第1章 9 モブキャラ・・?
教科書の配布も済んで、これから寮のオリエンテーションが始まる。もうここまでのスケジュールだけでヘトヘトだ。これも全て私を振り回すマリウスのせいだ。おのれ、マリウスめ。後で文句の一つでも言ってやりたいところだが、返ってマリウスを喜ばす事になってしまうので、ここは我慢しておこう。
ぞろぞろと寮へ向かって歩く他の女生徒達に混じってついて行くと、突然声をかけられた。
「少しよろしいでしょうか?301号室のジェシカ様ですよね?」
声をかけたのは長い黒髪が印象的な清楚な美女だった。
「え、ええ・・・。そうですけど。」
曖昧に返事をしながら、私は頭の中を整理する。誰だろう?こんなキャラ、小説の中で書いたっけ?
私の訝しんだ視線に気付いたのか、彼女は言った。
「私はナターシャ・ハミルトンと言います。305号室でジェシカ様と同じ階の部屋なんです。これから新入生同士、仲良くして頂けますか」
そして微笑んだ。
「はい、こちらこそよろしくお願いします。」
私も何気なく挨拶を返したが、頭の中で何度も彼女の名前を繰り返した。それでもちっとも思い浮かばない。彼女はきっとこの世界のオリジナルキャラクター、いわゆるモブという存在なのかもしれない。
それにしても3階に自室があると言う事は、彼女もかなりの家柄なのだろう。基本的に3階に住むことが出来るのは公爵・侯爵・伯爵家までである。このナターシャと言う女性はかなり良い家柄の令嬢なのであろう。
「それにしてもよく私の事をご存知でしたね。」
相手が令嬢であるならば、こちらもそれ相応の態度で接しなければならないだろう。会社に勤めていた頃を思い出して、出来るだけ丁寧な言葉遣いで対応する。
「ええ、それはもうジェシカ様は有名人ですから。」
「そうなんですか?」
参った、こんな初日から初対面の相手に有名人だと言い切られるとは。やはり入学前からジェシカは悪女として名が通っていたのだろうか?でもそれだったらこのような深層の令嬢が私のような人間に声をかけて来るのは考えにくい。
しかし、ナターシャの返事は意外なものであった。
「この名門の学院にトップの成績で入学される事もそうですが、一番印象に残ったのは本日のあのスピーチです。本当に素晴らしく、私は心の中で盛大な拍手を送ってしまいましたわ。未だにこの世界は女性が軽んじて見られがちです。私自身、学問よりもこの学院で良き伴侶を得る様にと父に無理やり入学させられた身です。本当は私にはもっと他の夢がありましたが断念せざるを得ず、半ば諦めて入学してまいりました。けれどもジェシカ様のあのスピーチを聞いたときは感動で身が震えました。まさに男性顔負け・・・いいえ、どんな男性よりも男らしいスピーチでした!」
ナターシャは瞳をキラキラさせて雄弁に語った。
「あ・・ありがとうございます・・・。」
ごめんね、そんな風に期待を持たせるようなスピーチをしてしまって。あの時は何も思い浮かばず、咄嗟に男性新入社員の言葉そのままをちょっとだけ変えてスピーチしただけ。私自身は志も何も持っていないのだ。でも、そんな目で見つめられると罪悪感で正直胸が痛む。
その後、私達は全員寮のホールに案内されるとそこで寮母からのオリエンテーションが始まった。
ここで寮の規則、シャワールームと入浴施設の使い方、起床時間や就寝時間、門限の時間等を事細かに説明された。まあこの小説の作者である私は今更聞く事では無いのだが。最後にサロンの説明が始まると、周りはざわめき立った。実はこのサロンと言うものはお酒が飲める男女の出会いの場の施設である。女子寮と男子寮の中間地点に作られた建物・・・まあ、日本で言うバーのようなものを小説の中で私は書いたのだ。この世界での成人年齢は18歳。なので学生たちは全員成人年齢扱いでアルコールが飲めるようになっている。何故、そんな設定をしたかって?簡単な事。
それは私がお酒が大好きだからである。
ただ、このサロンには使用制限を設けてある。爵位や成績優秀者等は週に多く利用できるが、爵位の低い人間や成績不良者はせいぜい月に数回程度と言う具合に。
勿論ジェシカは爵位も高いし成績優秀なのでサロンを多く利用する事が出来る。
早速今夜行ってみようかなと私は心の中で思った。勿論、断じて言うが私は出会いを期待しているのではなく、単にお酒が飲みたいから行くのである。
・・・等と余計な事を考えていたらいつの間にか休憩時間になっていた。
ナターシャはかなり友好的な人物らしく、すでに何人かの友達が出来ていた。
この休憩時間の合間にナターシャは彼女たちを私にも紹介してくれたのだ。でもいきなり5人も紹介されたので顔と名前が全く一致しない。う~ん・・・やはり全員モブキャラだ。
小説の中ではジェシカと仲の良い女性達とは一致しない。彼女たちはどこにいるのだろう?でも仲が良いと言っても所詮彼女たちはジェシカの取り巻きに過ぎなかったし、最後には全員ジェシカを裏切って去って行ったのだから、関わらない方が身の為の様だ。
ふとその時、人混みの中からストロベリーブロンドの女性の後姿が目に入った。
ソフィーだ!
やっぱり珍しい色の髪だから中々一目に付くなあ・・・。彼女にはもう親しい友人が出来たのだろうか?小説の中ではジェシカは爵位の低いソフィーを事あるごとにいじめていた。この小説を書いていた当時は一ノ瀬琴美によって心当たりがない嘘によって会社を辞める羽目になったし、健一まで奪われて自棄になって書いた小説だったから最後は悪女ジェシカが不幸になる結末を書いたんだっけ。
そうこうしているうちにオリエンテーションは終わった。時刻は18時。
「ジェシカ様。これから私の部屋で皆様とお茶を頂くのですが、ご一緒にどうですか?」
ナターシャが声をかけてきた。
一瞬、考えたが自室の部屋が散らかっているのを思い出す。
「それが・・・申し訳ございませんが、まだ自室の片付けが終わっていないものでして。」
「まあ、そうでしたの?残念でしたわ。色々お話をしたかったのですが・・・。」
ナターシャは心底がっかっりした様子だ。
「それでは又の機会にお誘い頂けますか?ではごきげんよう。」
歯の浮くような台詞を言うと私は背を向けて自室へと向かった。う~ん、やはり私にはあのような会話をいつまでも続けるのは無理だ。気が張るし、肩が凝ってしょうがない。
私は部屋に戻ると腕組みをした。マリウスとの待ち合わせ時間は6時半。後30分でどれだけ片付けられるのか・・・。部屋に散乱した着たくもないドレスの山。私は溜息をつくのだった。
取りあえず散らかった衣装をトランクに戻し、隅の方に片付けて筆記用具を必死で探した。何とか見つかったので、それを部屋に備え付けてあるデスクに置いて時計を見ると、もうマリウスとの待ち合わせ時間になっていた。
女子寮を出た私は出入り口付近が物凄い騒ぎになっている事に気付いた。
うん?一体何事だろう?気になって近くに寄ってみると、そこには大勢の女生徒に囲まれたマリウスが困り顔で対応に追われているのが見えた。
私はほくそ笑んだ。フフン、マリウスめ。女生徒たちに囲まれて困っているようだ。
今日は1日マリウスのMっ気に振り回されてきたから、いい気味だ―。
そこまで考えて、はっとした。え?私他人の不幸を喜ぶような性格はしていなかったはず。もしかしてマリウスか、もしくはこの身体の持ち主であるジェシカの影響で私自身にS寄りな考えが・・・・?必死で頭を振ってその考えを打ち消す。
いや、違う。私はただ人に迷惑をかけられるのがどれ程嫌な事なのかマリウスに身体を持って知ってほしかっただけなのだ。うん、そうに決まっている。
そして私は女生徒にもみくちゃにされているマリウスをその場に残し、一人学食へと向かったのだった。
さて、何を食べようかな。
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