区役所のちゃらんぽらんおやじ

第7話 区役所のちゃらんぽらんおやじ

「よぉ、待ったか?」

「待ちました」


 高い位置からかけられた声に、不機嫌さを隠さないまま答える。

 声の主は俺の不機嫌なんか知ったこっちゃないといった態度で、カラカラと笑ってみせた。


「こーゆーときはうそでも『いま来たところ』って言っとくべきだぜ? ガキんちょ」


 女の子にモテねぇぞー? とからかってくるが、無言で携帯のホーム画面を突きつけてやる。19時30分。約束の時間より30分オーバーしていた。遅くなると家に連絡済みだが、あまり遅いと親が心配してしまう。

 さらにいうならば、俺は図書館で本を受け取ったあと、早めに待ち合わせ場所に来ていたので、店員さんの視線が痛く感じるくらいこの場所に居た。ドリンクバーのファミレスゆえに退屈はしなかったが。頼むつもりもなかったデザート代くらい払ってもらわないと気が済まない。


「ちょっと周りに人が多いな。移動するか」


 夕飯時のファミリーレストランは家族連れが多く、混雑していた。隣の会話が筒抜けになるほど近くに席があるので、青柳さんが移動を提案する。

 会計を済ませようとすると、伝票を取り上げてぱっぱと払ってくれた。おごって欲しいとは思ったが、本当におごってもらえるとは思わなかったので、慌てて支払いを申し出る。


「待たせちまったびだ。これでチャラな」


 にっと笑いながら出入り口のドアを開けて待ってくれたりするので、冒頭に言ってた「女の子にモテないぞ」という助言は伊達だてではないのかもと思い直す。

 白いシャツを身にまとい、こざっぱりとした印象の彼は、物腰が大人っぽくてスマートだ。違う店を案内する間も、適度に話題を振っては、こちらの歩くスピードなどを気にしてくれる。

 口調は荒いが、それもワイルドでかっこいいと言えなくもない。これで公務員という安定した職業に就いているのだ。もしかしなくても、モテるのだろう。


 こういう振る舞いがスマートにできたらいいなぁと尊敬の目を向けかけて、数分後にはそれを撤回する。


 ネオン輝く繁華街。駅の裏通りを少し行った雑居ビル。

 正式な営業許可を取っているかも怪しい小さな店がひしめくなか、一件の薄汚れた居酒屋に俺たちは居た。


「何飲む?おごってやるからカクテルでも焼酎でもなんでも頼んでいいぜ」


 ざわざわと騒がしい店内。大声で騒がなければ隣でなにを話しているかなんて気にもしない。

 確かに半個室の部屋は軽い密談をするのにうってつけかもしれないが……仮にも未成年をこんな店に連れてくるだなんて、どういう神経してるんだ。入店を止めなかった店員も店員だが。


 プリント壁紙で人工的に生み出された木のぬくもりを、しらじらしく感じながら一瞥いちべつする。

 高校生だとバレると面倒くさいことになりそうなので、制服のジャケットを脱いで端に丸めておいた。ワイシャツ姿ならまだ目立たないだろう。


「オレンジジュースで」

「くくっ、ガキんちょが選びそうなもんだな」

「ビタミンとれるし健康にいいんですよ。公務員が未成年に酒すすめていいんですか?」


 適当にメニューから食べたいものを選びタッチパネルに入力する。注文もこの機械がやってくれるおかげで店員が机を回る回数が少ない。それでもアルコールなんて停学必至なものに手を出す気にはなれなかった。


「よくねーよ。だがバレなきゃ問題ないだろ」

「不真面目の極みだな、おっさん」

「まじめに生きてたってなんもよいことなんかねぇ。やりたいことはやりたいうちにしといたほうがいいぜ」


 しゅぼっ、とたばこに火をつけて煙をく。

 俺はこれ見よがしに眉をひそめて煙を手で払った。


 さっきはちょっとかっこよく見えたのに、とんでもねぇちゃらんぽらんオヤジだな。

 一度気を許して敬意を払っただけに嫌悪感が増す。こんな奴「青柳さん」なんかじゃなく「おっさん」で十分だ。

 遠慮なく追加注文をピッピと増やしていく。


「その信条でよく公務員なんかになれましたね。なんか汚い手でも使ったんじゃねぇの」

「いいや、この職を得るためにそりゃもう凄え努力したさ」


 届いたビールを一気に半分ほどあけると、すでに酔いが回っているような饒舌じょうぜつさでまくし立ててきた。


「中間期末の成績はもちろん、抜き打ちの小テストだって気が抜けねぇ。内申上げるために部活も委員会も精出してよぉ、皆が新作のゲームで盛り上がってるなか、ひとり図書館で勉強してた。大学入ってからも単位は最初の二年でほとんど取って。残りはゆっくり論文書いて、試験対策と社会勉強のバイトに当てた。たとえ公務員が無理でもつぶしが効くよう、いろいろ資格も取ったりな」


 さまざまな武勇伝を上げていくが本当のところはどーなんだか。とてもそんな真面目な人には見えない。本当ならばかなり尊敬できるが、話半分で聞いていたほうがいいだろう。


 興味なく端に置かれた卓上メニューを眺めていると、頼んでいた注文の品が届く。汚い居酒屋にしては結構マシな料理かもしれない。


「俺は天才じゃねえからな。ただがむしゃらに努力することしかできなかったのさ」

「努力できるってのも才能なんじゃねーの」


 すっかり敬語を使う気もうせて、タメ口をききながら軟骨をボリボリかじる。

 おっさんの熱弁が初めて止まったので、俺は軟骨を口に運ぶのをやめないまま適当に話をつなげた。


「クラスメイトにイヤミなくらいの努力家がいて。そいつ見て思ったんだけど、努力なんて誰もができるよーなことじゃないぜ。一個のことに集中して力を注げるのって才能だとしか思えないもん。それにさ」


 到着したばかりの揚げチーズに手を伸ばす。こういうのは熱いうちに処理しちゃわねーとな。


「天才は決まったことしかできねーけど、努力の才能だったらなんでもできるってことじゃん。そっちのほうがうらやましーと思うけどな、俺は」


 あ、これはハズレだ。中身が全部出ちゃったらしく周りの衣しかない。

 個数は限られてる。どうせならおっさんに外れを引かせたいので、次選ぶときは慎重にしねぇと……


「おまえ、いい奴だな」


 おだやかな声に顔を上げてみれば、先ほどとはまったく違う、やわらかな笑みを浮かべてこちらを見ていた。


「本題に入ろうぜ。おまえには聞きたいことがいろいろあるからな」


 たばこを灰皿に押し付け、まっすぐ向き直る。まだ吸ったばかりだったのに。

 もったいねぇなと思いながらもたばこは嫌いなのでその動作を喜んだ。

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