第55話 小麦色の帰り道

 中間テストも終わった十月中旬。


 わたしが勉強を見た三人については、大きな問題もなく試験を乗り越えた。


 竹坂たけさかさんは苦手科目の数学で平均点以上を叩きだし、海音うみねさんは懸念していた文系科目で安定した点数を収めた。


 今回の試験は全体的に優しかったけど、授業をしっかりと理解していないと解けない問題だったので、勉強の成果が遺憾なく発揮されたということになる。


 そして、一番心配していた猫貝ねこかいさんだが……。残念ながら日本史と化学が赤点を少し下回ってしまった。


 けれど、他の科目はクラスの平均点近くをマークし、何よりほとんどの科目で赤点を回避したのは彼女にとって前例がないという。


 惜しくも目標ラインに届かなかった二科目ついても、担当教員は彼女の学習過程を大いに評価しており、期末の結果次第で冬休みの補習はなくなるそうだ。


 というわけで、三人とも無事に中間テストを乗り切ることが出来た。


 わたしが勉強の面倒を見たおかげ……なんて驕るつもりはないけど、少しでも友達の役に立ったならこれほど嬉しいことはない。



 そんなわけで十月中旬。今日から来月に開催される文化祭の準備が始まる。テストで張り詰めていた空気が緩み、校内はお祭りムードに移行していく。


 わたし達のクラスの出し物はリアル脱出ゲーム。問題を解きながら教室からの脱出を目指すバラエティ番組定番のゲームだ。


 係としては大きく二つのグループに分けられる。問題作成チームと、大道具チームだ。大道具はさらに、ゲームの仕掛けを作る係、ゲームで使用する小物を準備する係、教室内を装飾する係などに細分化される。

 問題作成は少数でも問題ないので、大半の人員は仕掛けや装飾係に割り当てられることになる。


 ちなみにわたしは脱出ゲームの問題を考える係だ。驚くことにわたしは問題作成チームのリーダーである。

 普段から読書が好きで、推理小説や謎解き系の本も嗜んでいることが抜擢の理由で、竹坂さん、海音さん、猫貝さんが推薦してくれた。


 みんなの前で挨拶したときは恥ずかしかったけど、クラスメートはみんな温かく拍手してくれた。今年の春はこんなにクラスに馴染める未来を想像していなかっただけに、自然と溶け込んでいるのが自分でも不思議になる。


 脱出ゲームはアドベンチャー要素と問題の質が両輪である。どちらか一方が稚拙になると全体の精彩を欠く。問題を考えるという大役を任されて大きな責任を感じる。


 でも、自分が作ったアトラクションで参加者の笑顔が見れたらどんなに素敵だろうと想像するとわくわくする。そのために自分にできることを精一杯やろうと思った。



***



雨愛あめが問題作るんだ。すごいね」

「責任重大だけどね。グループの子たちと相談しながら良いもの作れるように頑張るよ」


 今日は雲璃くもりと一緒に帰路につく。文化祭準備期間はいつもより下校時間が遅くなるので辺りはもうかなり暗い。


「今まではさ、文化祭の準備ってサポート役ばかりだったんだ。クラスで孤立気味だったから、何を手伝えばいいかも分かんなくて」


「私もそうだったよ。仕事振る方も何を任せたらいいか、どう接したらいいか測りかねてる感じだった」


「そう! まさにそれ! なんか気まずいっていうか、申し訳ない感じだったんだ」


「じゃあ今回の雨愛は大役だね。当日は絶対に遊びに行くから」

「うん、待ってる。雲璃のクラスはマーメイド喫茶……だっけ?」

「最初は普通の喫茶店をやろうって流れだったんだけど、雪原が突然人魚のコスプレをしよう! って言いだしてね」


 あの奇抜なアイデアを提案したのは雪原さんだったのか。彼女らしいというかなんというか。


「じゃあ雲璃も人魚のコスプレをして接客を?」

「うん。女子は基本的に接客を、男子は力仕事って感じ」


 雲璃が人魚のコスプレ…………か。


 って何考えてるんだわたしは。人魚といっても肌の露出はなく、健全な衣装だって雪原さんも言っていたじゃないか!


 ふわっと雲璃の人魚コスプレを想像してしまう。雲璃は愛嬌がある人柄というより女子からモテそうな凛とした独特の雰囲気がある。

 でも休日の私服姿やバイト先の制服姿は普通に可愛い。同性のわたしでも油断するとうっとりと見惚れてしまうほどだ。


 そんな雲璃の人魚姿…………見てみたい。


「雨愛、エッチな顔してる」

「ししし、してないもん!」

「本当かな~? 私のコスプレ姿妄想してたんじゃない?」

「してッ…………ました」

「ふふっ。正直な雨愛は好きだよ」


 からかう雲璃と主導権を握られるわたし。この関係性はずっと変わらないんだろうな。


「妄想なんかしなくても、私のコスプレなんかいつだって見せてあげるよ。少し恥ずかしいけど、雨愛になら……いいよ」


「後半の台詞を意味深なトーンで言うのやめてもらっていい? それに本当にそういうのじゃないから!」


 いたずらっ子な仕草に既視感を覚える。

 雲璃は、小さい頃に通っていた駄菓子屋のおばあちゃんの孫だった。笑った顔や、わたしをからかう部分に面影がある。


「ちょっとお腹空かない? 軽く食べていこうよ、雨愛」

「うん、いいよ」


 差し出された雲璃の手を取って、途中にあるコンビニに入っていった。

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