第17話 骸哉り 2
「あっちぃ!」
額を押さえて、原田左之助は部屋の隅まで転がった。
「なんだいこりゃ、新八さんよ。ちゃんとかち割っていれたのかよ!」
手をどけると赤く腫れていた。
「おや、左之。こりゃ額の向こう傷だね。名誉なこった」
「なんだと。もう一遍いってみやがれ」
ひとり芝居をする原田に、山南はうんざりと呆れ顔だ。二番隊隊長の永倉新八は現在、局長の近藤に同伴して東下中である。
原田と永倉は仲がいい。──などと言おうものならば、それを肴に三日はじゃれあうような仲である。
「栗の始末をしたのは私ですから。原田さんも大人げないことはお止めなさい」
「ちっ、山南さんは
原田は、しぶしぶといった態で火鉢の灰をつつきまわした。
「原田さん、よく飽きませんねえ」
当初より呆れ顔で見ていた沖田総司は、火箸に刺した芋を取り出して、焼け具合いを確かめていた。
「そろそろたね探しが難しいんじゃありません?」
「ふん。俺と新八を一緒にするな。──ところで総司」
原田は、真正面に座り直して続けた。
「おめえ、土方さんと喧嘩でもしたのか」
「喧嘩ですか?」
沖田は、目を合わせないまま、生焼けの芋を再び灰のなかへ戻した。
「妙だぞ、ここ二、三日。顔を会わせても無駄口ひとつきかねえ。土方さんも総司を避けてるんじゃねえか」
「そうですか?」
「井上さんが心配して、俺に聞いてきた。どうせ下らんことで喧嘩でもしたんだろ。早く仲直りしちまえ。近藤さんは留守だし、総司と土方さんが仲違いじゃ、あの鬼副長の相手を誰がするんだよ」
「喧嘩なんかしてませんよ」
原田は真顔になった。
「謝ってすむことだったら、すぐに謝っちまいな。江戸の頃と違って何かれと面倒だ。早く片しちまいな」
「やだなあ、もう。悪者は私ですか?」
原田へ笑いかけ頬に、ほろりと涙が伝った。
「総司、お前」
自覚がないのか、手をやって目を見張る。
「いやだな。どうしたんだろう」
慌てて立ち上がり、
「顔、洗ってきます」
ばたばたと廊下を駈けていった。
原田は、怪訝な眼差しを山南へ向けた。
「あのふたり、どうしちまったんだ。いつもの痴話喧嘩にしては妙だな」
山南は沖田が去った方へ視線を向け、ため息をついた。
「一昨日、沖田君が体調を崩して寝込んでからああです。あの後、土方さんは山科の相模屋寮へ、加納さんを訪ねて行ったそうです。現場では、山崎さんや張り番の役人衆が大慌てだったと聞いています」
「無駄に内藤さんに会いにいくわけねえしな」
ふたりが旧交を温め会う仲ではないのを、原田も承知している。
「ちと妙だとは思わねえか。いきなり上洛したかと思ったら、よりにもよって相模屋の周りをうろうろとする。それに、土方さんも土方さんだ」
原田は、火箸を灰へ突き刺した。
「見ていて切なくなっちまわ。いい加減、腹をくくっちまえばいいのに、いつまでも煮え切らねえで、端で見ている俺らの方がちょっかい出したくなっちまう。とうに承知のはずだろう」
「あまり大きな声を出しては周りに聞こえます」
山南の部屋から、土方の私室までは二間しかない。しかも、土方の隣は沖田の私室である。
突然、うわずった井上の声が聞こえた。廊下を大変な勢いで駆けてくる。
「あんなに慌てて何事だ」
原田が立ち上がると、丁度血相を変えた井上が飛び込んできた。
「どうしたんだ。近藤さんに間違いでもあったのかい?」
「左吉と与五郎が殺された! いま、連絡があったんだ!」
「──誰だい、そりゃ」
「多摩から来ていた理心流の門弟です」
山南の言葉に、原田は眉をひそめた。
「どういうことだ、一体」
「どうやら、見ちゃいけねえものを見ちまったようだ。すぐ近くで佐波善の骸が見つかったそうだ」
「なんだって!」
佐波善こと佐波屋善右衛門は、大坂でも屈指の米問屋である。代々幕府の御用を努め、上方商人には珍しく恩義との公言を憚らなかった。剛直な商人は、新選組にまで盆暮れの挨拶を送って寄越し、近藤も大坂の本店へ出向いたことがあった。
「源さん、行くぞ」
通りしなに声をかけ、土方歳三は山崎烝を従えて玄関へ向かった。
「総司に伝えてくれ。現場は妙法院裏だ」
慌てて、井上も従った。
「──忙しくなりそうだ」
三人の後ろ姿を見送りながら山南が言った。
この十日ばかりですでに四件、大店の主が殺害されていたのである。皆、代々公義の御用を務めてきた御用商人ばかりである。
「うまいぞ、これ」
山南が振り返ると、原田は沖田の焼いていた芋の皮を剥いて齧っていた。
「天下太平ですね、原田さんは」
「なんだ、ほしいのならば、半分」
山南は、にやりとして素直に受け取った。
(続く)
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