第8話 相次ぐ不審死

「まず、なんでおまえは追われてたんだ? あの後も結構な時間探されてたみたいだぞ。ことの次第によっちゃ、おまえを突き出さなきゃいけないからな」


 嫌な言い方をされて、感情を隠さないままににらみ付ける。

 人を悪ガキ扱いしやがって。そもそも、それじゃあ話が違う。


「チクらないって言っただろ」

「ことの次第によっては、だ。単なるイタズラならちゃんと叱ってやんねぇと……と思ったんだが、悪かった。いまいち状況を信じ切れてねぇっていうか……謝るからおびえるな。ほら、これも食っていいから」


 おっさんの前に置かれていたからあげの皿を押し付けられる。手をつけずににらみ続けていれば、ガリガリと頭をかきながら、困ったように謝ってきた。


「俺が悪かった。絶対にチクらねぇって約束するから、話してくれ。軽い冗談のつもりだったんだよ」


 そんなにおびえられるとは思わなかった、ともう一度謝罪の言葉を口に乗せる。べつに、おびえてなんかねぇけど。こっちにとっては冗談なんかじゃ済まされないので、始めに強い口調で断っておく。


「こっちは命がかかってるんで。つまらない冗談はやめてくれませんか、青柳さん」

「わーったから、怒るなって。好きなモンなんでもおごってやっから。話してくれませんか? 双木健人なみき たけとくん」


 おっさんと呼んでくれてかまわないから。ため口でいいから、お願いします、と注文のタブレットをよこしてくるので、早速ノンアルコールのカクテルを頼む。

 値段が800円と高いから遠慮していたが、もうお構いなしだ。こーゆー店に入る機会は早々ないので、どうせならそれっぽい雰囲気を味わってみたい。


「半信半疑だったんだが……本当に連続殺人のこと、なにかつかんでるっていうのか?」


 よこされたからあげ全部にたっぷりレモンを搾っていると、おっさんが声をすこし潜めながら問いかけてくる。

 俺が置かれている状況を信じてもらうためにも、一から説明が必要だろう。ひととおり箸をつけてから、ゆっくり説明を始める。


「連続殺人って言っても、俺が知ってるのは結城ゆうき峠のバス落下事故と桶広おけひろの衝突事故、あと葉野町でひとり、火事で死んだだけなんだけど……」

「結城峠と桶広ってだけで確定だ。なにを知っている?」


 ただの事故じゃねーかどこが連続殺人だ、と言われると思っていたので、肯定されて逆に驚いた。

 一瞬このまま話して大丈夫かという不安がよぎるが、注文していた華やかなカクテルが届いてその考えを打ち消す。


 口封じすればあっという間にカタが付く相手に、これだけご機嫌取りをしてくれているのだ。ギリギリまで信じてみてもいいだろう。


 薄暗い、黄色みがかった照明の下。

 甘いノンアルコールカクテルで喉を潤しながら、順を追っていままでのことを説明していく。


 切っ掛けは、愛する実羚が落ち込む姿だった。


 いつも元気ハツラツな彼女が珍しく静かだったので、心配して声をかける。よく見れば目がわずかに腫れていて。

 ただ事ではないと踏んだ俺は、笹生を巻き込んで、詳しく話を聞くことに成功した。


 原因は、彼女が世話になっていた近所のおばあさんが、事故で亡くなったことだった。


 結城峠で起きたバス落下事故。突然すぎる別れに涙をこらえきれない実羚。

 笹生が彼女を慰めてくれて。俺は気の利いた言葉ひとつかけられない自分の歯がゆさにのたうち回ることしかできなかった。

 彼女を泣かせるなんて、バス会社はなにをしているんだ。なにか瑕疵かしがあったら文句をいってやろう、と軽い気持ちで事故のことを検索して……そして、事故の内容に違和感を覚えた。


「霧の濃い、見通しの悪いカーブでスリップし、ガードレールを乗り越えて谷底へ落下。乗客は全員死亡。ニュースで言われたのはこれだけだったけど……ひとりだけいた生存者に、納得がいかなくてさ」

「生存者? 乗客は全員死亡したんだろ?」


 結城峠の事故が連続殺人の一部だと認めてくれたが、肝心な事故の内容については詳しく知らないようだ。不思議そうな顔で、おっさんが俺の顔を正面から見つめる。


 遠くで盛り上がっている人たちの笑い声を聞きながら、俺は冷たくなったおしぼりを軽く右手で握り込んだ。

 慣れない場所のせいか、手に汗が浮かぶ。うっすらと香るアルコールの臭いが気持ち悪い。


「乗客は全員死亡。この言葉にうそはないよ。――だって生存者は運転手だから」


 乗客乗員とは言っていない。乗客は全員死んだ。助かったのは運転手ただひとり。


 そのことを伝えているのは、ゴシップ記事を多く発しているネットニュースだけだった。

 テレビは最近不倫が発覚した大物女優の話ばかりで、事故自体ほとんど報道していない。

 取り上げたとしても、よくある悲劇。霧の中での運転は気をつけましょう。そんな扱いだ。


 なんで一番死にそうな運転手が生きているんだ。乗客見捨てて逃げたんじゃないだろうな、と検索を続けていると、前にも同じような事故があったことを発見する。

 桶広市で起きたバスの衝突事故。こちらも正面衝突したのにもかかわらず、両運転手が生存していた。

 多くの死亡者とケガ人を出した事故なのに、テレビで見た覚えがなかった。バス事故は全国で起きているので、取り上げるほどでもないのかもしれないが……運転手だけ生きているなんて怪しすぎるだろうと。一気に俺の好奇心に火がついた。


 検索対象をネットニュースから一般ブログ、SNSにまで広げ、桶広でケガをした人のSNS投稿を発見する。

 20代後半と思われる被害者は、バス会社が手配した病院を抜け出して、その手際の悪さを愚痴っていた。

 病院で携帯禁止だとしてもネットぐらい触らせろ、だの、本気で治療する気が見られない形ばかりの手当だの。

 治療方針が悪いから、同じバス事故に遭ったケガ人が次々に死んでいくんだ、と写真付きの怒りの投稿まであった。おそらく隠し撮りなのだろう、数人の男性の横顔が写されていて。

 勝手に写真を載せて口汚くののしるのは、ちょっとやり過ぎではないかと嫌な気分になったが。


「同じバス事故に遭ったケガ人が次々に死んでいくって、なんだかアヤシイじゃん? だから詳しく話聞きたいなと思って、その人の居場所特定してみたんだけどさ」

「居場所特定って、そんなことできんのかよ」

「過去の投稿見ていけば、結構な確率で特定できるよ」


 ストーカー被害を恐れる女性なんかはあまりやらないが、人気アカウントではない一般人は結構な割合で近所のことをSNS投稿していた。

 特にその人は地元のサッカーチームに夢中で。出身校のことなども書いているため、すぐに地域が特定できた。意外と近所だったことも、特定を可能にしたひとつの要因だろう。上げられた写真の場所にいくつか見覚えがあった。


 定職に就いておらず、過激な発言が目立つゆえ、話しかけるのを尻込みしていると……ある日突然、アカウントが削除される。前日まで上げられていた投稿からはそんな兆候などまったく見られなかったので驚いた。


 なにかあったのか、と彼とつながりのある人たちのSNSまでたどり始める。

 悪趣味なことをしていると思ったが、事件の臭いに好奇心のほうが勝っていた。

 消去されたアカウントのIDを頼りに、彼の友人とみられる人から送られた安否確認のメッセージを見つけ出す。


「『電話でねーけど、おまえ生きてる? あの画像なに? 心配だから連絡よこせ』って。これは事件の臭いがするなーって。んで、今度はそのメッセージを送った人をこっそり見守ってたんだけどさ」


 絶対に仇を取ってやる。

 そんな不穏なメッセージが、ある日友人のアカウントから投稿された。


 それに驚いたのは俺だけじゃなかったらしく、まわり人のたちも「なにがあった?」と心配するメッセージを送っていて。

 それへの返信をつなぎ合わせて、事件の概要を把握する。


「『友人が自殺に見せかけて殺されたかもしれない』『警察に相談してみる』『もし殺人じゃなかったとしても、こいつが追い詰めたことは確かだ』って。その人もまた画像付きで病院を非難しててさ」


 そのときアップされた画像を携帯に表示して、おっさんに見せてやる。

 民家と思われる室内写真。薄暗い室内の中、かろうじてひとりの男性の姿が見えた。


「自宅に放火して焼身自殺した友人から、最後に送られてきた画像だって」

「焼身自殺だ? まさかそれがおまえが言ってた……」

「そう、葉野町の火事。裏も取れてるよ。桶広の被害者と名前が一致してた」


 ネットと過去の地方紙をあさり、名前を特定する。

 小さな火事だからネットのニュースにも上がらなかったが、地方紙の端のほうに簡単な概要と死亡者の名前が載っていた。全焼していて遺書等は見つかっていないが、おそらく自殺だろう、と。


 自殺する人間が、最後にこんな画像を送ってくるはずがない。

 コイツに殺されたんだ、とその友人は確信していた。

 焼身自殺に見せかけて殺された。この写真は被害者が助けを求めて自分に送ってきたものに違いない、と。


 その画像に写っている人間は病院関係者だそうだ。無理やり被害者を病院へ連れ戻そうとしている現場に遭遇したから、顔を覚えていたという。

 病院は桶広の被害者を病院に閉じ込めて、医療費を不正に搾取している。それに気づいて逃げようとした人間を殺しているのだ、と病的なまでにSNSの投稿を繰り返していた。


「んで、こっからが本題。この扉のとこ、なにか他に写ってるように見えてさ。ハッキリさせようと明るさ調整してみたら……」


 画像加工アプリを起動し、実際に画像の露出を上げてやる。

 扉と思われた位置にもうひとり、背の高い男が写っているのが見えた。一度仮保存し、もう一度周りが白飛びするくらい明るくしてやると、今度はその男がくっきりと写し出される。

 暗がりに溶け込んでいた男は、首から社員証のような物を下げていた。さすがに名前までは見えないが、カードの上のほうに太いラインが入った、特徴的なデザインだ。

 その社員証を指で拡大して、おっさんへと見せてやる。


「見覚えない?」

「……区役所の社員証じゃねぇか」

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