第23話 慟哭 1

 格子窓から射す夕陽に、埃が舞っていた。十一月に入り、冬の気配が濃い。

 土蔵の内戸が中から開いた。むっとするような生暖かい空気が流れ出し、饐えた汗とかすかな血の匂いが交じった。

 真っ昼間だというのに、手燭がいくつも掛けられていた。

「どうだ」

 土方は、片肌脱ぎで割れ竹を握る隊士に声をかけた。汗が玉のように吹き出していた。

「名を認めたのみで、口を割ろうとはしません。強情な奴です」

 監察方助勤の浅野薫は、一刻ほど前からひとりの男を責めていた。上半身裸で梁から釣り下げられたその男は、土方へ朦朧とした視線を投げかけた。

「三塚栄といったな」

 土方が顔をのぞきこむと、男は口の端を歪めて笑った。

「副長の土方だ。いつぞや、夜道でいらぬ忠告をしたのは貴様か」

「知らんな」

「相模屋の寮に出入りをしているそうだが、利平とはどのような関係か」

「なんのことだ」

 割れ竹を振り上げた浅野を制し、

「言いたくなくば覚悟することだ」

「新選組は浪士とみれば、証拠もなく縄でくくるかっ」

「生憎、我々は役人ではない」

「幕府の犬め!」

 三塚が吐いた唾が土方の頬にかかった。

「こいつ!」

 浅野が力任せに幾度か打つと、三塚はぐったりと力を抜いてぶら下がった。しかし、その目はぎらぎらと土方を睨みつけている。

 土方は懐紙で頬を拭うと、

「証拠がないわけではない。まず、相模屋。洛北の浄念寺。長州屋敷。相模屋番頭、辰吉。──内藤新三郎」

 列挙された名に三塚は眉ひとつ動かさなかった。土方は薄い唇に酷薄な笑みを浮かべた。

「それに加え、ある筋より、ここひと月ばかりの商人殺害事件は、貴様の仕業との証言があった。半信半疑だったが、確かな筋よりの情報なので貴様を張っていた」

「あれは、俺の仕業ではない!」

「すると、貴様の足取りから面白いように次々と情報が入った。まず、東山仁王門浄念寺の坊主。あの顔には見覚えがある。たしか長州の……」

「知らん!」

 土方は竹刀を手にすると、三塚の顎と肩に間にさし込み、ひねり上げた。噛みしめた歯の奥から呻き声がもれる。

「いいか、俺らが相模屋に手出しできねえのを幸いに、勝手放題やりやがって。あの寺に集まっていた面子は割れている。俺が知りたいのは、今度の会合はいつかということだ。簡単なはずだ。相模屋を裏切れというのではない。あんたの証言ぐらいで、あの狸親父をお縄にできるはずがなかろう。幸い、あんたらのお仲間がひとり、裏切ってこちらへの協力を申し出ているからな」

 土方はさらに力を入れた。

「誰だ、……それ……はっ」

 かすれ声に土方は不敵な笑みを浮かべた。

「認めるか。薄汚ねえお仲間たちの結束は脆いものだな」

「貴様っ……!」

 土方は竹刀を放ると、浅野へ何かしら耳打ちした。浅野は緊張したように顔を強張らすと、土蔵の外へと出ていった。

「なにをする……つもりだ」

「新選組としては池田屋の二番煎じはしたくねえんだ。あんな斬込みは一生に一度でたくさんだ。俺とて命は惜しいからな」

 土方は三塚の足首を括る縄の端に重しをつけると、頭上の梁に放った。

「こうして池田屋の時、枡屋の口を割らせた」

 そのまま引上げ、逆さに吊るす。

 土方は足元の三塚の顔を見下ろし、

「観念しな。あんたの素性はとうにわれている。元長州藩士、江戸詰。但し、五年前に断絶となっている」

 三塚の顔は血の気が下がってきたためか、紅潮してきた。

「知…らん」

「貴様の実弟圭吾とやらは、どうしたわけか片腕をなくした後、ある旗本屋敷に押し込み、取り押さえられたことがあるそうだな」

「知らん…!」

「だが、圭吾はその直後に病死と届けられた」

「内藤か! やはり裏切ったのは内藤であろう!」

「そして、なぜかお取り潰しとなった三塚家の主、兄の栄は出奔した。脱藩だ。重罪だろうが」

「俺ではない! 町人を殺ったのは内藤だ!」

「それで?」

 土方は端正な顔を近付けた。声を殺し、耳もとで囁く。

「俺が知りたいのは会合の日取りだ。辻斬りの一件はすでに手配してある。もう、誰も殺させやしねえよ」

「お……沖田のことはいいのかっ!」

「沖田がどうした」

 やんわりと問い返した。

「俺に沖田に気をつけろなどど言って、どうするつもりだったんだ。沖田はすべて承知している。あれは、俺の命で内藤に張りついている。あんたの手札は、これで終いだ」

 浅野が戻ってきた。一尺ほどもある匁蝋燭を手にしていた。

「さあ、さっさと吐いちまいな。次の浄念寺の会合はいつだ」

「知らん!」

「言えば解き放ってやる」

「嘘だっ」

 三塚の目は、土方が持つ匁蝋燭に張りついて離れない。

「俺に死人を作る趣味はない」

 浅野君、と土方は蝋燭を手渡し、代りに受け取った五寸釘を三塚の足裏に当てた。木槌を振り上げる。

 甲を打ち抜かれ、三塚は獣のような咆哮をあげた。

「お……のれっ……!!」

 土方は構わず打ちつけた。血が脛を伝わる。

「ここへ蝋燭をたてる。さしもの古高俊太郎も、半刻ともたなかったぞ。今のうちに吐いたほうが、無用の苦痛を味わわずに済む」

「し、知るかっ!」

「いいのか?」

 土方は眉ひとつ動かさずに手についた血を拭うと、手燭の火を蝋燭に移した。



(続く)

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