ペット用インターネットがあればほぼ人間

ちびまるフォイ

かぎりなく人に近いペット

「あなた、ポチの散歩に行ってきて」


「ええ……外雨だよ?」


「なによ。どうせ家でパソコンしかしてないんだからいいじゃない」


「……そうだけどさ」


ポチは唯一の娯楽である散歩を楽しみにしていたのか

しっぽを振りながら仮出所の受刑者のような喜びよう。


「お前は人生ほんと楽しそうだよな」

「わん!」


散歩を終えてからパソコンでネットを巡回していると、

『ペット用パソコン』というものを見つけた。


「へえ、犬でも使えるインターネット、かあ」


雨で早々に切り上げた散歩に欲求不満なポチは、

家に入ってからも暴れ足りねぇとばかりに走り回るもので気が散る。


パソコンというボールに変わるおもちゃを与えておとなしくなればと思い注文した。


「さあポチ。これがペット用パソコンだ。ペット用ネットも使えるぞ」

「……くぅ~~ん」


「あ、あれ? ほら、この肉球で押せるマウスを操作するんだよ。

 お前の手でも出来るだろ? どうしたポチ?」


「わんわん」


ポチは見慣れない鉄の塊を警戒したのか使おうとしない。

前にこのパターン見たことがある。


「犬小屋作ったのに、結局使わなかったパターンのやつだ……」


これでは妻に「なんで余計な出費をしたの!」とどやされかねない。

犬用インターネットを人間の自分が操作してみせることに。


「ほらポチ。画面を見てごらん。ここを操作するだけで、

 いろんな場所のお散歩コースの風景が見られるんだよ」


「わん?」


「お前が行ったことのないお散歩コースも……ほら。

 画面を見ているだけでもお散歩気分が味わえるだろ?」


「わんわん!」


実際に操作してみせたのが良かったのか、ポチは画面に釘付け。

犬に向けた動画サイト「Dogtube」へとつないであげた。


「ふぅ、これでだいぶ静かになったぞ。作業もできそうだ」


パソコンを開くと在宅ワークの続きを始めた。


ペット用パソコンを与えたおかげで元気ざかりのポチはすっかりおとなしくなった。

いつもは作業をしていても遊んでくれと走り回ったものだが、今はパソコンを食い入るように見つめている。



それから数日が経った日のこと。


「よし、ひと息つけよう」


仕事のめどがたってパソコンから離れるとポチを探した。


「おぉーい、ポチ。どこかお散歩に行こう。ポチ? おーーい」


散歩と聞けばすっとんでくるはずが反応がない。

家から脱走でもしたのかと心配したが床に伏せてパソコンをしていた。


「ポチ、いるじゃないか。息抜きにお散歩にでも行こう」


「う゛う゛~~……」


「あ、あれ? ポチ? 行きたくないの?」


ポチを連れて行こうとすると牙をむいて唸ってくる。

ペット用パソコンにはヨークシャーテリアの可愛いメス犬の画像が映っている。


「ま、まあ……行きたくないならいいんだけどさ……」


「う゛う゛~~わんわん!!!」


「わかった! わかったよ! また今度にするよ!!」


追い立てられるようにして自分の書斎へ逃げ帰った。

散歩もしばらく敬遠するようになって、獣医の定期検診が行われた。


「う~~ん、この子太り過ぎですね」


「え゛っ」


「ご飯あげすぎてません? ねだるからといて

 人間の食べ物をほいほいあげてしまうと肥満になりますよ」


「それはやってませんけど……」


「であれば、運動不足ですね。最後に散歩へ連れて行ったのは?」

「だいぶ前です」


「適度に運動させてください、いいですね」

「はい……」


元々は座り作業が多い自分の運動不足解消のために飼ったはずが、

ペット用パソコンを与えてお互いに運動不足になってしまっている。


「ポチ、そろそろ散歩へ行こう。

 お散歩動画もいいけど、やっぱりちゃんと体も動かさないと」


「わ゛ん゛わ゛ん゛!!」


「吠えるなって! お前のためを思って……ん?

 ポチ、お前なに見てたんだ?」


ペット用パソコンの履歴を漁ると、最高級のペット用布団や

高価なペットフードさらにはペット用クルーザーの乗船券が代引きで購入されていた。


「おいおいおい! なに勝手に注文してるんだよ!?」


「わん!」

「わんじゃねぇ!」

「つー!」

「つーでもダメ!!」


慌てて注文をキャンセルしたがポチは腕に噛み付いて断固阻止していた。

最初はお散歩動画程度かと思っていたが、すでにポチは犬ネット中毒。

このままではまずい。


「ポチ、そんな風にパソコンを使うなら没収だ!」


「わんわん!!!」


ポチにお尻を噛まれながらもパソコンを前足の届かない場所に移動させた。

なおも不機嫌なポチを引きずるように外へ出すと運動不足解消のお散歩へ向かった。


「ほらポチ。散歩は久しぶりだろう。

 動画とは違って実際に外に出たほうが何倍もいいだろう?」


「う゛う゛~~……」


「いい加減機嫌を直してくれよ。節度を守るならまた返してあげるからさ」


ポチを連れて公園に行ったときだった。

同じく公園へ訪れていたペットたちは俺の顔を見るなり吠えまくった。


「わんわんわん!!」

「きゃんきゃんきゃん!!」

「バウバウバウ!!!」


「うおお!? な、なんだ!?」


飼い主も必死に止めようとしているがペットは止まらない。

ポチを見ると、首輪が犬用スマートウォッチが起動していた。


「あ、お前! これいつのまに買ったんだ!?」

「わーーん?」

「とぼけるな! これで何してやがった!」


Dogitter(ドギッター)にアクセスすると、ポチが飼い主の悪口を犬語で投稿していた。

猛烈な勢いで他のペットたちに「ブラック飼い主」「DV飼い主」と回覧され、

俺は世紀末に訪れる大悪魔のように罵られていた。


「お前、飼い主を晒すなんてどういうつもりだ!

 パソコンを没収したことへの報復してはやりすぎだろ!?」


「わんわん!」


「もういい帰る!!」


ポチを連れて家に戻った。

ペット用インターネットに繋げられるものはすべて没収し、

家の周囲には超電磁フィールドを張ってもうネットに繋げないようにした。


「これでよし、と。ポチ、ちゃんと反省しろよ」


「ウウ~~」


書斎に戻ってパソコンを開いたとき、黒い画面に自分の顔が映った。


その顔は昔撮った写真の頃よりもずっと丸く、

子供の頃に嫌いだった両親とそっくりな顔になっていた。


「そういえば……昔、ゲームやりすぎて親にゲーム機隠されたっけ……」


あの頃はゲーム機を買い与えたくせに自分の都合で没収する親を憎み、

こんな大人にだけはなるまいと心に誓ったはずだった。


気がつけば、俺もまったく同じことをしていた。


「ポチ……」


ポチを軟禁した部屋を訪れるとポチはふてくされるように伏せていた。


「ポチ、頭ごなしに没収して悪かったな。

 元はといえばお前にペット用パソコンを与えたのは俺だったよな」


「くぅーーん」


「これからは一緒に生活改善していこう。

 パソコンだけじゃなくて、一緒に外へ出たり、同じように美味しいものを食べよう」


「わん!」


「ポチ、俺とお前はいつも平等で同じだ。

 俺だけの都合でお前をいじめることはしないよ」


「わんわん!」


ポチは機嫌を直して抱きついてきた。

そのとき、前までのポチを見て血相を変えた娘と妻が入ってきた。


「パパ大変! ポチが元気ないの!」


「今ね、犬用の最高級フードと犬用の極上布団と

 おもちゃを買ってきたわ! はやく与えて!!」


「落ち着いて、ポチはもう大丈夫だよ。元気いっぱいさ。

 それより前に頼んでいた、俺の新しい布団と仕事用PCは?」


妻は切羽詰まった表情のまま答えた。



「何言ってるの! それどころじゃないわ!

 ポチが元気ないのよ!? あなたの布団もPCもキャンセルしたわ!

 私がお医者さんにつれていくから、あなたは冷凍食品でも食べて黙ってて!!!」



「……わん」


俺は最後にひと鳴き泣いた。

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