第6話 最強魔法使いと寡黙な男

「終わったぁーー!」


 授業終了のチャイムとともに実羚が体を伸ばしながら歓声を上げる。

 午後の授業は頭を使うややこしい科目ばっかだったからな。俺もまねして手を頭の後ろで組み、ぐぐっと体を伸ばしてやる。

 腰と肩にじんわりとした痛気持ちよさを感じた。やっぱ集中すると知らない間に体って固まっちまうもんなんだなぁ。 


 途中、実技の暴走という軽い事件はあったものの、無事に全部の授業を終え放課後に入る。

 気を張る一日だったのだろう。俺以外にも数人が凝り固まった体を伸ばし、解放のため息をついていた。

 荷物をまとめていると、クラスメイトが数人固まりながら声をかけてくる。


「健人、カラオケ行かねぇ?」


 割引券もらった、と派手なプリントが施された紙をチラチラと振る。メンバーを見てみると、二年になってから初めて話した相手が多かった。

 親交を深めるいい機会だが、両手を目の前で合わせ、片目をつむって断る。


「悪い、今日はちょっと用があってさ」

「なんだよ、次は付き合うって言ってただろ~?」

「用事がない日に誘ってくれよ。そしたら絶対行くから!」


 次は絶対だぞ、と名残惜しそうにするクラスメイトを見送る。

 本当なら行っておいたほうがいいのだろうが……携帯に目を向け、苦笑を浮かべる。

 どうせなら昨日誘ってくれれば、こんな面倒なことにならずに済んだのにな。


『今日の19時に、赤池あかいけ公園駅前のファミレスに来られるか?』


 昨日出会った、青柳あおやぎさんから届いたメッセージ。すでに『行けます』と返答済みだ。

 ごくりと、唾を飲み込む。

 助けてくれたことといい、悪い人間ではないのだろうけれど。事が事だけに、わずかな判断ミスが命取りになりそうで怖かった。


 できるなら、姉ちゃんに相談したかったところだけど……昨日どうやって話そうか悩んでいるうちに寝落ちしてしまい、加えていま朝の寝坊だ。毎日真面目に働いている姉ちゃんと合う時間はなかった。


 他に相談できる相手、と脳内でリストアップして、可能性の低さに小さく首を振る。

 父親は他界しているし、母親は相談できる状態ではない。

 友人は……と疎遠になったクラスメイトを思い出して、苦い思いが胸を占める。


 一年の時、なんでも相談できる、仲のいい友人が居た。

 だが、二年に上がる頃には、いままでのことはなかったかのように疎遠になってしまったのだ。


 東京魔法学園には、全国から魔法使いが集まる。全国に五校しかない魔法学園の中でも、やはり東京にある特進科は別格扱いされていた。

 特進科を卒業したというだけで、就職の門扉が大きく開かれる。

 みな、それを目指すのに必死なのだ。違うクラスを訪れてまで、友人と仲良くする時間はないだろう。

 特進科を目指していない人間は、俺をカラオケに誘った奴らのように学校生活を謳歌おうかしているが……それでも、進学や就職を考えたとき、周りの人間が敵に見える日が来る。俺がクラスメイトをライバルとして見ているように。


 ――友人なんて、きっとそんなもんだ。


 め込んだ胸のうちを吐露するように息をくと、乾いた笑い声のように聞こえた。ため息のような、かすれた呼気。


 どんなに親しくなったって、そのうち離れる。

 自分が心を預けたって、相手も同じように返してくれるとは限らない。そんなことで傷つくぐらいなら、最初から割り切って皆と過ごしたほうがいい。


 魔法学園に通う以上、成績のしは就職先に直結する。

 周りはみんな敵だ。

 本音を隠して、クラスのムードメーカーとして振る舞って。うわべだけ笑って過ごせれば、それでいい。


「浮かない顔ね。どうしたの?」


 椅子に座ったまま思考にふけっていると、隣の席に居た笹生が話しかけてきた。

 すぐさまよそ行きの顔を貼り付けて、和やかに応対する。


「別に、なんでもないよ」

「なんでもないように見えないわよ。もしかしてアレが原因?」


 促されて視線を向けてみれば、各々が部活や帰路へと向かうなか。まだシオンが自分の席に留まっていた。

 その顔は問いかけるまでもなく不機嫌そうだ。クラスメイトの数人が、おびえるようにシオンのことをチラチラと眺めている。


 アイツもアイツで友達いなさそうだよな、と苦笑する。

 あの優等生とお近づきになりたい人間はたくさんいるはずなのに、当のシオンが周りと関わろうとしなかった。

 彼いわく、「心を許せる友人がひとり居れば十分だ。上っ面しか見ない奴らなど、どうでもいい」とのことだ。


 その心を許せる友人が学校に居たほうが、なにかと過ごしやすいだろうに。クラスメイトとはそれなりに話すが、そこまで深いつきあいをしている奴がいるようには見えなかった。


 とりあえず校内ではぼっち同士ということで、昼飯などよく一緒に食っている。

 俺にとって、このクラスで一番仲がいいのがシオンと言っても過言ではないだろう。


 二番目に仲がいいのは、俺が愛する実羚……と言いたいところだが、なんだかんだで席が隣の笹生と話すことが多かった。委員会も同じなので、一緒にいる時間が純粋に多い。

 話すようになったのは二年になってからだが、向こうは一年の時から俺のことを実羚に聞いて知っていたらしいし。

 なんだかんだで、彼女のほうから話しかけてくることが多かった。

 あまり親密にしていると、変なうわさが立ちそうだから、ほどほどにしておきたいところだが。

 彼女と一緒にいると実羚と話す機会も増えるので、なんとなく断れないままだ。


「松岡くんとケンカでもしたの?」

「違うけど、心当たりあるからちょっと話しかけてくる」


 いつまでもふてくされているシオンはうざったいし、クラスメイトも怖がる。クラスのムードメーカーとして、放っておくわけにはいかないだろう。

 近づけば、彼はほおづえをつき、指先をトントンと机に打ち付けていた。

 そのリズムは速く、彼のいらだちを如実に表現している。

 優等生のくせに面倒くさい奴だな、といった感想を顔に出さないよう注意しながら、できるだけにこやかに話しかけた。


「実技んときはまた派手にやったな」

「アイツの後に大きくやれば、対抗心を燃やしてくるかと思ったが。ムダだったようだな」


 眉をひそめ、口を大きくへの字に曲げる。おいこら、イケメンが台無しだぞ。


 なぜかシオンは、彼の前に実技を披露したクラスメイトを敵対視していた。確か名前は西牧といったか。

 彼は入学当初から普通科で。制服も規範通りにきっちり着こなし、寡黙。成績も普通。

 シオンが意識しなければ名前さえ覚えなかっただろう、存在感のない男。

 そんな男が、シオンいわく、強大な魔法力の持ち主だという。


「やっぱおまえの勘違いなんじゃねぇの? アイツ、確かに構成とか上手そうだけど。おまえより上にはどうやっても見えないぜ?」


 信じがたいことに、彼の持つ魔法力はシオンのそれを上回るらしい。

 ごく少数の人間に生まれつき備わる奇跡の力、魔法力。ごくまれに、その力の多寡を見分けられる人間がいるという。

 魔法学園の入試時には、その能力を持った人間が試験官として参加していたりするのだが。なんとシオンは魔法力だけでなく、その多寡を見分ける能力まで持っているという。

 シオンにパラメーターを振りすぎだと、神様に文句を言ってやりたい気分だ。


 魔法力が高い人間ほど、周囲を漂う魔法粒子を引きつける力が強いため、優秀な魔法使いになりやすい。

 小さい頃から将来を有望視されていたシオンより魔法力が高いという人間が。特進科に行かず、普通科で力量を隠して生活しているだなんて。誰が信じられると言うのだろう。


「アイツは実力を隠して、この普通科に潜伏している。……一体、なにが狙いだ」


 口元のところで手を組みながら、そう神妙に言ってのける。

 どこの刑事ドラマだと茶化ちゃかしたくなったが、彼は真剣に言っているみたいなので、のどまで出かかった笑いを飲み込んだ。


 シオンは本気で西牧を怪しんでいる。

 その本気度は、わざわざ特進科から普通科へと編入しなおすほどだ。


 彼ほど強大な魔法力を持つ人間なら、きっと側で学ぶことも多いだろう、と。

 西牧の魔法を見るためだけに、シオンは学校と掛け合って普通科へ編入を果たしたらしい。


 特進科にいることをステータスと思わず、自分を高めるためにわざわざ普通科へと降りてきた男。


 皆がうらやむ才能を持っているのだから、それにあぐらをかいてのうのうと生きていればいいのに。

 なぜかシオンは、学年トップという座に居ながらも、毎日魔法の練習を欠かさなかった。

 俺が彼と話すようになった切っ掛けも、たまたま校内で魔法の練習場所が被ったからだ。


 入学当初から周りの人間にちやほやされ、将来を約束されたシオン。

 そんな選ばれたような男が一心不乱に練習に励んでいる姿なんて、誰が想像できただろうか。


 現状に満足せず、常に努力を続ける姿勢には素直に賞賛を送る。

 ストイックに魔法練習に励む姿は俺のモチベーションにもつながった。

 努力の量まで彼に負けるつもりはさらさらない。


 だがしかし、西牧の普段の態度や成績を見ていると、わざわざ編入までするほどすごいやつには見えなかった。

 そもそも、魔法力の強い人間は魔法粒子も多く引き寄せてしまうため、術が大きくなりやすいものだ。力量を隠そうとすれば、どこかしらに無理が生じるはず。


「実力を隠してるんじゃなくて、純粋に魔法力が低いだけじゃねぇの?」

「いや、奴は粒子のコントロールを完璧にこなして、魔法力がないよう見せているだけだ。この前の試験だって、ヤツほどの力があれば特進科に推薦されたはず……いや、おそらく特進クラスの誰よりも技術にけているだろう」


 肘をつき、組んだ手を口元に当てる。まっすぐに宙を見つめる目は真剣だ。

 俺は机に置いた片腕に体重を預けながら、考えにふけるシオンを見下ろした。


「だがヤツは魔法を最低限にしか使おうとしない。魔法は繊細なコントロールが必要なため、使わなければ感覚が鈍っていく。魔法自体が嫌いなのか? ならば、なぜあれだけの技術を持っている。それを隠さなければならない理由はなんだ?」


 自問形式になりながら考えこむ。

 そんなこと考えたって答えは出ないだろうに。そういうのは実際聞いてみないとさ。


 再び指で机をたたき始めるシオンを横目に、どうしたもんかと思案する。手っ取り早く西牧に理由を聞いて、シオンに伝えてやれば解決するだろうか。


 クラスメイトの問題を解決しようと考えを巡らす自分に気がついて、鼻で笑いそうになった。


 そんなことしている場合かよ、俺。

 このあと、もっと大きな問題に立ち向かわなければならないというのに。

 自分のお人よしさに嫌気が差す。


 どうせシオンとも、クラスが離れたらそのまま疎遠になるのだ。

 いや、彼の場合、校内に友人ができた時点で終わりだろう。

 いまは俺に話しかけてくることが多いが、魔法の話をするにしても実力が近いほうが話が弾む。

 それこそ西牧が本当にシオン以上の魔法力の持ち主だったら、もう俺なんかには目もくれないだろう。


 想像だけで胸に小さな痛みを覚えて、強く目をつむる。


 大丈夫、割り切れる。

 ちゃんと距離感をわきまえておけば、前みたいな痛みを味わわずに済むはずだ。


 なおもぶつぶつと自問を重ねるシオンを前に、ゆっくりと目を開く。

 日常で不便に感じない程度に、つきあいを重ねていけばいい。クラスのムードメーカーとして、平等に。

 とりあえずいまは適当に褒めて、気分を上げてやるか。


「まぁ西牧のことはともかく。霧の魔法んとき先生腰抜かしてたじゃん。あんなん教師だってできねーよ。おまえすげーな」

「ふふん、まぁな」


 教師の慌てた顔を思い出したのか、腕を組みながら鼻で笑う。

 より輝きを増すために太陽光を取り入れるだけでなく廊下に発光体を生成していた、と聞いてもいない解説までし始めた。

 たった一言ですっかり機嫌を取り戻したようだ。少しばかりチョロすぎやしないだろうか。

 まぁ、そのほうが付き合いやすくて助かるのだけれど。


「せっかくだ。実演しながら解説をしてやる。練習場へ行くぞ」

「あ、俺今日はちょっとパス。用があってさ」

「なんの用だ」


 間髪入れずに聞き返されて苦笑する。

 シオンとはよく放課後に待ち合わせて魔法の練習を行っていた。待ち合わせて……というか、俺が練習場として選んだ場所にいつもシオンがいるってだけだが。


野暮やぼ用。明日行けたら行くからさ」


 野暮やぼ用とはなんの用だ、とさらに突っ込んで聞いてこようとするので、強制的に話を打ち切って自分の席へと戻る。下手に答えて話を長引かせると面倒だ。少し時間は早いが、先に待ち合わせ場所に行ってしまおう。


 成り行きを見守っていたのか、日誌を書き途中の笹生と目が合ったので一応礼を言っておく。


「ありがとな、笹生。シオンの機嫌取っといたから」

「とても機嫌を取った後には見えないのだけど」


 もの言いたげな視線に振り向くと、シオンが不機嫌そうな顔で俺のことをにらんでいた。まぁ、西牧の件でむくれてた顔より大分マシだろ。


「さっきよりはイケメンに戻ってねぇ?」

「イケメンかどうかは個人の感想に寄るからコメントしないでおくわ。もう帰るの?」


 しれっと涼しい顔でシオンイケメン説を受け流す。

 校内中の女子がシオンに夢中だというのに、笹生はクールな態度を崩さなかった。

 その姿勢がまた、クラスの男子たちに好評なのだけど。


「今日はもう帰る。じゃ、また明日な」

「あ、健人!」

「ん?」


 呼び止められ、カバン越しに振り返る。

 笹生はなにか言いたげに口を開いた後、一度小さく結び。「また明日」と小さくほほえんでくれた。


「ああ、また明日!」


 手を振りながら、適当にクラスメイトにあいさつをして教室を後にする。

 にこにこと、盛大に笑顔を振りまいて。


 すれ違う先生や元クラスメイト、委員会の先輩たちとも明るくあいさつを交わす。

 「おまえいつも元気いいなー」というありがたいお言葉を背中に受けて。廊下を軽快に歩き抜ける。


 誰も居ない昇降口。

 下駄げた箱の靴を床へと放ると、てんでバラバラな方向へと転がっていった。

 それをしばし無言で眺めて。


 乾いた笑い声が口から漏れたとき。

 自分がどんな顔をしているのか、まったく分からなくなった。

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