第1章 4 私の立ち位置

笑顔で私に話しかけてきた女子学生は間違いなくこの小説のヒロイン。

肩先で切りそろえられたストロベリーブロンドの髪、深い海の色のような瞳、そして誰もが振り向くような美しい姿・・・まさしく王道のヒロイン。

うわあ・・・・まさにあのイラストそのままの姿だ。等と感心していると・・。


「ねえ、貴女もホームシックなんでしょう?私もそうなのよ。」


ヒロインである・ソフィーは尚も話しかけて来る。

おかしいでしょう?この展開。ヒロインとジェシカの出会いってこんな感じだったっけ?いや、違う。確か寮の入り口付近で爵位がどうとかで他の女子学生たちから揶揄われていた所を偶然通りかかったジェシカが

『皆さん、何なさってるの?そんな貧乏くさい田舎娘に構わないで私の部屋にいらっしゃいな。我が領地で栽培した特別なハーブティーを出して差し上げますわ。』

そう言って、入学早々自分の取り巻きを作ってしまったんだっけ・・・。

まあ、悪女だけどもどこか憎めないツンデレ気味のジェシカが私のお気に入りキャラだったんだけどね。


「う・うん・・・・まあそんな所・・かな?」

およそ令嬢らしからぬ言葉遣いで返事をしたのがまずかったのか。途端にソフィーの目が輝きだす。


「貴女・・・この学院にはあまり似つかわしくない言葉遣いね。でも嬉しいわ。私その話し方、好きよ!」

眩しい笑顔で頬を染めるその姿は男なら一撃で仕留められたかもしれない。同性から見ても魅力的なのだから。だがしかし、私はそんな心境では無い。

何故なら私が家族のみならず親族全員がここにいるソフィーとアランによって大罪人として裁かれ、流刑地として有名な辺境の島へと追いやられる原因を作った張本人なのだから。まあ、悪いのはジェシカの方なのだけど。

駄目だ、絶対に関わってはいけない・・・私の中で激しく警鐘が鳴っている。でも幸いな事に私(多分ジェシカ)とソフィーは別々のクラス。合同で授業をする事も殆ど無い。小説の世界ではアランに言い寄っていたジェシカが彼と仲の良いソフィーを邪魔者と判断して様々な嫌がらせを続けた結果が追放である。だからこちらから接触さえしなければ・・・。


「そ・そう・・なんだ。じゃあ私急ぐから・・・。」

じりじりと後ずさりながら言うと、踵を返して猛スピードでダッシュして自分の部屋へと走った。この際『お淑やか』の単語は脇に置いておくことにする。

自分の部屋番号は確認するまでも無い。何故なら私はこの小説の作者。もし仮に私がこの小説の中のジェシカ本人であるならば、部屋の番号も場所も掌握済みだ。

自室は3階の301号室、この部屋は普通の個室よりも広くて調度品も揃っている。

入学試験トップの生徒の特権だ。そっとドアノブを回し、部屋の中へと入った。

「うわあ・・・すごい!」

まるで中世の映画のセットみたいな部屋である。アーチ形の広い出窓、重厚な造りのアンティーク風な家具、敷き詰められたフカフカなカーペット等々・・・どれも一流のデザインだ。

「私の小説で書いた部屋がこんな風に再現されていたんだ・・・。」

ホウと小さなため息をつくと、私は緊張な面持ちで壁に飾ってある大きな楕円形の鏡に目をやった。

私がこの世界に来てまだ確認していない事、それは自分の顔を鏡で確かめる。

遅る遅る鏡の近くまで寄ると手探りで鏡の前に歩み寄る。そして恐る恐る目を開けると・・・。

やや釣り目がちな紫の瞳、鼻梁が高い鼻、魅力的な唇の側にあるほくろは妖艶な雰囲気を醸し出している。そして波立つようなウェーブのかかった栗毛色の背中まで届く長い髪―。本来の自分の姿とは全く似ても似つかない。

本当に鏡なのだろうか?未だに信じたくない私は試しににっこり微笑んで見せる。

鏡の中の私も微笑む。右手をヒラヒラ振ってみる。当然鏡の中の私も同じ動きをする。間違いない、私はこの小説の悪女「ジェシカ」であった—。


「いやあああああ!」

大声で悲鳴を上げ、咄嗟に口を押える。今の悲鳴を聞きつけて誰かが部屋にやってきても面倒なだけだ。でも誰も部屋に来る気配は無かった。恐らく部屋の防音がかなりしっかりしているのだろう。

「どうしよう・どうしよう・どうしよう・・・・。」

気が付けば私は部屋の中をぐるぐる歩き回っていた。やはりあの時の事故が原因で?何らかの方法で私は小説の中へと紛れ込んでしまったらしい。それにしても、どうせ紛れ込むならこの世界で生きてきた「ジェシカ」の記憶が私の中にあればいいのに、全くと言っていいほど何も無い。思い出せることと言ったら、日本での暮らしばかりだ。

それに一番気がかりなのはヒロインとの出会い。小説の中では二人はあのような出会いをしていない。私というイレギュラーな存在がジェシカに宿った為に何らかの歪みが生じたのかも?

でも私の悲惨な末路が変わったかどうかはこの先話が進まなければ何とも言えない。

「ソフィーに必要以上に接触しなければ、私の未来は変わるかな・・・?何も行動しなければ・・・。」

でもそこではたと気が付いた。日本での記憶が呼び起こされる・・・。一ノ瀬琴美が派遣社員として勤務し始めてから、徐々に私に対する周囲の風当たりが強くなった。

私には全く心当たりが無かったが恐らく彼女が会社にに私の悪口をある事無い事言い触らし、私を会社から追い出したのだ。そしてこの小説のヒロインは一ノ瀬琴美をモデルにしている。

「何もしないでいる方法も駄目かもしれない。傍観者としてではなく、適度な距離を保ちつつ、余り深入りもしない方法で彼女と上手くやっていくしかないかも。更に最後に結ばれるアラン王子との橋渡しをすれば・・・きっと上手くいくよね?」


 部屋の時計を見れば11時を少し過ぎたころ。その時、ふと私の目に大量に積まれたトランクが目に入った。

「ああ・・そう言えば部屋の整理整頓をしないとならなかったんだっけ。」

私はトランクの内、1つを開けてみた。中を開けてみるとそこから出てきたのは大量の衣装の山。しかもどれもゴテゴテと飾りが付いたド派手な衣装ばかりだ。

「こんな洋服・・・とても着てみたいと思えないよ・・・。」

日本での私はラフな洋服ばかりだったので拒絶反応が出てしまう。

私は溜息をつく。とてもじゃないが着れたものではない。

更にもう1つのトランクに手を伸ばす。中から出てきた衣装は・・・

「う!こ・これは・・・・?」

それは夜会服で着るようなドレスだった。しかも色は全て黒かワインレッド。

試しに1着取り出してみた。

ベアトップのドレスは背中が大きく開いている。身体のラインがくっきり出るような裾は片側に大きなスリットが入っている。

「ちょっと・・・こんなドレス、一体どこで着るつもりだったのよ・・・。」

自分で設定しておいて何だが、このジェシカという女はこのようなドレスばかりを着て、目を付けた男子学生たちを次々と手玉に取っていったのだろうか?

「もしかしてこの大量のトランクの山は全てドレスばかりなの・・・?」

もう残りのトランクを開けてみる気も起きなかった。私はボフンとベッドに飛び込むと枕に顔を埋めた。

今後の事をもっともっと考えなくてはならないのに、もう頭の中がパンクしそうだ。

私は一旦考える事を全て頭の隅へ追いやり、そのまま眠りについてしまった・・・。



「ジェシカ・リッジウェイ!」

女性の厳しい声で私は一気に目が覚めた。


「は、はい!」

半分寝ぼけ眼で起き上がると、目の前には仁王立ちになって私を見ている女性がいた。

細い眼鏡に綺麗にまとめあげた黒髪に紺色のジャケットにロングフレアスカート。

はて・・・この女性は一体・・?


「いつまで眠っているのですか?ジェシカさん。もう昼食の時間ですよ。片付けもせず一体何をしていたのですか?」


「え・・・と・・貴女は・・・?」

ボンヤリと尋ねると。女性はイライラした様子で答えた。


「私はこの学院の女子寮の寮長、イサベラです。他の生徒たちは皆食堂へ行きましたよ。貴女も早く行きなさい。」

時計を見ると時間はもう13時になろうとしている。あ!いけない!マリウスと寮の外で待ち合わせをしているのだった!


「す、すみません!すぐに行きます!」

慌てた私は挨拶もそこそこに寮の外へと行くと、そこには直立不動のまま私を待ち続けているマリウスの姿があった・・・・。

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