第7話 流謫 2

 会所へ届け、直ちに所司代と壬生の屯所へと小者が走った。

 五体の屍は十畳ほどの会所のなかへ運び込まれ、無造作に筵がかけられている。詰めている三人の小者は、すみにかたまって剣呑な表情で二人を伺っていた。沖田は薄く障子を開け、血の匂いを避け外気を吸った。

 半刻もしないうちに、新選組の監察方の山崎烝が、ふたりの部下を連れて現れた。

「わざわざ出張って頂いて申し訳ありません」

 手拭いであらかた血を拭ったものの、着物に付いた染みは隠せなかった。

「沖田さんがそんなに身体を汚されるとは、尋常な相手ではありませんね」

 山崎烝は、驚いた様子で運びこまれた死骸を改めていた。

 山崎は大阪の鍼医の倅である。

 文久三年に行われた、最初の隊士募集に応じて入隊した。

 監察方副長助勤である山崎は、部下を率いて直接、浪士の取り締まりに出向くことはない。かれは新選組がつかう密偵の束ねであり、かれの元には倒幕浪士のあらゆる動静が集まってくるのである。六月の池田屋事件の功績も、かれらの地道な探索に負うところが大きい。

 山崎は二人の部下に注意を与えながら、念入りに屍を改めていった。

 変装して探索に当たっているときの穏やかな顔つきとはうって変わって、細い目は鋭く眇められ、いくらか丸みをおびた体躯をかがめてなに一つ見逃さぬよう、部下の手元を見据えていた。

 沖田は検分がひと段落するのを見計らって、山崎に声をかけた。

「何かわかりましたか」

「身元がわれるようなものは一切ありませんな」

 山崎は板の間に腰かけた、内藤新三郎へちらりと目をやった。みるからに大身の旗本然とした内藤は、この場所にあまりにも不似合いだった。

「内藤新三郎殿とおっしゃるお旗本です」

「ご直参がどうして」

 山崎は、二日前に内藤が壬生の屯所を訪れた経緯を知らない。

 沖田はかいつまんで試衛館と内藤新三郎の関係と、先日の四条の茶屋での一件を語った。

「お話の様子では、倒幕浪士というよりは、食いつめ浪人の怨恨ですか」

「おそらく」

「それにしてはなんの手掛かりもないのが俯に落ちませんな」

 山崎は首をひねった。

「襲われた時、この男たちは沖田さんであると確かめましたか」

「いえ」

「そうですか」

 山崎のなかでなにかが引っ掛かっているようだった。

「まあ、調べればそのうちに分かるでしょう。非番なのにお手間を取らせました。後は私が引き受けますから、どうぞお引き取り下さい」

 沖田は軽く頭を下げた。

「では、お言葉に甘えて。内藤さんと木屋町の」

と、内藤を振り返り、

「きぬ笹」

 内藤は刀を取って立ち上がった。

「に、いますので何かあればそちらへ」

「承知しました」

 内藤の長身に圧倒されたように、山崎は一歩下がって道を開けた。




 二人が木屋町の「きぬ笹」に落ち着いたのは、五ツ半を過ぎた頃だった。

「おえい殿、座敷は空いていますか」

 女将は内藤へ好意のこもった笑みを浮かべた。

「いま、ご案内いたしますので、とりあえずこちらへお上がりください」

 よどみない江戸言葉に、沖田はまじまじと女を見つめた。

 年は三十から四十の間であろう。京の遊興場でみかける絡みつくような甘さはなく、きりりとした目元と、料亭の女将にしては地味な出で立ちだ。沖田は、懐かしい江戸の風を見出し、なにやら嬉しくなった。

 おえいは先にたって座敷へ案内しながら、明かりの元にでた沖田の身なりに眉を寄せた。

「申し訳ないが、何か着替えを拝借できないだろうか。このなりでは、酒も不味い」

 おえいは、内藤の言葉に頷くと、下女を招いて小声で指図した。

「かしこまりました。あちらへ」

 何の汚れであるかは尋ねなかった。沖田は困ったように内藤を見た。

「貸して頂きなさい。そのなりでは折角の旨いものもわからんだろう」

「では、遠慮なく」

 沖田はおえいへ頭を下げた。素直なその仕種に、おえいの顔がほころんだ。

「いい男だろう。まだぼんぼんだが、私の年になるのが楽しみだ」

「まあ、内藤様。どなた様かご紹介下さいな」

 内藤は芝居じみた仕種で咳ばらいをした。

「実はなにを隠そう、新選組の沖田総司殿だ」

 可笑しそうにいう内藤に、おえいは目を見張って、息を呑んだ。

「それは存じませんで、ご無礼申し上げました」

「とんでもありません」

 沖田は必要以上に重くあつかわれるのが、一番の苦手たっだ。

おえいはすぐに気をとりなおして、

「ご遠慮なさいませんよう」

 穏やかに微笑んだ。



(続く)

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