第1章 6 王太子登場

「こ・・・こんにちは。アラン・ゴールドリック王太子様・・・。」

私は慌てて立ち上がると引きつった笑みを浮かべながら90度に頭を下げて目の前の王子に頭を下げる。そんな私を見てマリウスも同様に頭を下げた。

よく映画やテレビドラマの世界では頭を下げた相手から「面を上げよ」なんて台詞を言われない限り、顔を上に上げられない。私はその言葉を待ってひたすらに頭を下げ続けた。


するとアラン王子は怪訝そうな声で言った。

「一体、何の真似だ。それは?」


「え・・・?ですから王太子様に御挨拶を・・。」


「何故頭を下げ続けているのかを尋ねているのだが?」


「それは・・面を上げよと言われるまでです。」

お願いだから早く言ってよー。私は心の中で叫びながら言った。


「全く・・・お前は面白い女だな・・。」

アラン王子はクックッと笑いながら言った。


いいから早く言ってよ。面を上げよって―。こっちは頭に血が上りそうなんだから!

私は心の中で必死に叫ぶ。


「分かった、お前の言った言葉を言えばいいのだな?」

アラン王子はコホンと咳払いをすると言った。

「そこの2人、面を上げよ。」


アラン王子に言われ、ようやく私とマリウスは頭を上げた。よく見るとアラン王子の背後には2人の男性が立っている。この二人も中々のイケメンだ。ここの世界はイケメンばかりだなー。等とぼんやり考えているといつの間にかアラン王子と付き人2人は私達と同じテーブルに着いている。そして私の方をみて言った。


「どうした?座らないのか?」


「い・いえ・・・。王太子様と同じ席に着くなんてそんな恐れ多い事・・。」

若干引き気味になりながら私は言う。


「何だ?そんな事を気にしているのか?くだらない。ここは学院で俺達は同じ学生だ。身分等関係無いだろう?それに・・・。」

アラン王子は突然立ち上がると、私の右手を取った。


「え?」


「聞くところによると、お前の身分は侯爵だ・・・。けっして悪い身分では無いと思うぞ・・・?」

妙に色気を含んだ言い方をすると握った私の右手を自分の口元へと近づけた。


ちょっと!何てことしてくれるのよ、この王子は!私は心の中で叫んだ。こんな所を他の人達に見られでもしたら・・・と言うか、すでにここにいる男性達に見られてるじゃないの。おまけに辺りを見渡せば、まだ学食にちらほら残っていた学生たちの視線が集中していた。

一方のマリウスは口を開けたままポカンと立ち尽くしている。


「あの、手を離して頂けますか?」

こんな事で慌ててはいけない。逆に周囲から好機の視線にさらされてしまいそうだ。


「何故だ?」

アラン王子は心底不思議そうに尋ねる。成程、きっと今まで女性からそのような対応をされた事が無いのかもしれない。


「私、まだ部屋の片づけが終わっていないんです。だからこれから自室に戻って片付けて来ないとならないからです。」

アラン王子の手が緩んだ隙に自分の右手を引っ込めると私ははっきりと言った。


「お前、まだ片付けが済んでいなかったのか?一体何をしていたんだ?」

アラン王子の素朴な疑問についうっかり口が滑って答えてしまった。


「・・・眠っていたからです。・・はっ!」

私は慌てて口を両手で押さえたが、もう後の祭り。


「なんだ、お前は。また眠っていたというのか?」

アラン王子は心底楽しくて仕方が無いのか肩を震わせて笑っている。


もうこうなれば開き直るしかない。どうせ初対面で失礼な態度を振りまいてしまったのだから。


「ええ、そうです。気が付いたら眠っていました。そこを寮母さんに起こされたのです。こちらにいるマリウスと学食で食事を取る約束をしておりましたが、私が1時間も遅れてしまった為に残っていたメニューしか頂く事が出来ませんでした。」


「なるほど・・・。ああ、それから俺の事は王太子では無くアランと呼んでくれ。」


そんな呼び捨てなんか出来るわけないでしょう。


「あ・あのそれではアラン王子様と呼ばせて頂きます。」


「ああ、それで良い。所で先程から誰か気になっていたが、そこの男はマリウスと言うのか。」

アラン王子はマリウスを値踏みするかのように見た。


「はい!マリウス・グラントと申します。」

あ~確か、そういう名前設定していたかも・・・。マリウスは王太子という立場の人間に見られているのが余程緊張するのか僅かに身体が震えているようだ・・・ん?でもよく見ると若干興奮を抑えているように見えなくも無い。


「二人の関係は?」


何故、そこまで聞かれなければならないのだろう?第一この王子はどういうつもりでそこまで踏み込んでくるのか理解できない。いくら王子でもプライバシーの侵害に当たるのでは無いかと思う。かと言って王子に失礼な態度を取る事は出来ない。


「マリウスはここの学生であり、私の付き人です。」

下僕と言う言い方があまり好きでは無い私はあえて付き人と答えた。


「付き人・・・?」

その場に居た全員が首を捻る。あ・もしかしてこの世界では『付き人』っていう言葉は無いのかも。ここでの記憶が無いと言うのは本当に困る。


「おい、お前たち。付き人と言う言葉は知ってるか?」

アラン王子は二人の学生に尋ねた。きっと彼等も俗に言う『付き人』なのだろう。


二人の学生は顔を合わせたが、やはり困惑している。マリウスも然りだ。


「申し訳ございません。」

「初めて聞く言葉です。」


「そうか・・・お前たちでも知らないか・・。それではお前に直接聞こう。『付き人』とはどういう意味なのだ?」


「付き人とは、身の回りの世話をしてくれる方々の事を言います。従者とか、下僕のような人達と同じ意味ですね。」

もう気が済んだでしょー。早く解放してよ。私は心の中で訴える。でもこうしていても埒が明かない。


「それではアラン王子様、ご機嫌用。」

私は頭を下げるとマリウスの手を掴み、ズンズンと食堂を出て行った。


食堂を出て、中庭のベンチに座るとようやく大きなため息をついた。

「はあ~大変な目にあったわ。」


「よろしかったのですか?お嬢様。」

マリウスは私を見ると言った。


「何が?」


「折角アラン王太子様にお声をかけて頂いたと言うのに・・・。あれ程おっしゃってたではありませんか。絶対にアラン王子様を堕とすと。」


「え・・・?」

ジェシカという女はそんな事を言っていたのか。この様子では他にも色々な男性達を入学前から物色していた可能性がある。

その時の私は余程嫌そうな表情をしていたのだろう。何故ならマリウスの様子がまたおかしくなってしまったからだ。


「お・・・お嬢様。」

マリウスは口元を隠し、真っ赤な顔で震えている。

「実に素晴らしい表情です!買って来た卵が全て割れてしまったのを眺めているかのようなその実に嫌そうなお顔。私の一言でそのような表情を導き出せるなんて感無量です!」


 未だ隣で何か興奮しているマリウスは置いておき、私は考えに集中した。

ひょっとしたら今迄の行動で私はあの王子に目を付けられてしまったかもしれない。

けれどあの王子はヒロインのソフィーと結託して私達一族を流刑地へと送った人物。

出来ればこれ以上関わりたくはない。まずは王子の行動パターンを把握して、なるべく鉢合わせにならないように気を付ける必要があるかもしれない。

後は・・・あまり気乗りはしないけれどもソフィーと多少?親しくなり、さりげなく

アラン王子との仲を取り持つ・・・。そこまで考えて私はある事に気が付く。

ん?ちょっと待って。確かアラン王子のクラスって・・・?


「あああああ!」

私は思わず頭を抱えて立ち上がっていた。


「お・お嬢様?一体どうされたのですか?何か拾い食いでもされたのですか?!」


「マリウス・・・貴方ねえ・・・人の事を一体どういう目で見てるのよ。」

私は恨めしそうにマリウスを見た。


「・・!」

また興奮して何か変な事を口走りそうになったマリウスの口を押さえつけた。


「ストップ!何も言わないで。考えがまとまらないから!いい?」

強引にマリウスを頷かせ、静かにさせると思案した。

そうだ、アラン王子は私と同じクラスだった—。




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