第2章 10 お風呂は情報収集の場
私は緊張する面持ちで大浴場の前の椅子に座ってソフィーを待っている。きっと今夜はあのメガネの女性とも一緒に来るに違いない。そう思ったのだが・・・・。
「あ!ジェシカさん。随分早かったのね。」
この小説のヒロイン、ソフィーがやってきた。
「ううん、大丈夫。さっき来たばかりだから。」
本当は随分前から待っていたけどね。でも日本人的な返事の返し方をする私。
私とソフィーはお互い、かしこまった話し方は止めようという事に取り決めたのだ。
最もこれは私から言い出した事では無く、ソフィーからの提案である。
私の小説の中のソフィーは明るく天真爛漫な性格で、例え相手がどれだけ爵位が高くても気後れしない性格と言う設定で描いている。それ故、侯爵令嬢のジェシカは彼女の態度が気に入らず、何かにつけて嫌がらせを・・・。あくまで公式設定では。
でも本来のジェシカは別に爵位など全く気にしない性格だったのだ。そしてジェシカの取り巻き達から、もっとソフィーの態度を改めるように言って欲しいと頼まれていたジェシカだったが、そんなのは放っておけばいいと相手にはしなかった。それが裏目に出てしまい、ジェシカはソフィーに対する嫌がらせの数々を擦り付けられてしまう事に・・・。
「・・・さん、ジェシカさん。一体どうしたの?さっきからずっと黙ってるけど?」
・・はっ!私はソフィーの呼びかけで我に返った。いけない、思わず自分の書いた小説を思い返すのに夢中になってしまっていた。
「ううん、ごめんね。今日のお風呂はどんな入浴剤が使われるかな~って考えていたから。」
私は必死に言い訳する。・・実はここのお風呂の入浴剤は日替わりで様々な種類に変わるんだよね。昨日はローズの香りだったし。
「そうね。今夜はどんなお風呂かしら。楽しみね。」
ソフィーはニコニコしながら言った。
「それじゃ、お風呂に入りに行きましょう。あの・・・所で・・ちょっと質問したい事があるのだけど・・・。」
そう、私が今一番物凄く、気になっている事がある。どうしてもそれをソフィーに確かめたい。
「何?気になってる事って?」
「あのね、ソフィーさん。今日眼鏡をかけた女の子と一緒にいたでしょう?」
「あ、見てたのね?あの人は私のルームメイトよ。」
そうだった、ソフィーの爵位は準男爵。そして準備男爵家は別の塔で2人部屋になっている。
そうか、2人はクラスメイトだったのか。
「彼女は一緒にお風呂に来なかったの?」
私は何気なく尋ねてみた。
「うん。彼女ね、大浴場は好きじゃないんですって。部屋に備え付けのバスとシャワーで十分だから行かないって言ってたわ。」
そうなのか、折角探りを入れられると思ったのに。だってどうしても気になるんだよね・・・。私をあれ程凝視して見ていたんだから絶対何かあるに違いない。
「ジェシカさん?お風呂・・入りに行かないの?」
ソフィーは顔を覗き込んできた。
「あ、い・いえ。入る、勿論入りますよ!」
「今日も誰もいないのね。」
わたしは大きなお風呂に足を伸ばしながら言った。
「本当、何だか勿体ないわ。こんなに素敵なお風呂なのに誰も入りに来ないなんて。」
ソフィーはキョロキョロしながら言った。
「でも何だか貸し切りみたいでちょっと楽しいかも。」
私は咄嗟にそう言ったが、きっとこれは私の書いた小説のせいかもしれない。小説の中では学生たちは爵位が違う者同士が同じ風呂に入るなど許せないと考えを持つ気位の高い貴族が多数いたので、ほとんどの学生が入りに来ない。と、記述してしまったからだ。
何もこんな所だけ、小説の世界を反映しなくても良いのに・・・・。
「今日の剣術の試合、皆さん凄かったわね。」
突然ソフィーが話題を変えてきた。よし、この会話の流れからソフィーのアラン王子への気持ちが確かめられるかもしれない。
「ええ、本当。さすが皆さん、子供の頃から剣術を磨いてきただけの事はあると感じたわ。ところで、ソフィーさん。今日試合を見て、どなたか気になる男性は見つかりましたか?例えば・・・アラン王子とか。」
あ、名前出しちゃった。でもいいや。
「ええ?アラン王子様ですか?とんでもないわ。だって王子様なんて私のような者には恐れ多くて。それにアラン王子様が夢中になられている方はジェシカさんと聞いていますよ?」
ソフィーはキョトンとした顔で私に言った。あああ!やっぱりいい!おのれ、アラン王子め。貴方が周囲に誤解を与える態度ばかり取るからヒロイン・ソフィーまであらぬ勘違いをしてしまっているではないか!まずい、このままでは絶対にまずい・・!
「いやねえ~。ソフィーさんまでそんな噂を信じて。大体私はアラン王子様とは何の関係もないんだってば。ただ、アラン王子様は私をからかって楽しんでいるだけだから・・・。」
ま・まずい。何故かアラン王子の事を喋れば喋る程墓穴を掘っている気がする・・!
このままでは私がソフィーとアラン王子をめでたく結婚させるという計画が流れてしまう可能性が出てくるかもしれない。
「あら、好きな女性には男性はからかいたくなるって聞いたことがあるわよ。」
「う~ん・・・。必ずそうとは言い切れないと思うけど・・・。だ、第一私はアラン王子には全く興味が無いから。むしろソフィーの様なタイプの女性が好みなんじゃ無いかな~・・。」
必死で私はソフィーの興味がアラン王子へと向くように話す。
「それは無いと思うけど?だって私はまだ一度もアラン王子様とお会いした事がないもの。」
嘘?!無いの?私は頭の中で必死に自分の書いた小説の記憶を手繰り寄せる。
そうだ、確か二人の初めての出会いは入学後、初の休日。町へ遊びに行った学生たちの中にアラン王子とソフィーもいた。そして友人達と互いにはぐれたソフィーとアラン王子が偶然出会って、一緒に町を周る・・・と、思い切りベタな内容を書いたんだっけ。
それなら今度の週末アラン王子とソフィーを私が引き合わせれば・・・その後、私が2人を残してこっそり消えれば物語のように話が進むでは無いか?うん、我ながら名案だ。幸い私は週末にアラン王子と出掛ける約束をしている。このチャンスを生かす手はない。
またしても黙り込んでしまった私をソフィーは不思議そうな顔でみるのだった・・。
その後、私達はお風呂から上がった後休憩室で少しだけ話をした。私が尋ねたかったのはソフィーは今度の週末は町へ遊びに行くのかと言う事。
やはり思った通りソフィーはクラスメイトと町へ一緒に遊びに行く事にしているらしい。行き場所を尋ねると女性向けの雑貨を扱っている店があるらしく、そこで買い物と、今町で流行のおしゃれなスイーツカフェでお茶をするつもりのようだ。
うん、成程。頭の中で何度も内容を復唱する。
これからも時々一緒にお風呂に行く約束を取り付けて、私達は別れた。
よし、リサーチもした事だし後はどうやってアラン王子とソフィーをさり気なく接近させるか・・・。
剣術の試合、アラン王子は自分が勝ったら週末付き合えと言ってきたが、マリウスとの試合結果は引き分け。そうなると別にアラン王子との約束を守る必要は無いし、私としても俺様王子と憂鬱な時間を出来れば過ごしたくはない。でもソフィーとの恋を進展させるには不本意でも週末アラン王子に付き合うしか無いか・・・。
マリウスとの約束はまた今度にして貰おうかな。
この日の夜、私は寝るまで初イベント?になるシュミレーションを考えたのだった。
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