第1章 8 イケメンは観賞に限る

教室へ入るとマリウスが私の元へ駆け寄ってきた。

「お嬢様!良かった、やっと会えました!」


「ちょっと!酷いじゃないの!途中でいなくなるなんて!」

いや、本当ならマリウスはちっとも悪くない。あれだけ人がいればはぐれたって仕方ないのだ。ただ、マリウスを見ているとどうも嗜虐心をくすぐられてしまうと言うか・・・

いやいや、そんな事考えてはいけない。私はノーマル人間だ。

けれどもやはりマリウスは嬉しそう。


「お嬢様・・・私を燃えるような目で睨み付けるその瞳!さあ煉獄の炎でどうかこの身を焼き尽くしてくださいっ!ついでに踏みつけて頂ければ・・モゴッ!!」

当然の如く私はマリウスの口を両手で塞いだ。これ以上大きな声で騒ぎ立てられられたら私の名誉に関わる。

けれど幸いな事にこの学院は日本の大学のように階段式の広い円錐状の形をした教室だった為、私達の会話を誰かに聞かれる事は無かったのだった・・・。


 その後、席に着くと教科書の配布が始まった。ちなみに私とマリウスは後ろの方の隣同士。

一方のアラン王子は2名の付き人?もどきと中央の最前列の席であった。あらら。あの席では居眠りも出来ないね。

各自に教科書が配られ始めた。しかし机の上に置かれた教科書を見て私は仰天してしまった。何せ教科書の厚さといい、本の作りといい、半端ないのだ。表紙は立派だし、厚さは辞書並みなのだから。そして冊数もこれまた凄い。数えてみれば全部で27冊もある。こんな大量の、しかも重たい教科書を一体どのように持ち帰れるのだろう?そもそも小説の中で教科書の記述してあったっけ?何故だか私の書いた小説が一人歩きしているような気もする。

けれど意外な事に教科書は教室に設置してある個人の本棚にしまっておけば良いとの事だった。成程、確かに日本で言ういわゆるA4サイズ程度が入るカラーボックスのような本棚が設置してある。うん、確かにこのような分厚い教科書は持ち帰るなんて事は不可能だ。でも日本だったら・・・・教科書ではなくタブレットやPCで済ませられそうなのになあ。思わず日本の暮らしに思いを馳せてしまった。


 教科書を配り終えた後はカリキュラムの説明。この辺りは小説の中で適当に設定してしまったのだが、実際の世界では「物理学」「科学」「数学」等々が事細かに用意されていた。そして中でも極めつけが男性は剣術、女性は今はもう失われてしまった「古代語」を学ばなければならない。最後は男女を問わず魔法の勉強。この学院に入学できる学生は全員が「魔力持ち」である事が必須条件のひとつでもある、魔力がある人間には身体に特徴的な模様が浮き上がっている。男性の場合は右腕に剣のグリップ、女性の場合は左腕にブレードの部位が浮き上がっている。勿論、ここにいる学生全員がこの模様を持っているはずだ。確認はしていないが恐らく私にもあるだろう。


 問題は教科書の中身だ。日本人の私がこの中身を理解できるとは到底思えない。

入学試験では1位を取ったはずなのに・・・と皆から思われてしまうのだけは絶対に避けたい。

私は恐る恐る教科書をめくってみた。すると意外な事に内容が驚くほど頭に入って来る。しかも日本語のように普通に読めてしまうのだから不思議だ。これは上手く表現できるものではない。あえて言うなら面白い小説を読んでいるかのような感覚だ。試しにもう1冊手に取ってみる。これは物理学の本だ。しかしこれもまた自然と頭の中に内容が入って理解する事が出来る。これも私がこの小説を書いた作者だからなのかもしれない。

私はほくそ笑んだ。この調子なら試験勉強する必要など無さそうだと。


「お嬢様、配られた教科書に早速目を通されるとは流石ですね。」

マリウスは笑みを浮かべて私を見る。うん、こうしてみる限りではマリウスは本当に普通のイケメン男性に見えるのだけど・・・・・。何故かすぐにおかしなスイッチが入ってしまうのが魅力を半減している。もしかすると彼は二重人格なのだろうか?

私があまりにもマリウスを見つめるので彼は戸惑っている。


「あ・あの・・・お嬢様・・・。そんなに火傷しそうな熱い視線を送られても、今後は夜のお努めは無理・・・ですよ・・・。」

マリウスは真っ赤な顔で言う。


「はいいいい?!」

マリウスのまさかの爆弾発言。

今、何と言った?!夜のお努め?ま、まさかこの2人は主と下僕と言う関係ながら男女の関係を・・・?だから平気でお姫様抱っこしたり、手を繫いだりする事が出来たのか・・・?でも夜のお努めと言っても、私が考えているような事では無いのかもしれない。もっと別な、例えば・・・・ああ!何も考えが浮かばない!どうしよう?いっそマリウスに確認してみるか?夜のお努めとはどういう事なのか・・・・駄目だ!聞けない!私が記憶喪失だと言う事はマリウスに伝えてあるのに、何故私を悩ますような台詞を言うのか。心底彼を恨みたくなった。

頭を抱えて悶絶するそんな私をマリウスは不思議そうに眺めている。


「お嬢様、何処か具合が悪いのですか?何なら養護室へ・・・・。」

 

マリウスは顔を覗き込んできた。

ヒッ!私は心の中で悲鳴を上げた。落ち着け、私。別に男女の事を何も知らないわけでは無いだろう。日本にいた時は男性とそれなりに大人の付き合いをしていたわけだし、ここは何事も無い態度で・・・。


「別に、なんでもないよ。」

冷静を保ちつつ、答える。噓だ、どこが冷静だ?私。


一方のマリウスは興味深気に教室を見渡して余裕の表情だ。何か気に入らない。私の心をこんなにも掻き乱しておいて。本当ならマリウスは全く悪くは無いのは分かっている。だが、どうにも気持ちが収まらない。ついつい恨めしそうな目で見ると、案の定マリウスは真っ赤な顔で全身をぷるぷる震わせて歓喜している。あああ・・・また発作が始まった。でも口に出さないだけマシか・・・。私はため息をついたのだった。


 その後カリキュラムの説明が終わり、ここで解散。後は男女別れて寮のオリエンテーションが始まる。


「また後でな。」

教室を出る際、アラン王子が意味深な言葉を残して去って行ったがそこはスルー。


「お嬢様、18:30に女子寮の出入り口付近でお待ちしておりますからね。」

マリウスが私に言った。


「ねぇマリウス。私に構ってばかりいたら男の友達が出来ないんじゃないの?」

折角マリウスには学生生活を満喫して貰いたいのにこれでは意味が無い。すると以外な言葉が変えってきた。


「出来ましたよ。」


「え?!」

何と!いつの間に・・。おかしな思考の持ち主だからコミニケーション能力に問題があるのかと思っていたが、その心配は稀有だったようだ。


「そう。ならいいけど、くれぐれも友達の前で変な態度取らないようにね。」


「変な態度とは?」


マリウスは首を傾げている。

この男は・・・自分が時々Mになるのが分かっていないのか。


「だから、私にもっと自分を痛めつけて欲しい的な?お願いをしてくるでしょう?その事。」


「ああ、それなら大丈夫ですよ。だって私をそんな気持ちにさせるのはこの世でジェシカお嬢様ただ一人ですから。」

笑顔で答えるマリウス。


「え・・・・・?」

ここで私が頬を染める・・・・そんなわけあるか!何それ。気持ち悪い気持ち悪い。冗談じゃない。こうなったら一刻も早くマリウスに恋人を見つけ、押し付けなければ私の精神は限界だ。改めて思う。イケメンは観賞だけで十分だと・・・・。

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