第82話 遅すぎた回答
「言いたいことは終わったか、……
怒りを
「結局、あんたの父親が黒幕じゃない。子が子なら親も親ね」
「あんなクソ親父と一緒にするなッ!!」
「幼いあなたと、親友である御津木の父親を庇ったなんてただの口実よ。あなたの父親がやったのはただの犯罪。警察官の名が聞いて呆れるわね」
「ふざけんな……」
体中の怒りを集約するように雷花は小声で放った。
「あのクソ親父、昔からはあたしには『恥ずかしくない人生を送れ』『正しく生きろ』なんて、いかにも警察官らしいこと言ってたのに、自分ときたらどうよ。親の背中を見て育ってほしかったんなら、ちゃんと手本になる生き方しろよ」
たぶん、雷花とお父さんは最初から仲が悪かったわけではないのだ。
当たり前だ。生まれた時から自分の親を忌避する子どもはいないし、我が娘を嫌悪する親もいない。正義感に溢れる父親の背中を、雷花も追い求めていたに違いない。
しかし、父親は法を犯した。正義を重んじろと口酸っぱく言ってきた本人が法律と倫理を逸脱する行為をした。娘の雷花にとっては裏切られた気分だっただろう。
「親への信用は失って、家でも口喧嘩が絶えなくなった。いつも冷戦状態で、どちらかが口を開けば口論になる……。そこに現れたのがお前だよ、
雷花の瞳には私怨が宿っていた。
「突然、あたし達のグループに入りたいとか言い出して。お前とうちらじゃ住む世界が違うじゃん。どういうつもりだったん? どうせ見下してたんだろ? あたしの家が上手くいってないこと知ってて、嘲笑ってたんだろ?」
「違うッ! 確かに、友達の数を増やしたかったていう不純な動機だったけど、わたしはわたしなりに自分を変えようと思ったの」
「ふん……まぁ、今更どっちでもいいけど。っていうより、あたしにとっては、あんたの存在自体が邪魔だったんだよ」
「なんで……?」
「中学に入ると、またクソ親父が出しゃばりはじめたんだよ。勉強を
雷花は苛立ちを隠さずに続ける。
「ろくに口も利いてこなかったのに、事故のほとぼりが冷め始めたら急にあたしの進路に口を挟むようになった。心底腹が立ったね。自分がやった過去を忘れたのかよ……」
「それと
「笹希さんは成績がいいじゃないか……、それに比べてなんでお前は……。いつもいつも、お前と比較されたよ。もう、うんざりだ」
父親に裏切られ、学校の成績ではわたしと比較され口出しされる。雷花のストレスは日々溜まっていった。
「お父さんのこと尊敬してたんだね」
不意にわたしはそんなことを口走っていた。雷花の口ぶりから、そんな気がしたからだ。
「……冗談だろ。みんな嫌いだったよ、みんな……」
沈んだ雷花の声。
雷花はもともと不良児ではなかった。
昔は勉強も頑張っていたし、生活態度も問題なかった。
それが、事故が発覚し、家族との関係に陰が落ちるようになってから、雷花は変わっていった。
口癖も悪くなり、服装や髪型も派手になった。学校もサボるようになった。
今だから分かる。それは、父親への"当てつけ"だったのだ。
父親が最も嫌っていた「正義に反する行為」を、雷花は見せつけるように態度で示したんだ。
まるで……、
"お前が間違えたんだから、お前が育てた子どもも間違うんだぞ。ほら、娘の姿を見て、自らの行いを反省しろ。それがお前に残された、最後の正義だろ?"と無言の内に語りかけるように。
不憫に思えた。
雷花は精神的に未熟なままだったのだ。親を許す心が育まれないまま、反発することが美徳だと信じて生きてきた、子どもだ。
いや、わたしも先日までは彼女と同じだったのかもしれない。
それでも、雲璃に出会えた。わたしは生まれ変わることができた。
雷花にはそのきっかけがなかった。わたしと雷花を隔てるものがあるとするならば、小さな転機の有無だけ。
彼女の価値観も言動も理解できない。ただ、境遇については、いささかの同情ができる。
「わたしは雷花と仲良くなれば自分を変えられるって思ってた。自分のことしか考えていなくて、最初から雷花のことを友達として見ていなかった。ごめん」
的外れで遅すぎた謝罪と分かっていても、わたしはそう告げた。頭を下げるわたしに、雷花は無言のまま腕を組んで見つめる。
「でも、雷花のお父さんがしたことは許されるものじゃない。雲璃に謝ってほしい。もう遅いかもしれないけど、可能なら罪を償ってほしい」
「……ッ! てめぇ、笹希! どの口が意見してんだ! 要するに、葵ヶ咲のクソ親が生きてたら、あたしの親父も不必要な隠蔽はしなくてよかったんだ。……そうだよ。あいつの両親が死んでなかったら、あたしの家庭も壊れることはなかった。悪いのは全部、そこの葵ヶ咲と、そいつの親さ。そうだよ」
雲璃が刺し殺すような瞳で一歩前にでたので、わたしは即座に彼女の腕をとって制止させた。振り向く雲璃に無言のまま首を横に振って意思を伝える。
一触即発の事態になりかけた、その時。
屋上の扉が開いて数人の女子生徒が入って来た。
同じクラスの
「なんだ、外野がわらわらと」
雷花が先陣を切って入場してきた海音さんに尋ねる。
「パンケーキ紛失事件と、美術室荒らし事件の犯人、あんたらでしょ?」
「お前らもコイツらのダチ? だからぁ、あたしらはやってないって」
「あー小芝居いらないから。猫貝」
「ほーい」と軽い返事をして、猫貝さんがスマホを取り出す。そこには雷花たちが家庭科室に侵入して食材を盗み出す一部始終が動画で記録されていた。
「美術室の証拠映像もあるよ。見るかい?」
雷花が不敵にほくそ笑む。
「盗撮じゃない」
「それよりもっと重い罪を犯してるあんたらに言う資格はないよ」
と、雪原さんが毅然とした態度で言う。事情を説明してくれたのは竹坂さん。
「委員会の仕事で校内の見回りをしていたらあなた達を見かけて。修学旅行の時に笹希さんと何か揉めてたのを思い出したの。なにか企んでるんじゃないかって感じて、暇そうにしてた猫貝さんを捕まえて尾行させてもらったの」
「竹っちぃ、暇そうにしてたは余計だよ。実際ヒマだったけど」
照れ笑いする猫貝さんスッと横切って佐倉先生が口を開く。
「証拠は押えました。あなた達の行為は一高等教育機関内で処罰できる範疇を超えています。これはれっきとした犯罪です。未成年者であっても相応の法的措置が取られます」
いつもの佐倉先生は見た目も精神年齢も幼く感じるけど、今は教育者としての凛々しい威厳を見せている。
「はぁ~~~……」
雷花は深いため息をついて空を仰ぐ。雲ひとつ無い秋の空はどんなに手を伸ばしても届くことのない無限の境界だ。
「お互いの学校と、保護者、そして警察を交えて話し合います。あなた達の行為を明るみに出します。でも、これで終わりじゃありません。あなた達は更生できます。深く反省して社会の為に何ができるか考えてください」
佐倉先生はそう言った。
「罪を告白……。くっくっく、……あっははははははは! そうだよなぁ、先生! やっぱり学校の先生は良い事言うわぁ!」
頭のネジが飛んだような笑い方をする雷花にこの場にいた誰もが嫌な寒気を感じた。
「じゃあさ、これも白日の下に晒して、民衆に真実を伝える必要があるよなぁ!?」
雷花は喜多河さんから例のチラシをぶん取ると全員に見せつけた。
「知らねー奴のために教えてやるよ! 葵ヶ咲雲璃は、そこにいる笹希のダチを殺した凶悪犯さ。ひひっ。許せねーよなぁ、笹希ぃ!? 仇を討ちたいよなぁ!? なのに、お前はなんだ!? 秘密を共有して、挙句の果てにダチを殺した犯人と恋愛関係! あっははははははは! お前さっき、事故を隠蔽したあたしの親父を非難したよな!? どの口が言ってんだ、ぁあ!? 倫理観が狂ってんのはお前らの方だよ! あっはははははは」
「私のことは、いくら誹謗中傷してもいい。でも……、雨愛の悪口だけは許さない!」
雲璃がわたしを守るように、肩を抱いた。
「あのなぁ葵ヶ咲ぃ、犯罪者が口を出す権利なんてないんだよ」
言葉を切って、雷花はフェンス越しに移動した。そして、そっと片腕を空に乗せる。
「やめて……雷花」
わたしは彼女のしようとしていることを察して、震える声を抑えて懇願する。
「言っただろ? 真実は明るみに出す必要があるんだよ。それに、こんな愉快な娯楽話、きっと庶民にも大ウケだぜ。よかったなぁ、笹希ぃ、葵ヶ咲」
「や、やめ――ッ」
ふわりと、雷花の腕の力が解ける。わたしは全速力で駆け出した。
が、あと一歩の所で手が届かなかった。
そのまま、雷花の手から大量のチラシが宙に放たれる。
風の無い上空に放たれた紙の束は重力に従ってヒラヒラと下界に散っていく。
まるで無数の蝶の群れがゆっくりと校庭へ舞い降りていくように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます