・・・。マリウスの顔を横目でチラリと見る。


「お嬢様、どうされたのですか?先程から私の事を見ておられますが・・・何か顔についておりますか?」


ええ、ええ。そりゃついてますよ。目と鼻と口が!と突っ込みたいところだが今はそれどころではない。どうしよう、どうやって話を切り出すべきか・・・。でも個人のプライバシーにそもそも部外者の私が突っ込んでよいものだろうか?だけどこんなモヤモヤした気持ちでは授業に集中出来ない。ええい!もうこうなったら思い切って聞いてやれ!私は覚悟を決めた。


「あの・・・ね。マリウス。」


「はい、何でしょう?」


「昨夜は・・・その・・先に帰って、ごめんなさい・・・。」

う、駄目だ。どうしても声が上ずってしまう。


「お嬢様・・・・。」


マリウスが目を見開いた。


「お嬢様、どうされたのですか?今朝のそのしおらしい態度は。いつものように高飛車で人をズバズバ切り捨てる刃のような鋭いお言葉は何処へ行ったのです?!」


「ちょっと!私そこまで酷い態度取った事は無いでしょう?!」

思わず、強く言い返す。はっ!違うでしょ私!こんな事話すつもりじゃ無かったでしょう?


「そ、そうじゃなくて・・・昨夜何か酷い目に遭ったりしなかったかなあ・・・。と思って。」


「ああ・・・あの事ですか?」

マリウスは何処か遠くを見るような目をした。


あの事?あの事って何?やっぱり2人の間には何かがあったって訳?!


「でももう、済んだ事ですし大丈夫ですよ。お嬢様は何も気になさらないで下さい。」

ニッコリ笑うマリウス。だ、か、ら、そこは何があったのかはっきり言って貰わないと分からないでしょ!この間の夜のお務めの話と言い、何故マリウスは私を悩ますような事ばかり言うのか。天然なのか、それとも嫌がらせなのか・・・私には彼の事がさっぱり理解出来ない。

私は溜息をつくのだった・・・。








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