第1章 12 星空の下で

マリウスは私を待たせてはいけないと思ったのか、その後は物凄い速さで食べたりしたものだから、途中喉を詰まらせかけたトラブル?があったものの何とか完食し、テーブルナプキンで口元を拭くと言った。


「お嬢様、この後の御予定はどうされるのでしょうか?」


今の時刻を見ると20時を過ぎていた。本来ならサロンにお酒を飲みに行く予定だったのだが、アラン王子の嫌がらせにより行く気がすっかりそげてしまった。


「今夜は部屋に戻ってから入浴して明日の為に休もうかな・・・。」


明日からは本格的な授業が始まる。この世界に全く慣れていないのにいきなり学院に入学して勉強しなくてはならないのは非常に辛い。おまけに私は悪女で何故か私を破滅へ導くアラン王子に目を付けられるわ、生徒会に誘われるわで散々な1日を過ごしてしまった。挙句に・・・私はチラリと向かい側の席に座っているマリウスに目を向ける。私の下僕であるこの男、イケメンなのに中身は最悪。そんな男がほぼ1日中私についてまわるのだから疲れる事この上ない。せめてもう少しまともな性格だったらな・・・。

一方のマリウスは時々何故か私の方をチラチラと見ている。何か話したい事でもあるのだろうか?


「何?私に話したい事でもあるんじゃないの?」


マリウスから声をかけられないのなら、主人である私の方から話を振ってあげるしかない。

すると一瞬、マリウスの顔がパッと明るくなった。それは今迄に見せた事が無い表情だった。


「あの・・・でしたら少しだけ散歩をしませんか?」


マリウスから出てきた言葉は意外な台詞だった。どうせ今夜はサロンへお酒を飲みに行く予定は無しになったので私は快く返事をした。


「うん。別にいいけど。」


「本当ですか?お嬢様、ありがとうございます!」


マリウスは心底嬉しそうな笑顔を見せた。私は何故かその笑顔を見て少しだけ心臓の鼓動が早くなるのを感じた。一体、どうしたと言うのだろう・・・?


 二人で一緒に食堂を出ると、マリウスは言った。


「お嬢様、とっておきの場所があるんです。一緒に行ってみませんか?お嬢様とお話もしたいですし。」


「そうなの?それは楽しみ。是非行ってみたいな。」


 

 数分後―

私達は学院の高台にあるテラスに来ていた。この世界は日本の東京と違い、満天の輝く星空が見える。まるで無数のダイヤモンドが空に輝いている様だ。


「うわあ・・・!凄く綺麗!」

まるでプラネタリウムの星空に、大きな月が浮かんでいるみたいな光景に私は目を奪われた。この世界の月は東京の月に比べて大きい。月明かりに照らされて、私たちの影が大きく伸びている。


「良かった、お嬢様に気にいって頂けて。」


マリウスはにっこりと笑って私を見つめている。何だかおかしい。今日1日マリウスと一緒にいたが、こんな彼を見るのは初めてだ。それともこの姿が本来のマリウスなのだろうか・・・?

月の色と同じ銀色の髪のマリウスはまるで月からやってきた王子様と言っても過言ではない。


「そ、それで他に何か私に話があるんじゃないの?」

内心の照れ臭さを隠しながら私はマリウスに問いかけた。


「ええ・・・。実は昼間話した件についてなのですが・・・。」


「昼間?」

色々な話をしたので、どの件についての事なのか私には思い当たる節が無い。


「夜のお務め・・・の件です。」


「え?!」

まさかここでその話が出て来るとは。落ち着け、落ち着け。私は次のマリウスの言葉を待った。


「この学院にいる間は夜のお務めが出来ませんが、次の休暇で帰省すれば毎晩お務めを果たす事が出来ますので、それまで我慢して頂けますか?」


マリウスは申し訳なさそうに私に言う。え?ちょっと待てーっ!!何それ?一体どういう意味?今の口ぶりではまるで私が毎晩マリウスにその・・・・せがんでいるように聞こえますけど?!私が書いた小説の中ではジェシカとマリウスのそういった背景は書いていない。けれども実際の世界では・・・2人はそういう関係だったのか?!

いや、ちょっと待って。ここで言う夜のお務めと言う行為は私が考えている内容とは全く別の事なのでは無いか?今なら本当の事を確かめるチャンス―。ああ、でも駄目!やっぱり私の口から確認する事なんて絶対無理!


マリウスは黙って私を見つめている。私の返事を待っているのではないだろうか?

そこで私は当たり障りのない返答をする事にした。

「あ・・はは・・・。そうだね。ここは学院だからそういう事も仕方無いよね・・?」

自分でも何を言っているのかよく分からない。けれどもその返答でマリウスは納得したのか安心したような表情を浮かべる。


「ああ、良かった。てっきりお叱りを受けるのかと思いました。いえ、でも私的にはそれでも全く構わないのですけどね。お嬢様から侮蔑の目で見られるのは・・・最高ですから・・。でもご自宅に帰省した際には思い切りサービスを致しますので楽しみにしていてくださいね。」


「そ、そう・・。期待してるね・・。」

ああ!私の馬鹿!何が期待してるね、だ!他に何か適切な表現があったのではないか?それにしてもマリウスめ・・・。どうしてわざわざこんな素敵な場所で、そのような思わせぶりな台詞を言うのだ?そんなに何も知らない私を翻弄するのが楽しいのだろうか?・・・1発殴ってやりたい。気が付いてみると頭の中で私は物騒な事を考えていたのだった―。



 その後はマリウスに女子寮まで案内されると、私は彼の顔も見ずに挨拶だけすませると急いで自室へと向かった。ドアを開けて中へ入るとズルズルとその場で崩れ落ちる。

「一体、何なのよ・・・・。」

私は思わず口に出していた。心臓は早鐘を打ったようにドキドキしている。何故だろう?何も知らない小娘でもあるまいし・・・。でも悩んでいても埒が明かない。

「よし!お風呂に行こう!」

こういう時はお風呂に入ってゆっくり身体を休ませるに限る。私は制服から比較的落ち着いたデザインの洋服を選ぶと着替えた。そしてトランクの中からナイトウェアと替えの下着を探しだし、意気揚々と入浴施設へと向かったのである。


 女性用入浴場へ着くとドアを開けた。

「おお~!これは凄い!」

学院の脱衣所はまるで日本の高級ホテルのように化粧水やら乳液等々・・全てが揃っていた。うん、やはり小説の中で入浴施設を立派に書いておいて本当に良かった。

脱衣所を見渡すと誰一人としていない。他の人達は個室にあるシャワールームで済ませているのだろうか。でも私はゆっくり手足を伸ばして入りたい。


衣服を脱いで脱衣籠に入れると風呂場へと足を運ぶ。凄い、これまた目を引く立派な風呂場である。大理石で作られた洗い場はピカピカに磨き上げられ、お湯がこんこんと湧き出ている。ハーブの香りのする石鹼は洗い上りが素晴らしい。


「ふ~最高。」

私は全身をくまなく洗った後、お湯に浸かって身体を伸ばした。


「本当、最高ですね。」


その時私に答えるように湯気の向こうから声がした。え?嘘!てっきり自分一人きりだと思っていたのに・・・。

そして姿を現したのは、この小説のヒロイン、ソフィーであった・・・。


「また会えるなんてこんな偶然あるんですね。」


ソフィーは気さくに話しかけて来る。


「え、ええ・・。ほんと、そうですね。」

私は内心の動揺を押さえつつ返事を返した。しまった、まさかこんな所でソフィーに会うとは思わなかった。


「ジェシカさんはお風呂が好きなんですか?」


「そうですね、身体を伸ばして入りたいタイプなので。」

私は必死で会話の糸口を探そうとしたが、幸いなことに彼女の方から話題を提供してくれた。

そして気が付いてみれば、明日もこの時間に二人で入浴場で会う約束をしていたのだった・・・。





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