第1章 3 早くもヒロインに遭遇
その後の事はあまり記憶に無い―と言うか、思い出したくも無い。私が挨拶を終えた時の生徒会長の戸惑ったような顔、まるで奇妙な物を見ているかのようにその場に居た全員からの微妙な視線・・・・。
席に戻った時、マリウスが私に何事か囁いていたが全く何を話していたか等頭に入って来なかった。
ああ・・・・家に帰りたい。日本のあのシェアハウスに・・・。
気が付けば私は溜息ばかりついていた。
入学式が無事終わり、新入生たちはぞろぞろと講堂を出て行く。未だにぼんやりと席に着いたままの私を見てマリウスが声をかけてきた。
「お嬢様、どうされましたか?早く行きましょう。」
「え?帰れるの?!」
私は顔をパッと上げた。嬉しくて顔の口角が上がっているのが自分でも分かった。
そんな私を見てマリウスはこちらでも分かるくらい、一瞬ピシッと音が鳴るくらい固まった。あ・まずい。また変なスイッチ入っちゃったのかも。
「っ・・・・!お・お嬢様・・それも新手のプレイですか・・?いつも全身からブリザードが吹き荒れる様な冷たい笑みからの真逆ふんわりモード・・・そうやって私の心を翻弄させるおつもりですか・・・?本日のお嬢様はいつもより斜め上のプレイがお好みなのですね。でもそんなお嬢様もとても素敵です・・。」
ポッと顔を赤らめて言うマリウス。いやいや、こちらはそんなつもり毛頭無いから。
それよりも今一番気になるのは、これから何処へ行くかだ。
「ねえ、そんな事どうでもいいから。もう式は終わったんだし、家に帰れるんだよね?」
私はマリウスの襟元を掴んでガクガク揺さぶった。
「お・お嬢様・・・く・苦し・・・。」
気が付けばどうやらマリウスの首元をギュウギュウに締め上げていたらしい。
「あ!ご、ごめんなさい!」
私は慌ててパッと両手を離した。
「い・いえ・・・。お嬢様に殺されるなら本望です。」
青ざめた顔でマリウスは喘ぎながら何やら物騒な事を口走っている。
その時、突然背後から厳しい声が投げつけられた。
「おい!そこの二人!そこで何をしているのだ。もう新入生は全員寮へ向かったぞ!
早く行きたまえ!」
振り向くと、その人物はあの生徒会長だった。
「はい!もうしわけございません!」
マリウスは丁寧に頭を下げた。
「どうもすみませんでした・・・。」
私も頭を下げる。それにしても随分と横柄な生徒会長のようだ。私が通っていた学校とはまるで違う。
「ん?お前はジェシカ・リッジウェイではないか。」
「はい、そうですが・・・。」
嫌だなあ。この人、何だか苦手なタイプなんだよね。会社の先輩を思い出させる。
「フ・・・。先程のスピーチ・・中々面白かった。」
「え?」
意外な事を言われて私は思わず生徒会長の顔を見つめた。
「新入生、しかも女であのような男らしいスピーチを聞いたのは生まれて初めてだ。まるで軍人の入隊式のようなスピーチだったぞ。」
その表情は少し微笑んでいるようにも見えた。
「はあ・・ありがとうございます・・・。」
これは一応褒められているのだろうか?
マリウスをチラリと見ると、緊張した面持ちで生徒会長を見ている。
「引き留めて悪かったな。二人とも、早く寮へ迎え。」
それだけ言うと生徒会長は背を向けて去って行った。
「お嬢様、すぐ向かいましょう。」
マリウスは私の手を握ると早足で歩き始めた。それにしても確かマリウスはジェシカの下僕だったよね?こんなに気安く手など握っていいものなのか?
講堂を出て中庭を抜けた左手に立派な白いレンガ造りの3階建ての建物が見えた。
「お嬢様、こちらが女子寮になります。屋根の色が赤色なのですぐにお分かりいただけると思いますよ。」
マリウスは背後から私に説明する。
「そして右手にあるのが男子寮、青い屋根の色になっております。互いの寮に出入りは禁止になっておりますので御注意下さいね。」
「そうね。分かったわ。」
そうだった、確か私の小説の設定も学院は全寮制としていた。実写化するとこんな感じなのか・・・。何だか映画の世界に入り込んだかのようだ。けれど、悲しい事にこれは私にとっての現実世界。
「お嬢様、先程から元気が無いように見えますが・・・?でもご安心下さい!クラスは男女一緒なので毎日会えますよ。」
マリウスはにっこり笑う。
「マリウス・・・。」
やはりこの世界では私が頼れるのはここにいるマリウスだけかもしれない。
心強い言葉に思わず感動していると・・・。
「だから、毎日私に未知の食べ物の人体実験や壁の天井のシミを数えさせる等の無駄な作業をドンドン言いつけて下さいね。」
「・・・・。」
私は白い目でマリウスを見る。
「ああ!いいですね~その道端に捨てられてボロボロになった雨傘を見るようなその目つき・・・。やはりお嬢様はそうでなくては・・・。」
嬉しそうに身もだえるマリウス。やはり一時でもマリウスを頼りに思うのは間違いだったかもしれないので前言撤回。
その後、私とマリウスは一旦お別れ。ついでに別れ際にマリウスから本日の予定表を受け取った。
お嬢様、この後の予定は覚えていらっしゃいますよねとマリウスに聞かれたのだが、勿論私に分かる訳が無い。その事を伝えるとマリウスは怪訝そうな顔をしながらもスケジュール表を作っておいてくれたらしく、手渡してくれたのだ。
この学院は成績もそうだが、家柄が何より重視される。一般庶民はいくら成績優秀でも試験を受ける事すらできない。
学院に入れる者は王族を筆頭に公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵、そして準男爵までが入学する資格を持てる。ちなみに小説の中でのジェシカは公爵に当たり、リッジウェイ家に仕えるマリウスは男爵の地位に付いている。自分でも何故そのような設定にしたのかはよく覚えていないのだが、とに角そういう事である。
小説の中では公爵・侯爵・伯爵家までは一人部屋が与えられる設定なので、当然私は一人部屋で男爵家のマリウスは2人部屋のはず。今後の自分の身の振り方をを考えるのに個室は都合が良かった。
私はスケジュール表を確認した。この後は各自寮の部屋の整理整頓、12時から13時までは学生食堂で昼食。14時までは休憩時間。そしてその後は16時までが学校案内と教科書の配布、カリキュラムの説明。16時から18時までの時間は寮生活のオリエンテーション、その後夕食・・・。残りの消灯時間22時までが自由時間となっている。部屋にシャワールームはついてはいるが、日本で言う大浴場なるものがあり、大きなお湯に浸かりたい生徒はここで入浴を済ませるようだ。日本人の私としてはここは絶対に大浴場に決まっている。
授業こそ無いにしても今日の予定はびっしり詰まっている。この内容を見ただけで眩暈が起こりそうだ。いくら自分が書いた小説の世界と言えども、私にはこの世界の記憶が無い。作者であるのだから登場人物の事は知っている。勿論これから起こる群像劇やこの世界の背景に至るまで。けれどもそれはあくまで知識として知っているだけの事。
私はぼんやりと人だかりを眺めた。女子寮の入り口付近には大勢の女生徒たちが集まって騒いでいる。皆自分の部屋番号と場所の確認をする為だ。誰もがこれからの新生活に期待して目が輝いて楽しそうに見える。
けれど私にとっては、この世界には自分が知っている人間は誰一人としていない。
マリウスは私に良くしてくれるけれどもその彼の事だって本性があんな人間だったとは思いもよらなかったのだ。この世界の記憶が全く無いのは不安でたまらない。
まるで地球にやってきた宇宙人のような存在だ・・・。
「寂しい・・・・。」
気付けば思わず口に出していた。
「貴女もやっぱり寂しいの?私もそうよ。」
突然隣から声をかけられた。
「え・・・?」
怪訝そうに声の主を見つめた先に立っていたのはこの小説の主人公『ソフィー・ローラン』だった—。
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