第1章 7 王子が距離を詰めてくる

「あの・・・お嬢様。本当によろしいのですか・・・?」

小声でマリウスの戸惑う声がする。


「いいから、学校案内が終わるまではこのままでいさせて貰うからね。」


時刻は14時。新入生一同が講堂に集合している。今から学校案内が始まるのだ。そして私は周囲の目も気にせずにマリウスの身体に寄り添い、腕を組んでいる。何故このような真似をしているかと言うと、先程のアラン王子の態度が気掛かりだったからだ。いやいやまさか王子が私に興味を持ったとはあまり考えにくい事だが、念の為男性と一緒にいる所を見せておけば間違いは無いだろうと考えた上での行動である。


「それにほら、こんな格好しているの私達だけじゃないみたいだよ。」


「言われてみればそうですね。」


周りにいる学生たちの中には既に恋人同士なのか、仲睦まじげに寄り添っているカップルが何組かいた。


「やはりこの学院てそういう場所なんでしょうね~。学生結婚が出来て、しかも彼らの為の特別校舎が設置されているなんて早々無いですよ。やはり貴族達だけが入学を許される学院と言う事だけありますよね。」


マリウスは興味深げに周囲の様子を見ている。私はそんな彼の様子を横目で観察した。やはりマリウスはイケメンだ。今だって周囲にいる女子学生達が頬を染めて彼をみつめているのだから。黙っていればこんなに恰好いいのに、残念極まりない。


そこへ女子学生達からざわめきが起こった。私も何事かと思い振り向くと、丁度アラン王子が講堂に現れた所だったのだ。側にはやはり先程と同じ2人の男子学生が立っている。


「見て見て。アラン王太子様よ。」

「やっぱり素敵ですわよね~。」

「私、この学院に入れて幸せですわ。」

「アラン王太子様は卒業までにお相手の女性を見つけるおつもりかしら?」

「あら、もしかするともう意中の女性がいらっしゃるかもしれなくてよ?」


等々・・・


一方のアラン王子は講堂の中をキョロキョロと見渡している。何だろう?誰か探しているのかな・・・?その時、偶然私はアラン王子と目が合ってしまった。まずい!目が合っちゃった。すると何故か王子は笑みを浮かべて私から視線を外さない。が、すぐに険しい視線へと変わる。・・・嫌な予感が。すると人混みを掻き分けてこちらへ向かってきているではないか。ああ!やっぱり!慌てて私は視線を外して前を向くとマリウスの袖を引いた。


「ねえ、マリウス!」

私はマリウスを自分の口元まで近づかせると小声で囁いた。


「どうしたのですか?お嬢様。」


「何だかアラン王子様が怖い顔してこっちへ向かってきてるのよ。だから場所を変えるよ。ほら、しゃがんで!」

私は無理矢理背の高いマリウスをしゃがませると人混みの中で身体を隠すように二人で素早く移動する。途中、マリウスの足を踏みつけてしまったが、仕方が無い。


 ようやく人混みを掻き分けて、頭を出すと完全にアラン王子の姿は見えなくなっていた。良かった。ひょっとするとアラン王子は私ではない誰かを探していたのかもしれない。けれど、念には念を入れておいた方が良いだろう。


「新入生の皆様、お待たせ致しました。これより学校案内を始めたいと思います。指示に従って移動お願い致します。」

この学院の教員だろうか。拡声器のようなものを使って話している。そうか、この小説の世界でもあのようなアイテムがあるようだ。自分の小説の世界なのに妙な所で感心していた。


 その後、私たちは引率の教員に連れられ、色々な場所を案内された。最も私はこの世界観を良く知っていたので殆ど話も聞かずについて歩いただけだなのだが。

しかしどこかぼんやりしていたのか気付いてみれば私はマリウスとはぐれてしまっていた。まあどうせ、次は自分たちの教室の中へ入るだけなのだからいずれにしろ教室で会う事になるだろう。

歩きながらふと周りを見渡せば、もう仲の良いグループが出来上がっているのか、女子学生達が楽し気に会話している姿が目に入った。

そっか。もう友達が出来た人達がいるんだ。けれど私は誰か友達を作ろうと言う気にはなれなかった。そもそも私にとっては所詮この世界は自分の小説の中だし、第一彼等とは年齢が違う。小説の世界では彼らは18歳の若者。けれども実際の私は25歳。

無理に友達を作って慣れあおうとは思っていない。私の目標は卒業する4年間をいかに上手に渡り歩いて、もしこのまま今の世界で生きていかなければならないとしたら、日本にいた時のように自立した生活をしたいと考えている。まあ、そこに余計な人物がついてくるかもしれないけれど、マリウスだって良縁に恵まれれば私の事なんてどうでも良くなりそうだし。そうだ!この際だから学院に居る間にマリウスの恋人を探してあげるのも良いかもしれない。確かにイケメンに違いは無いが、はっきり言ってあれは無い。でも中にはMっ気がある男性が好みと言う女性もいるのでは無いだろうか?うん、きっといるに違いない。

気が付いてみれば私は腕組みをしながら1人、頷いていたらしい。


「またお前は面白い真似をしている様だな。」

ふと耳元で声をかけられた。

「?!」

驚いて振り向くと、悲しい事にアラン王子が意地悪そうな笑みを浮かべて立っていたのだ。ああ、最悪だ・・・。


「これはこれはアラン王子様・・・。」

何とか冷静さを保ちながら挨拶する。


「先程お前と一緒に居た男はどうした?」

妙に距離を詰めて王子は尋ねてくる。


「それが途中で逸れてしまって。」


「ほう、それで今お前は1人なんだな?丁度良い。俺も今1人なのだ。」


何が丁度良いのだろう?王子は妙な事を言う。でも言われて見れば腰巾着のようなあの2人が見当たらない。


「彼等はどうされたのですか?」


「お前と2人きりで話がしたいと思い、彼等には席を外させた。」


何故か機嫌が悪そうに王子は答えた。何か気に触る事を言ってしまったのだろうか?


「それより俺は今お前と話をしているのに、何故この場にいない彼等の事を気にするのだ?」


何これ?もしかして嫉妬している・・・?まさかね〜。第一私と王子は今日初めて会ったばかりだ。そんな事よりマリウスだ。一体何処にいるのだろう?

私がキョロキョロしていると王子は言った。


「もしかしてあの男を探しているのか?」


「はい、そうですが。」


にべもなく答えると王子はどや顔で言った。

「それは気の毒にな。あのマリウスとやらは多数の女生徒に囲まれて校内を案内されてたぞ。」


確かにマリウスはイケメンだから他の女生徒達にして見ればほっとけない存在だろう。中身はがっかりだけどね。でも王子の言い方が何か気に入らない。なので私は言った。


「そういうアラン王子様はどうなのです?さぞかし女生徒に囲まれたのでは?」

 

「ああ。確かに囲まれた。だが彼等が追い払ってくれた。それに俺には別に気になる女性がいるからな。」


「それなら私の事など気にせずに、どうぞその女性の所へ行ってさしあげて下さい。」


「だからここへ来た。」


「はい?」


「2度も言わせるな。だからお前の所へ来たのだ。」


その時である。


「はい、では各自それぞれ自分の教室へ入って下さい。」


教員の声で、初めて教室に着いた事を知った。


「ああ。教室に着いた様だな。」

アラン王子は言うと、私の肩にポンと手を置くと言った。

「待たな、ジェシカ。」


これが王子に初めて名前を呼ばれた瞬間だった・・・。

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