第3話 対極的な恋のライバル

 二年の教室へと、だるい足を引きずってなんとか無事にたどり着く。

 クラスメイトたちはほぼ全員席に着いていて、あとは先生が来るのを待つのみ、といった状態だった。「遅いじゃん」というクラスメイトの冷やかしを軽く流して、席に着く。


 普段時間に余裕を持って行動しているだけに、いろいろな意味で心臓に悪かった。

 一応、先生方には優等生として認識されているのだ。遅刻なんてつまらないことで点数を引かれたくはない。

 ぐったりと机に伏せながら、ポケットからヘアピンを取り出す。


 本当なら鏡を見たかったけれど、トイレに寄っている時間はなかった。あと数分で始業のチャイムが鳴るだろう。

 跳ねた髪を手で押さえ、髪をヘアピンで無造作にとめていく。

 優等生を自認している俺だが、服装だけを見るとそこら辺にいる普通の高校生と変わらなかった。

 ……いや、むしろ少しだらしないかもしれない。

 かっこいいからという理由で左耳にピアスを開け、眉を短く整えている。ネクタイはかなり緩め。しているだけマシといったところか。シャツも窮屈という理由で裾から出しっぱだ。


 この学校は生徒の自主性を尊重しているのか、かなり自由な校則だった。制服も用意されてはいるが違うのを着てもいい。

 せっかくの学園生活だ。勉強で遊ぶ時間が取れない分、違うところで満喫したい。

 髪も黒髪だとつまらないので、明るい色に染めたいところだが……ちょっとばかりチャラ過ぎるだろうか。大人しめの色にしようか、思い切って明るくしようか迷い中だ。


 跳ねた後ろ髪を手ぐしでなでつけていると、ふわりと甘い香りが鼻孔をくすぐった。

 嗅覚が人より鋭い俺は、香りだけで人の判別ができてしまう。

 キツイ柔軟剤の香りなどに困らされることも多々あったが、この香りは落ち着きがあって、どちらかというと好ましく感じられた。

 甘く優しい、バニラのような香り。


 どんな香水を使っても、つけすぎることなく。さり気なく香るオシャレを楽しむとは、相変わらずセンスがよい。

 顔をあげると、予想通り。

 黒く長い髪をかき上げながら、俺の恋のライバル……笹生律花さそう りっかが話しかけてきた。


「おはよう、健人たけと

「おはよ。日直なんだって?」

「ええ。健人が間に合ってよかったわ。日誌の遅刻者の欄に、あなたの名前を書かなきゃいけないところだった」


 くすり、とピンク色の唇を引いて笑う。すらっとしたスタイルにキレイな髪。

 整った顔立ちは冷たい印象を与えがちだが、こうして笑うと年相応のあどけなさも見えたりして。

 あらためて、ライバルとして強敵だなと唇をむ。

 対する俺は、正統派美人と戦うには少々心許こころもとないルックスだ。決してブサイクではないと思いたいが。


「なぁ、葉野町はのちょうの火事っておまえん家、近所じゃね?」

「そーなんだよ! なんか灯油いたみたいでさぁ。すっげー臭くて大騒ぎだった!」


 聞こえてきたクラスメイトの会話にビクリ、と体が震える。なんてことない世間話なのに、過剰反応してしまった。


 昨日味わった恐怖が脳内を走り抜け、指先からペンがこぼれる。

 自由落下したシャーペンは固い床にたたきつけられて、プラスチックの体にヒビを入れた。


「大丈夫?」


 笹生が心配そうに声をかけてくる。

 俺はそれに軽く返事をして。走った本体の亀裂に指をわせた。


 落としただけでヒビが入るなんて、案外もろいもんだな。いままでちょっと落としたぐらいじゃなんともなかったのに。

 物の命って、こんなに呆気あっけないものなのか。


「貸して」


 変な感傷に浸る俺の手を、滑らかでやわらかい指がなぞっていく。

 驚く間もなく、ひび割れたペンが笹生へと取り上げられた。


 彼女はペンを口元に寄せると、ちゅっと軽く口付ける。

 呆然ぼうぜんとその様子を見守る俺に対し、少しはにかみながら、長い髪をもう片方の手でかきあげた。


「ショック受けてたみたいだったから」


 渡されたペンを受け取る。

 つるりとした光沢をまとう、プラスチックのシャーペン。

 そこに、先ほどの亀裂はどこにも見当たらなかった。

 魔法で修復したのだろう。


 別段、珍しいことでもない。


 だってここは――

 魔法使いが集まる、『東京魔法学園』なのだから。



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