第48話 求めていた居場所
オーナーは、まるで長い船旅から帰って来た冒険者の話を聞くように、わたしと
楽しい時間はあっという間に過ぎて、とっくに雲璃が上がる時間になった。
「それじゃあお先に上がります。お疲れ様でした」
「今日もお疲れ様だよくーちゃん」
オーナーの
「
「うん」
雲璃は小走りで更衣室に向かっていった。
「あーちゃん今日は楽しかったよ、またおいで」
「こちらこそ。今日はありがとうございました、オーナー」
「さっきも言ったけど名前でええよ。オーナーなんて堅苦しいじゃろ」
「わかりました佳代さん。でもよかったんですか、ご馳走にまでなっちゃって」
紅茶のおかわりとセバスチャンが夕食にドリアとシチューを作ってくれた。ちなみにこの喫茶店はレギュラーメニューなるものは存在するが、冷蔵庫の内容次第でセバスチャンが即席で何でも作ってくれる。佳代さんのご厚意で奢ってもらった。
「ええの、ええの。あーちゃんはくーちゃんの大切な友達なんだから。それに……」
佳代さんがウイスキーの入ったグラスを持ち上げると大きめの氷がカランと鳴った。
「くーちゃんは最近明るくなったなぁって思うんよ」
「あれでですか?」
「あたしゃあの子が小さい頃から知ってる。昔から他の子と仲よーなるのが苦手な子じゃった。それに……いいや、これはもぅええか」
最後だけ佳代さんは言葉を濁したけど、どうやら雲璃と佳代さんの付き合いは長いらしい。佳代さんにとって雲璃は本当の孫のように感じられるのかもしれない。大切な宝物を手で優しく撫でるような雰囲気が佳代さんの言葉の端々から伝わってくる。
「最近のくーちゃんを見てると、あたしゃも楽しいんだよぉ。あーちゃんのおかげだよ。ありがとね、あーちゃん。くーちゃんと友達になってくれて」
「そんな……わたしは……」
佳代さんは子どもの頃から雲璃を知っている。でも、この夏に雲璃がしたことは知らない。そして、わたしが彼女の命を奪おうとした事、そのなれの果てに今の関係が築かれていることを知りえない。
だから、感謝されても、その真っ直ぐな気持ちを快く受け取れない後ろめたい自分がいる。それでも、わたし達の選択が正解とは言えなくても、ひとつの答えではあったと、そう肯定されてる気がして安心する。
安心してもいいんだよって言われてる気がする。
心がかゆくなって頬が火照る。
「お待たせ、雨愛」
着替え終わった雲璃がフロアに戻って来た。
「何話してたの?」
「うん、ちょっとね」
首を傾げる雲璃と店を出る。
「また来んしゃい。あーちゃん」
「そういう台詞は少しは働いてから言ってくれ、ママ」
掃除をしている息子のセバスチャンが不満げに言った。
「八十超えた婆さんをまだこき使おうってのかい。恐ろしい息子だよ」
「何言ってんだ! まだピンピンしてるだろう」
「あたしゃね、発注とか、経営とか、裏の仕事をしてるんだ。取引先相手を選別したり、経費を抑えたり、色々知恵を絞ったり忙しんだよ。だいたいアンタはね……」
「……いこっか」
「うん」
親子の小言合戦を尻目に店を後にした。
***
夜のバス停。日中の過ごしやすい秋の陽光は、夜になると姿を隠す。少し肌寒さを感じる肩に、雲璃がピタッと体を寄せてきた。
「さっきは
「雲璃が心配だったから」
「心配してくれたんだ」
「そりゃあ――」
いかがわしいバイトしてるかもしれないし……。
「飲み物運んだり、おじさんの相手をしたりするバイトだって言ったでしょ?」
「言い方よ」
というか絶対わざとからかっただろう。雲璃の半目とつり上がった口角がその証拠。
「それにしても、貴重な放課後の時間を割いてまで私を尾行するなんて、雨愛はストーカーさんだね」
「雲璃だってわたしのことストーカーしてたくせに。あれホントに怖かったんだから」
「ごめん、もうしないから。でも、私も雨愛のこと心配してたのは本当だよ?」
そんな言い方ズルいよ……。
「雲璃はなんであそこでバイトしてるの?」
「祖母が佳代さんと昔からの知り合いなの。それで紹介してもらったんだ」
雲璃とは古くからの付き合いだと佳代さんも言っていた。なるほど、雲璃のお婆ちゃん繋がりだったのか。
「お金貯めてるの?」
「うん……まぁ……ね」
彼女は少しだけ言いづらそうにした。その表情を見て、これ以上は訊かない方がいいのかなと思った。
「雨愛もアルバイト探してるって言ってたよね。もう見つかったの?」
「ううん、まだ。高校生だとできる業種も限られるし、平日は学校があるからシフトの融通が利く所があんまりなくて」
「だったらさ、うちでバイトしない?」
「え? あのお店で?」
「佳代さん雨愛のこと気に入ったみたいだし、すんなり採用してくれると思うよ」
「でも、仕事の内容って……」
「基本的に私と同じだから、オーダー取ったり、料理運んだり、会計したり。今日、私の仕事見てたでしょ、あんな感じ」
「うぐっ、わたしに接客業はちょっと厳しいかな……」
アルバイトを探すにあたって真っ先に外した業種が肉体労働と接客業だ。インドアなわたしに体を酷使する仕事は無理だし、人付き合いが苦手なので接客もアウト。
皮肉なことに、求人情報のほとんどがこのいずれかに該当するものだった。だから、家で出来る内職をしようと考えていた。あれなら人と会わず、座ったまま作業できるし、年齢も関係ない。わたしが求める条件を全てクリアしてくれる。給料が少ないことに目を瞑るならばこれ以上のものはない。
「うちの店、常連が九割なの。だから、慣れれば緊張しなくなるよ。みんな優しいから」
「むむ……」
確かに常連のお客さんが良い人たちだというのは今日観察してて理解した。けれど、それを全く障害に感じないなら、生まれてこの方コミュ障など患っていない。それに、どうもああいう居酒屋的なノリは苦手だ。
「ちょっと考えてみるよ」
「うん。無理強いはしないから、考えてみて。私も雨愛と働けたら嬉しいし、佳代さんも喜ぶよ」
「そっかなぁ……。足引っ張る未来しか見えないよ」
「雨愛は頭良いから仕事もすぐに覚えられるよ。それに、佳代さんのあんな楽しそうな顔久しぶりに見た。これも雨愛のおかげだね」
考えてみてと言われたのに、少しずつ断れない雰囲気を作られている様に感じた。
まぁでも、真剣に考えてみよう。
お金を貯めて雲璃に指輪をプレゼントする。それがバイトの目的であり、本人に渡すまでは内緒である。
今まで受動的に生きてきたわたしにできた初めての目標。それを大切にしたい。
大切な贈り物を買うための資金だ。そのお金は中途半端な形でもらったものでは意味が無い。自分が納得する形で得た報酬でなければならない。
「ありがとう、雲璃。少し考えてみるね」
「うん。雨愛のメイド姿、見られるといいな」
………………?
なんか大事なことを忘れる気がする。雲璃と同じ仕事をする――料理を運んで、お会計をして……。あれ、その時の雲璃、どんな格好してたっけ?
学校の制服じゃない。アルバイトなんだから当たり前だ。
ふわふわなフリルのエプロンと清楚なロングスカート……。それはまるで洋館に務めるメイドさんみたいな――。
「やっぱり絶対無理ッ!!!」
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