戦場オギャリアン

「今日は金曜日ですね」


 放課後。ザコが私に話しかけてきた。


「嬉しそうだね。明日は土曜日だしね」

「土曜日? チッチッチ。分かってないなあ、普通ちゃんは」


 とザコ。ぶんなぐってやりたい。


「今日は金曜日。今月最後の金曜日なんです」

「今月最後? ああ、プレミアムフライデーね。私たちには関係ないじゃん」

「違いますよ。プレミアムママエエデーです」


 なーにがプレミアムママエエデーだ。


「今夜の金曜ホイクショーは、戦場オギャリアン特集なんだそうです!」


 金曜ホイクショーに、戦場オギャリアンだって? いよいよツッコみが追いつかないぞ。


「普通ちゃん。私の部屋で一緒に見ませんか?」

「ええ……。まあ、遊びに行くってことなら良いけど」


 ホイクショーは見たくないなあ。





 そしてザコの部屋。私たちはベッドに腰掛けて、テレビを付けた。


『あなたはファントム・ボインを知っていますか』


 テレビには戦場オギャリアンと思しき人物が映っていて、そんな切り出して語り始めた。ファントム・ペインじゃないの……?


『私は見ての通り成人しています。もう乳離れをして何年も経っているのです。しかし職場戦地で過度なストレスを受けると、私の心はバブみを求めてしまう……。これがファントム・ボインです』


 真剣な表情で、そんな下らないことを言い出した戦場オギャリアン。


『もう何年もオギャレスですか……それは、お辛いでしょうね』


 キャスターが神妙な面持ちで言った。


「何よオギャレスって」

「え、知らないんですか普通ちゃん。長い期間オギャってないことですよ」

「じゃあ私、オギャレスだわ」


 どうでも良い言葉がまた一つ増えてしまった。


『ええ。とても辛い。あまりに辛くて、何度も死のうとしました』

『……おギャりたいですか?』

『えっ……』

『おギャりたいかおギャりたくないか。あなたのご意志をお聞かせ下さい』

『そりゃあ、オギャれるものならおギャりたい。でも、そんなの叶わないじゃないですか!』


 ダンッと台を叩く戦場オギャリアン。一体、何を見せられているのだろう。


『それでは登場して頂きましょう。路利野 真間さーんっ!』

『はーい!』


 キャスターが言うと、聞き覚えのある声がした。片手を上げて登場してくるその様は、まるで横断歩道を渡る小学生の様だ。


「えっ!? ロリ先生!?」


 私は思わず声を挙げた。


「凄いですね! テレビに出ちゃってますよ」


 ザコも嬉しそうだ。


『そ、そんな……まさか……』


 狼狽る戦場オギャリアン。


『戦場オギャリアンさん』

『……はい』

『おギャれますよ!』

『……はいっ!』


 はっきりと返事をした戦場オギャリアンの目には涙が流れていた。


『えっと、あなたが、せんじょう、おぎゃりあん、さん?』


 呂律の回っていない感じでロリ先生は言った。


『そうです。私が戦場オギャリアンです』

『そっかー。色々大変だったって聞いてるよ』

『そうなんです。ファントムボインが、ファントムボインが……』


 それ言いたいだけだろ。


『そっかー。辛かったねえ。今日はね、お小遣いたっぷり貰ったからね。たーくさんっ、甘えていいんだよ!』


 ロリ先生は両手を広げて、花のような笑みで、戦場おギャリアンを迎えた。お小遣いって給料のことだよね。


『ま、ママぁーっ!』


 戦場オギャリアンはロリ先生に抱きついた。


『よしよーし。いっぱい辛かったねえ。良い子良い子』


 ロリ先生は戦場オギャリアンの頭を撫でる。


『おぎゃあ! おぎゃあ!』


 みっともなくオギャる戦場オギャリアン。


『もう何年もオギャレスであった成人男性。ご覧下さい。今は赤子のように、おぎゃあ、おぎゃあと鳴き喚いています』


 キャスターがまるで感動的な場面のような声色で説明する。スタジオにいる何人かは泣いているようだ。


「ふえぇん。良かった。良かったねえ」

「え、あんたも泣いているの?」

「だって、ようやくオギャれたんですよ。感動的じゃないですか」


 感性が違い過ぎる。ザコが、どんどん遠くなっていく。

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