Episode6 水たまりの過去と蒼い未来
第50話 テスト勉強
「ねーねー、ねーってばぁ」
「………………」
「無視すんなしー」
「………………」
「あたし知ってるんだぞー。そんな風に装ってぇ本当は気になるんでしょー。ん~そうでしょう~海っちぃ」
気だるく机に突っ伏した
「むぅ……まだ無視するか」
「………………」
「…………えいっ」
「ひゃん!!」
海音さんの背中をちょんと突っつくと艶めかしい声を上げた。
「えへへ、やっとこっち向いてくれた。それに可愛い声~」
「何の用?」とムスッとした海音さんが訊く。
「あたしから言わせる気ぃ?」
「あんたから話しかけてきたんでしょ!!」
「分かってるくせにぃ」
コイツがこの時期に、こんな態度で接してくる理由なんて二つと無い。
「…………中間テスト?」
「大正解!! さすがあたしの海っちだぁ」
「というわけで、赤点回避できるように手伝ってください。あと、テスト後に提出する課題の答え写させてください、おねがいします」
手をスリスリさせながら懇願する猫貝さんを見て、海音さんは呆れ混じりの溜息を一つ。
「あたし社会人になっても、あんた以上に厚かましい人間とは出会わないと思うわ」
「頼むよ~。夏休みみたいに補習はもう御免なんだよ~」
「まぁ、でも。一学期の期末のときは試験前日にテスト範囲聞いてきたからね、あんた」
「えへへ~。嵐の前の静けさって言うの? 今はまだ晴れてるけど、このままじゃ大雨になるなって私の危機センサーがビビッときたのさ」
そう言うとまた猫貝さんは照れくさそうに頭を掻いた。ちなみに一切褒めているつもりはない。
「頼むよ~海っち~。今度ワックおごるからさ」
「といってもあたしも対策万端ってわけじゃないからなぁ。古文・漢文のプリントまだだし、英語も今回は範囲広いし」
「じゃあ一緒に勉強しようよ~。海っちが課題をやって、できあがったものからあたしが写すから」
「あたしにメリットないじゃない」
「だからワックおごるって」
「あたしムスバーガー派なんだよね。ムス月見セットと抹茶パフェで手を打とう」
「むふふ~足元見る海っちも好きだよ~」
そんな話をしていると一人の女子生徒が寄って来た。
「どったの竹っち?」
「あ、あの……。よかったら、私も一緒に勉強してもいいかな」
「おお~救世主、現る」
「あ、いや、その……。私もテスト不安だから、一緒に勉強できたら心強いかなって」
「竹坂さん成績よくないん?」と海音さんが訊くと、
「えっと、中の下……くらいかな」と俯きがちに竹坂さん。
驚いたのは猫貝さんだった。
「ええっ!? 竹っち! 丸眼鏡で物静か窓辺女子なのに、頭悪いん!?」
「こら」
海音さんが軽くチョップを入れた。
「うん……。文系科目はまだマシなんだけど、数学とか化学が足引っ張っちゃって……」
「あっ! なら、古文・漢文教えてくれない? あたし課題まだなんだよねー」
「ごめん、文系科目も『悪くない』ってだけで人に教えるレベルじゃないんだ」
「そっかー。まぁ、あたしも数学の点数は悪くないけど、人に教えるのはまた別の話だからなー」
竹坂さんと海音さんが難しい顔をする中、猫貝さんだけは不敵にほくそ笑んでいた。
「どうやら、秘密兵器を召喚するしかないね」
「「ひみつへいき?」」
「笹っちぃ!」
「はい?」
「カモン」
わたしが呼ばれた。
「笹っち、ワック食べたいでしょ!?」
「いや、べつに」
「あっ、笹っちもムス派か~。今どきのJKはムス派なのか~」
ご飯食べに行くお誘いかなと思ったけど、どうやら違うらしい。猫貝さんが事の顛末を説明した。
「
「そうだよ~。笹っちの答案こっそり見たことあるけど、もうすごいんだから!」
「どのくらい?」
「グラビアアイドルのバスト&ヒップサイズくらい」
「おおッ! ボン&ボンじゃん!」
猫貝さんがこっそり海音さんに耳打ちした。
勉強が得意と思ったことはないけど、不便に感じたこともない。卑屈ながら、一人でいる時間が多かったから勉強か読書しかやることがなかったのだ。
でも……、
「人に教えるのはまた別だからな~……」
「お願いだよ女神の笹希さん。先生役が必要なんだ。この愚民共に施しを!!」
「まあ、あたしと竹坂さんは大丈夫なんだけど、猫貝がね……。こいつ一学期も何科目か赤点だったし」と海音さんが補足した。
どうやら絶望的らしい。でも完全に諦めるのではなく何とかしようと奮闘している猫貝さんは偉いと思った。
それに、わたしに先生役が務まるか分からないけど、頼られるのは素直にうれしいと思った。
「わかった。わたしが教えられる範囲でよければ教えるよ。みんなで勉強しよ」
なし崩し的に一週間後の中間テストに向けて四人で勉強会を開くことになった。
修学旅行で仲良くなってから、この四人で休み時間に雑談したり、ランチに行くことも増えた。でも、グループ研修の時のようにみんなで一つの目標に向かうのは久しぶりだ。
そう思うと少しわくわくした。
***
「ほらほら、竹っち! 次竹っちの番だよ!」
「もう歌えるのないよ~……。それに、流行りの曲とか詳しくないし」
「それならデュエットする? デュエットしちゃう!?」
普段気だるげな猫貝さんが水を得た魚のようにはしゃぐ。完全に二次会のノリだ。右手にマイク、左手に参考書という異様なスタイルで歌っている。
部屋の端ではさっきまで猫貝さんにさんざん付き合わされた海音さんがぐったりしていて、わたしは自分に火の粉が降りかからないようにちょこんと座ってドリンクバーを飲んでいる。
「むぅ……ノリが悪いな、竹っちぃ。しゃーない、笹っち、カモン」
「え!? でも、わたし、今歌ったばかり……」
「ソロででしょ。デュエットはノーカン。ほら、何歌う!」
「そんな~~~!」
なんでこんなことになってしまったんだろう。
四人でテスト勉強をしようと決めた週末の土曜日。どこで勉強するかという話になって……。テスト前だからか図書館は満員で、ファミレスだと長居はできない。というわけでカラオケになったのだ。
テーブルには参考書や文房具が散らばり、最初こそは当初の目的を遂行しようとした形跡が見て取れた。しかし、休憩時間にせっかくのカラオケなんだからと一曲入れた瞬間、あとはお察しっという感じだ。
勉強会を提案したのは猫貝さんであり、今最も勉強からかけ離れているのも猫貝さんである。
「いや~~~!! 歌った、歌った」
「あんたテストどうなっても知らないからね」
「大丈夫、大丈夫! こっからエンジンかけるから」
満足げな猫貝さんに海音さんが釘を刺す。
「でも楽しかったな。私、あんまり学校の子と遊んだことないから、今日は楽しかったよ」
竹坂さんの言葉はまるでわたしの心の内を代弁しているように聞こえた。
勉強なんて一人でやった方が効率的だ。今日みたいに、人が集まれば騒がしくして体力も削られる。横道に逸れて当初の目的も達成できない。
非効率的だ。そんなの分かってる。でも、……。
みんなと遊びながら同じ課題に取り組む――そんな非日常的で、非生産的な行動がこんなにも楽しい。大勢で遊ぶのってこういう感覚なんだなって知った。
またこんな休日を過ごせたらいいなって思った。
……しかし。
楽しい時間に耽っていればいいのに、わたしはどうしてか雷花たちの顔を思い出してしまった。
かつてのクラスメート……
以前、わたしは彼女のグループに所属していたけど、最後まで友好の兆しは見えなかった。
わたしはグループでも孤立し居場所をなくした。
親しくなれなかった原因をすべて雷花に丸投げするほど、わたしも愚かではない。しかし、わたしの精一杯の歩み寄りを彼女は一蹴したのだ。最初からわたしなんて相手にしてなかったのだ。
そのせいで中学時代を棒に振った。嫌な記憶だ。消し去りたい中学の頃の記憶。
もっと上手くやれていれば違った
それが辛くて、苦しい。心の亀裂音を意識したら、余計に軋んでいく気がする。
過去と完全に決別するのなんて無理なのかもしれない。今が楽しい――その思いを高めて上書きするしかない。少なくとも今のわたしにはそれしかできない。
「笹希さん大丈夫?」
「え? あ、ごめん。大丈夫。ちょっと考え事してた」
竹坂さん達が心配そうにわたしの顔を覗き込んでいた。
「うんうん。博識な笹っちでもテストは緊張するよね~。でも大丈夫だよ! 名前を書き忘れたり、解答欄を一個ずつズラして書くみたいなベタなミスしなきゃ大丈夫! 笹っちは実力あるんだからさ~」
「赤点スレスレの低空飛行が何を偉そうにアドバイスしてんだ。人の心配より自分の心配しなさいよね、猫貝」
「むぅ! 海っちはいっっっつもあたしを過小評価してぇ!」
「過小評価じゃありません。事実です」
「じゃあ、あたしが全科目赤点回避できたらムスバーガーおごってよね、海っち」
「なんかこの前と話変わってね!?」
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