第56話 影の邂逅
コンビニで買い物をして近くの公園に移動。肩を並べてブランコに座る。
「もうおでん売ってるんだね」
つい先日まで残暑が続いていたのに、冬の風物詩を見ると急に年の暮れを予感させる。季節はまだ秋だけど、それは一瞬の季節。あっという間に冬になって、来年になって、そしたらわたし達は三年生だ。高校生活も残すところあと一年になる。
過去を懐かしもうとするわたし達を置き去りにするように時間だけが過ぎていく。
「
「おばあちゃんらしいね。お言葉に甘えてまたお邪魔させてもらうね」
昔からよくしてくれた駄菓子屋のおばあちゃん。その正体が
「またこの前の続きしたいね」
「この前の続き?」
「ほら一緒にシュークリーム食べたでしょ?」
雲璃はおでんの器から昆布を掬い上げると、口元を緩めてわたしの顔を覗き込んだ。あの日の戯れの記憶がフラッシュバックする。
「うわあああああああ!!」
何の魔法にかかっていたか知らないけど、なんて大胆なことをしてしまったんだ。いつも一方的に”してやられたり”なので、一矢報いるための反撃だったのに、今になって自分の愚行が恥ずかしくなる。これはもう生涯の黒歴史決定である。
「あ、あの時は、わたしもどうかしてて……。あんなこと二度としないから」
「もうしないの?」
「そ、そんな目で見ても駄目なんだから」
雲璃が顔を寄せて上目遣いでわたしの瞳を覗き込む。おでんの汁で濡れた唇が艶々に光って、妙な色気を放っている。
彼女のペースに呑まれると思ったわたしは彼女の蠱惑的な表情から目を逸らし、味のよくしみ込んだ大根を一口頬張った。
雲璃もわたしから顔を離すと箸で掴んだ昆布を口まで運んだ。けれど、食べることなく器に戻し、箸をそっと置いた。
「どうしたの?」とわたしが訊くと、先ほどの茶目っ気のある感じは霧散していて、寂しそうに俯いた。
「ばあちゃんね、身体の調子があまりよくないんだ」
「この前もちらっと言ってたよね。風邪とか? それともどこか怪我してるとか?」
言ってて気付く。きっと雲璃が言わんとしているのはこういう話ではないのだろう。次の言葉を待つ時間に緊張が走る。
「以前から定期検診に通ってたんだけどね、お医者さんが言うには、あまり状態が芳しくないって……」
そう言えば雲璃が晴夏の病気を知った日も、彼女は定期検診のためにおばあちゃんを病院へ送り届けていたと言っていた。
それだけではない。以前から雲璃は部活やバイト以外の理由で放課後を抜けることが何回かあった。きっとおばあちゃんの定期検診に付き合っていたのだ。
だとしたら……。
「おばあちゃんの具合ってそんなに悪いの?」
「今は平気なんだけど、お医者さんが言うには、いつ重症化してもおかしくないって」
「でもっ! あんなに元気だったじゃない! この前だってあんなに笑ってたし、優しくしてくれたし……」
「馬鹿だからね、うちのばあちゃん。弱ってるところを絶対に人に見せようとしないの。駄菓子屋の矜持とか言ってたっけ。子どもたちを笑顔にさせるのが仕事なのに、自分が暗くなってどうするんだって言ってた」
「おばあちゃん……」
いわゆる老衰で、人間である以上こればかりはどうしようもない。記憶の中の元気な姿は永遠には紡がれない。
でも……、
なんか……なんか、嫌だな……この気持ち。
もちろん、突然の話に戸惑いを隠せないっていうのもある。でも、それ以上に、
いつも向日葵の笑顔を絶やさずに、秘密を抱えたまま旅立った少女をわたしは知ってるから。今のおばあちゃんが彼女と重なる。だから嫌なんだ。
「ごめんね雨愛、暗い話になっちゃって。雨愛は昔からばあちゃんによくしてくれたから話しておきたかったんだ。もしものことがあってからじゃ遅いからさ」
「ううん。ありがとう、教えてくれて」
「あっ、でも、次会う時にこの話するのも陰気な空気になるのもナシね。今まで通り接してあげてほしいな。その方がばあちゃんも喜ぶし。それに文化祭も楽しみにしてるんだ。店を臨時休業させて絶対に行くぞーって張り切ってる」
昼間に店閉めてもどうせお客なんて来ないんだけどね、と雲璃は最後に茶化しながら言った。
「うん、わかった。おばあちゃんにも喜んでもらえるように文化祭の準備、頑張らなくちゃ!」
鼓舞するように言うと雲璃も笑ってくれる。その明るい表情を見て、わたしもた笑う。そうやって街灯のともり始めた公園に二人の少女の笑い声が響いた。
その矢先のことだった。
和やかなムードを打ち消すように暗闇に混じって冷たい影が忍び寄ってくる。
不愉快な感覚だ。脊髄を凍らせ、体を巡る血の温度を冷やすような影。雲璃もそれに気付いたのだろう、眉をひそめながら二人して同じ方角に目を向けると、彼女と目が合った。
「こんばんわ、
「…………
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