第1章 10 勧誘されてもお断り

 私は学食へ足を踏み入れた。お昼の時は時間がかなり遅かったので生徒たちが殆どいなかったのだが、今は大勢の学生たちで賑わっている。

ここの学食は日本で言うフードコートの様な物。食事は全て学費から出ているのでお金を払う必要は無い。この設定は自分でも中々気に入っている。

体育館のように広い食堂は中央に螺旋階段が設けられ、2階建てになっている。なのでこれだけ十分なスペースがあれば余裕で学生たちは食事を取る事が出来るのだ。

更にケータリングシステムも導入されているので、希望者は自室でゆっくり食事を取る事も出来るようになっている。


 お昼はスープリゾットの上、アラン王子の邪魔が入った為にろくに食事を取る事が出来なかったので、もう私のお腹はすきっ腹だ。ここは何かボリュームのある食事を取りたい。一通り見て回り、私は肉厚ステーキセットを注文した。

・・・・待つ事30分。長い。こんな時にスマホがあれば時間つぶしが出来たのに。次からは図書館で何か本を借りて持って来ることにしよう。

出てきたステーキセットはそれはそれは見事な物だった。肉厚ステーキから漂う美味しそうな匂い、そして付け合わせの野菜にこれまた美味しそうなテーブルパン・・。私はトレーに乗ったステーキセットを持って、空いてる席を探していると窓際の席から声がかけられた。


「俺の隣の席が空いている。良かったらここに座るといい。」


うん?何処かで聞いた声だな・・・。あ・あの男性は・・!


「どうした?早く座らないと席が無くなるぞ?」

そこにいたのは生徒会長だった。


「はい・・・それではお言葉に甘えて座らせて頂きます・・・。」

うう、嫌だ。こんな席座りたくない。何が悲しくて怖そうな生徒会長の隣に座らなければならないのだろう。でも背に腹は代えられない。私は大人しくステーキセットを手に生徒会長の隣に座った。


「ほう・・・中々女の割にボリュームのある食事を選んだのだな?旨そうだ。」


生徒会長は無遠慮に私のステーキセットをジロジロと見る。


「・・・あげませんよ。」

失礼な事を言う生徒会長だ。せめてもの抵抗をする。


「ハハハッ。やはり面白い女だ、お前は。」


面白い女―今日は一体何回この台詞を言われたのだろう。私は別に面白い人間では無いし、自分で言うのも何だが真面目な方だと思っている。


「いや、やはりお前は女にしておくのは勿体ない。あの勇ましいスピーチにその選んだメニュー。実に残念だ。」

笑いながら言う生徒会長。何がそんなにおかしいのだろう。この世界の男性はそれ程笑いに飢えているのか?いつまでもこんな会話を続けていたくは無いので私は話題を変えた。


「そういう生徒会長さんは何を食べられたのですか?」

見ると彼のテーブルにはコーヒーカップしか乗っていない。まさか食事をしなかったとか?


「ああ。俺はサンドイッチを食べた。」


は?サンドイッチ?あまりにも生徒会長には似つかわしくないメニューだ。

私は一瞬フォークとナイフの手が止まってしまった。


「うん?どうした?手が止まっているぞ。・・・もしかすると俺に似つかわしくない食事だと思っていないか?」


はい、図星です。その通り。等とはとても言えず・・・・・。

「いえ、そんな事はありません。サンドイッチは中々合理的な食事ですよね。」


「何故、そう思うのだ?」

生徒会長は興味深げに尋ねて来た。


「だってサンドイッチなら片手で食事する事が出来るじゃ無いですか。生徒会長さんなら色々お仕事抱えているでしょうし。忙しい時でも食事しながら仕事する事出来ますよね。」


「成程・・・今まで考えたことが無かった。」


嘘?無かったの?こんな考え一般常識でしょうが。生徒会長はまだ何か考え事をしているようだ。私はそんな彼を無視して食事に集中する。ああ・・・美味しい、幸せ。

いつの間にか、私は綺麗に料理を平らげていた。


「それではお先に・・・。」

席を立とうとしたら、腕をグッと掴まれる。痛い・・・。


「あの・・・まだ何か私に用でもあるのですか?」

私はわざと迷惑そうな顔で言った。


「コーヒーでも飲んでいけ。今持って来る。」


生徒会長は言うと、私の食べ終わったトレーを持って席を立つ。あれ?返してくれるのかな?


「あ・あの・・ありがとうございます。」

慌てて礼を言うと生徒会長はニヤリと笑って言った。


「・・・逃げるなよ?」


ヒイイッ!何、その冷たい顔は!やはりイケメンの冷たい笑い顔は怖い!


「に・逃げませんから!」


ここで逃げたら後でどんな酷い目に遭うか分かったものじゃない。それにしても生徒会長は一体私に何の用があると言うのだろう。私と会話しようなんてもの好きにもほどがある。


「待たせたな。」

数分後、生徒会長がコーヒーを持って戻って来た。

「ミルクとコーヒーはいるか?」


「いえ、いりません。ブラックで結構です。」


「女のくせにブラックを好むとは変わっているな。」


「・・・・。」

私は返事をしなかった。はいはい、どうせ変わり者ですよ。でも生徒会長さん、貴方は知らないでしょうけど、会社勤めをしてると色々大変なんですよ?急な残業が入る事なんて日常茶飯事。眠気と戦うには濃いブラックコーヒーが一番効果があるんですから。


「どうした?気に障ったか?」


「別に気に障ってなんかいませんよ。」

あ~それにしても私って仮にも年上の生徒会長さんに随分ぞんざいな口を聞いてるよね。でも仕方ないのだよ。だって私の実年齢は25歳なんだもの。


「実は相談があるのだが・・・。」

生徒会長がいきなり切り出してきた。


「お断りします。」

私は即座に返事をする。


「まだ何も言っていないが?」


「聞かなくても分かりますよ。」

だって私はこの世界の作者なんだから。小説の中でジェシカは生徒会長にも目を付けて生徒会に入るんだよね。そこでまだ登場してこないけど副会長にも色目を使って・・・・ああ嫌だ嫌だ。


「実は生徒会に・・。」


「お断りします。」

生徒会長が言い終わる前に私は断りを入れた。


「何故だ?!お前ならきっと生徒会を盛り上げてくれると確信している。あの時のお前のスピーチが何よりの証拠だ!」


いちいち芝居がかった言い方するよね、この人。それで私の気持ちを動かせるとでも思っているのだろうか?私の目標はただ一つ。卒業するまでの4年間を波風立たせず、目立たないように生きる事なんだから。美形揃いの生徒会に入ろうものなら、周囲からどんなやっかみを受けるか分からない。

私はコーヒーを飲み終えると、席を立った。


「生徒会長様、コーヒーありがとうございました。」

深々と頭を下げて歩き出したその背中を生徒会長の声が追って来る。


「待て!せめて・・・せめて名前で呼んでくれ!」


何言ってるの?この人。でも・・・仕方が無い。私は生徒会長に向き直った。

「ごきげんよう、ユリウス様。」

作り笑いをすると、再び背を向けて食堂を後にした。

ん?何か忘れているような気がする・・・・。



 女子寮の前でマリウスが突っ立っているのを見て思い出した。そうだ!待ち合わせをしていたんだった!


「お、お嬢様!」

マリウスは疲れ切った表情で私を呼んだ。


「ご、ごめんなさい!マリウスが他の女生徒たちにあまりにも囲まれていて近寄る事が出来なかったから・・・。」

どこかやつれたような顔のマリウスを見て、流石に罪悪感で私は素直に謝った。


「いいんですよ、お嬢様。だってこれは放置プレイなのでしょう?最後まで放置していないとプレイの意味が無いですからね?」

笑顔で答えるマリウス。

・・・懲りない男だ。

 















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