第1章 2 自分の置かれた立場を自覚した瞬間
「お嬢様、早く急いでください!」
残念なイケメン・・・もとい私の下僕だと言い張るマリウスは前を走って誘導する。
「急げって言ったって・・・何処へ行くのよ!」
息を切らしながら必死でマリウスの後を追う私。やっぱり息切れする位だからここは死後の世界では無さそうだ。それにしても先程から何か違和感を感じる。最初に現れたアランと言う男性、そして前方を走るマリウス、『セント・レイズ学院』、そして何より極めつけは私の名前だ。ジェシカ・・・ジェシカ・・・?
胸の中にモヤモヤを抱えながら私はマリウスの後を追って、大きな城のような建物の中へと走り込んだ。
「も・もう限界・・・。」
石造りの壁に手を置き、荒い息を吐いていたがマリウスは切羽詰まったように言う。
「駄目ですよ、お嬢様。入学式は講堂で行われるのです。まだ先ですよ。入学式に遅れるような事でもあったら、私が旦那様にどのようなお叱りを受けるか・・・。」
マリウスはオロオロしている。
あ、そう。私になじられる分には構わないのに、旦那様とやらには勝手が違う訳ね。
等と考えていると、突然マリウスがヒョイと私を抱え上げ、御姫様抱っこした。
「ちょ、ちょっと何するの?!」
私は慌てた。幾ら何でもこれは少しやりすぎだろう。仮にもあいては私にとっては初対面だ。
「お嬢様、お叱りなら後で幾らでも受けますから今は我慢して下さい!」
言うと、マリウスは私を抱えて物凄いスピードで走り出した。ふ~ん、見かけによらず力持ちなんだなあ。考えてみれば今迄一度も交際していた相手からお姫様抱っこなんてして貰った事無かったっけ。そんな事を考えているうちに、講堂の入り口に辿り着いたのか、マリウスが私をストンと降ろした。
「良かった、何とか間に合ったようですよ。お嬢様。」
マリウスは笑顔で私の耳元で囁いた。その顔には汗一つ無い。随分スタミナがあるようだ。陸上でもやってるのかな?
「でも、何処の席に座ればいいの?こんなに大勢の人がいれば座席なんか分からないけど。」
広い行動の中には同じ制服を着た男女がズラリと壇上の方を向いて椅子に座っている。その数はおよそ300人位ではないだろうか?
「お嬢様、私たちのクラスはAクラスです。一番左の列がそうですよ。ほら、見えますか?先頭の列が2席空席なのが。」
マリウスが指さした方向を見ても、空席だと言われて人の波に飲まれて見える訳が無い。
「私には見えないけど・・・でも最前列が私と・・マリウスの席なのね?」
ここまで来ては仕方が無い。この茶番劇に暫く付き合うしかない。恐らくジェシカと言う女性は私に顔が似ているのだろう。本物が現れるまでは大人しくしていた方が良さそうだ。
マリウスに誘導されて私は最前列に移動する。何故か私を見る生徒たちの視線が痛い・・。
私が席に着くと、マリウスも当然のように着席する。そのまま少し待っていると、おもむろに壇上に一人の男子学生が現れた。おおっ、この男性もイケメンね。イケメン男性が現れるとそれまでざわついていた講堂は水を打ったように静まり返った。
学生は少し咳払いをすると、良く響き渡る声で言った。
「新入生の諸君、我らが『セント・レイズ学院』へようこそ!我々在校生は君達の入学を歓迎する!私はこの学院の生徒会長『ユリウス・フォンテーヌ』、君達がこの学院生活を快適に過ごせるよう尽力する事をここに誓おう!そして願わくば是非とも良き伴侶を見つけて欲しい!」
会場は途端に拍手の渦に包まれる。・・・何だか一昔前の熱血学園ドラマみたいなセリフだなあと妙に冷めた面持ちで見守る。まるで軍隊の様だわ・・・ん?軍隊・・?
それに学院なのに良き伴侶を見つけて欲しいなんて妙な話だ。その時デジャブのような感覚に襲われた。も、もしかしてこの世界は・・・?ハハ・・・まさかね・・・。
私は膝の上に置いた自分の両手をギュッと握りしめた。
拍手が収まると、再び生徒会長は語り始めた。
「今回の入学試験において、過去に例を見ない程の素晴らしい点数で入学した人物がいる。まず初めに男子学生代表に新入生の挨拶をして貰おう。アラン・ゴールドリック!」
そして壇上に姿を現したのは、あの時草むらで出会った青年の姿であった。
彼がスピーチする姿を私は信じられない面持ちで聞いていた。
嘘だ、こんなの。あまりにもシチュエーションが似すぎている。今まで出会った人物に学院名。殆ど内容が頭に入って来ないアラン王子のスピーチを聞きながら絵師さんから送られてきたイラストを思い出す。
似ている、あまりにも登場人物達の姿が。そしてこの小説に出て来る悪女ジェシカ。
これは間違いなく、私が作ったオリジナル小説『聖剣士と
「う・嘘でしょう・・・。」
でも、小説通りとなると次は・・最早嫌な予感しか無い。今すぐこの場を逃げ出したくてたまらない。
気が付けば、辺りは盛大な拍手に包まれている。大変!スピーチが終わってしまった!となると・・・・。
「素晴らしい!見事なスピーチだった!アラン・ゴールドリック!それでは次は女子学生代表・・・・。」
生徒会長ユリウス・フォンテーヌは意気揚々と話している。
ああ!大ピンチ!
「ジェシカ・リッジウェイ!さあ、壇上へ!」
生徒会長の一応?自分の名前を呼ぶ声に全身が飛び跳ねる。
まずい・どうしよう、どうしよう。今すぐ逃げたい・逃げたい・逃げたい・・・。
「どうした?ジェシカ・リッジウェイ。いるのだろう?早く壇上に上がって来るのだ。」
生徒会長は辺りを見渡している。
「お嬢様、名前を呼ばれていますよ。昨晩あんなにスピーチの練習をしたではありませんか?早く出て行かないとまずいですよ。」
しまった、うかつだった。この小説の中では悪女として書かれたジェシカは努力を怠らない人間という設定にしてある。意中の男を落とす為、入学式のスピーチに抜擢されるようにジェシカは必死で勉強し、この学院にトップの成績を取って入学を果たした。一躍有名人となった彼女は多数の男子学生を手玉に取っていく・・・それ故に悪女と呼ばれるようになったのだ。
でも所詮ジェシカは脇役でしか無かったので、入学式のスピーチ内容等小説の中では書かなかった。故に、今の私にはどんなスピーチをすれば良いか全く分からない。
「お嬢様?先程から顔色が悪いですよ?大丈夫ですか?」
マリウスは心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
「う、うん・・・。何だか急に具合が悪くなって・・だからスピーチは遠慮して家に帰りたいかな・・・?なんて・・。」
そこまで言いかけた時、いきなり腕をグイと引っ張られて無理矢理立たされた。
「ジェシカ・リッジウェイ。先程から呼んでいるのに聞こえないのか?早く壇上に上がるのだ。」
生徒会長が睨み付けるように私を見ている。・・・なまじ顔が整っているだけにその表情が非常に怖いんですけど・・・。
「わかりました・・・。挨拶すればいいんでしょう?」
私は恨めしそうに生徒会長を見ると、震える足で壇上に上がっていく。
どうしよう、何を話せばいい?私はめまぐるしく思考回路を必死で働かせ、閃いた。
つい最近ある企業のHPを作成した際、新入社員の言葉を載せたのである。その内容を必死で思い出すと、私は息を吸ってスピーチを始めた。
「おはようございます。新入生を代表して、ご挨拶をさせて頂きます。
私、ジェシカ・リッジウェイと申します。この度は、私ども新入生の為に、この様に盛大な入学式を催して頂きまして、誠にありごとうございます。ここに参列しております同期の学生とともに、学院の一員として迎えて頂けた事を、大変ありがたく、また嬉しく思っております。
私達は、まだまだ未熟な新1年生です。しかしながら、若さとチャレンジ精神だけは持ち合わせております。今日の感動を忘れず、何事にも謙虚な気持ちでファイトとガッツで全力投球でぶつかって参ります。何かとご面倒をおかけすると思いますが、一日も早く学院の戦力となれますように厳しくご指導お願い申し上げます。以上、簡単ではございますが新入生を代表して、感謝と決意の言葉とさせていただきます。皆様、どうもご清聴ありがとうございました。」
そして深々と90度に頭を下げる。やった!凄く緊張したけれど完璧な挨拶が出来た。私は内心ほくそ笑んだが、辺りは静まり返っている。恐る恐る頭を上げて辺りを見渡すと何故か全員唖然とした表情でこちらを見ていた。
日本式の入社式の代表スピーチ・・
周囲の反応を見る限り、私は何かやらかしてしまったらしい・・・。
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