第47話 暖かい場所
ここは中心街の一画。数メートルの距離を保ち、物陰に隠れながら尾行する。一昔前の刑事になった気分だ。
今日、雲璃は部活をサボった。その理由をこの目で確かめなければいけない。もし、いかがわしいバイトをしていたら看過できない。
バス停留所から歩いて五分ほど。左右に色々な店が並ぶ商店街にやって来た。しばらくして雲璃が一軒のお店に中へと入っていったので、すかさず駆け寄る。
「喫茶コトカ……?」
木造の昔懐かしい感じの喫茶店。赤褐色に劣化した看板が良い味を出している。
(ここが雲璃のバイト先なのかな?)
そうかもしれないし、違うかもしれない。本命のバイト先は別で、休憩で寄っただけかもしれない。高校生にしてはなかなか渋いお店だけど。
「よしっ、入ってみよう」
見当違いだったら偶然居合わせたのように装えばいい。学校から離れた店に居合わせるというかなり数奇な偶然ではあるけど……。
意を決して扉を引くと頭上のチャリンという鈴の音が鳴った。
***
「いらっしゃいませー。お一人様? ごめんね、カウンター席で待っててくれるかな」
入店すると奥の方から男性の声がした。商店街の挟まれた窮屈な外見とは裏腹に、店の中はなかなか広々としていて、お客さんも何人かいる。
言われた通りカウンター席に座ると厨房から一人の男性が出てきた。三十~四十代くらいで灰色の髭に黒ぶちのメガネ。
「おや、初めてのご来店かな?」
「あ、はい。そうです」
「ごめんね~案内もしないで。今、スタッフの手が足りてなくてね」
「いいえ、どうぞ、おかまいなく。素敵なお店ですね」
「ありがとう。古臭さだけが自慢の店だからね」
人見知りなわたしでも話しやすい。愛嬌のある男性だ。
「後でオーダー聞くからもうちょっと待っててね。はい、これメニュー表」
そう言うと慌ただしくキッチンに戻った。
改めて店内を見渡す。古風な内装に、木製のイスとテーブル。さっきの人は「古臭い」なんて言ってたけど、ひとつひとつの家具が大切に使われてきたことが分かる。
メニュー表と店内を交互に眺めながらしばらくすると。スタッフの女の子が駆け寄ってきた。フリルが印象的なエプロンに、紺色のロングスカート。一瞬メイド喫茶に来てしまったのかと錯覚を覚えてしまった。
「お待たせいたしました。ご注文は……」
さらさらと揺れる黒髪のミディアムショートに碧色の瞳。まるで雲璃みたいな容姿の女の子だ。
そう、まるで雲璃みたいな……。雲璃みたいな……。
視界が歪んだ。
「えっと……、雲璃のお姉さんですか?」
「何言ってるの、
本人だった!!
「な、なに、してるの雲璃。それに、その格好……」
「雨愛こそ何してるのさ、こんな所で」
誤魔化しきれないと踏んで、ここに至るまでの経緯を話すと雲璃は呆れたような溜息を一つ。
「お~い、くーちゃん。三番テーブルにクラブサンド持って行ってくれ~」
「その呼び方止めて下さい!」
雲璃がぴしゃりと言うと、場が少し静まった。
「す、すみません」
「いいよ、いいよ、いつものことじゃん」
雲璃が恥ずかしそうに謝ると、男性客が笑いながら
「雨愛はコーヒーにする?」
「コーヒーは苦手だから、紅茶で」
「OK。レモンにする、それともミルク?」
「じゃあミルクで」
「かしこまりました。ちょっと待っててね」
かかとを翻すとロングスカートがふわっと揺れた。可愛い。インテリアな内装とも相まって、お屋敷に務めるメイドさんのようだ。
「雲璃、ここでバイトしてるんだ……」
「くーちゃん、かわええでしょぉ?」
「うん。あんな顔、初めて見たかも……」
「最初は恥ずかしがってたんだけどねぇ。わしゃの目に狂いはなかったよぉ」
「本当に可愛いです。あれじゃお客さんもいっぱい来ますよね」
「えぇ、えぇ。今じゃうちの看板娘だよぉ」
…………………………?
「ひゃあ!! だ、誰ですか?」
いつの間にか小さなお婆ちゃんが、座敷童のように気配を消して横に座っていた。あまりの小柄さに手の平に収まってしまいそうだ。
「おっ! ボス! 珍しいな、今日は居るのかい」
「ボスって呼び方止めな! オーナーって呼びなって何回も言ってるだろ。ホント、聞き分けの無い愚民どもだよ、あんたらは」
ゲラゲラと笑う客たちにオーナー(?)が一喝する。
「あっ初めまして。わたし、雲璃……
「あ~あ~いいよぉそんなに畏まらなくてぇ。あたしゃ
カウンター席の方が大きく見える位に小柄なオーナーは、映画でマフィアが咥えてそうな太い葉巻を取り出して一服しだした。
「ボスぅタバコやめてよ。煙いから」
「うっさい! ここはあたしの城だ。キングが何しても文句言わない!」
「お客様は神様だろぉ?」
「そりゃ客が言うセリフじゃねぇ。それに、あんたらは神じゃねぇ。あたしの城の愚民だ! ぐ・み・ん」
「「「理不尽!」」」
「いつまでもカフェラテなんか飲んでるんじゃないよ。男ならタバコの一本でも吸いな」
「だって健康に悪いじゃん。俺、長生きしたいよ」
「健康的な生活しても、どうせ八十くらいで死んじまうよ。なら、自分の好きなことした方がず~っとええ。がっはっはっは」
豪快な笑い方をするオーナーに常連のお客さんも「やれやれ」という呆れ顔を見せて、店内は再び元の静かさに戻っていった。
「あーちゃんはくーちゃんのお友達かい?」
「くーちゃん……あー、雲璃のことですね。はい、友達です」
「そうかい。友達……かい」
オーナーが葉巻を灰皿でトントンしながら、懐かしい写真に目を這わすような優しい目をした。
「お~い、く~ちゃん! デザートの付け合わせ手伝ってくれ~」
「くーちゃんって呼ぶの止めて下さい!」
「あの人は?」
奥で料理している、最初にわたしに接客してくれた男性スタッフだ。
「ありぁうちのバカ息子さ。セバスチャンっていう」
「日本人ですよね……?」
「そうさぁ、ニックネーム! それが馴染んじゃって本名わーすれちゃった~」
「オーナーの息子さんですよね!?」
「がっはっはっは! 冗談だよぉ」
ちんまりした見た目でしゃがれた声が特徴のオーナーだ。
「他のスタッフさんは?」
「いないよ?」
「え」
当たり前のように返されたので、わたしの方が何か間違った質問をしてしまった気分になってしまった。
「ええと、つまり。このお店はオーナーと、オーナーの息子のセバスチャンさんと、雲璃の三人で営業してるってことですか?」
「そうだよ。まぁあたしゃ腰も悪くなって、もう満足に動けないから、あの二人に全部ま~かせてるよぉ」
大丈夫なのか、この店。
「でも……」
可愛い制服に身を包んでフロアを忙しなく駆け回る雲璃をつい目で追ってしまう。いつもと違う彼女の姿が新鮮で……つい見惚れてしまう。
「ふ~ん」
オーナーが横目でわたしを一瞥すると、ガラスを割るようなでかい声が店内に響いた。
「くーちゃん!! ちょっとこっちおいで!!」
皿を下げた雲璃が小走りでこちらに駆け寄ってくる。
「なんですか?」
「あーちゃん。どうだい、くーちゃんの制服姿」
「へ?」
にやにやするオーナーと、目をきょとんとする雲璃とわたし。
「かわええじゃろ?」
「は、……はい」
わたしも雲璃も顔をカァッと赤らめて俯いてしまう。でも、言わされた訳じゃない。メイド服の清楚さと凛々しさが彼女によく似合っている。
「うんうん。そうじゃろそうじゃろ」
「私は嫌だって言ったのに、佳代さんが無理やり……」
「かわええ看板娘がいた方が客が増えるじゃろ?」
「新規のお客さんゲットできてないじゃないですか。いつもの常連さん達ばかりで」
不満げな雲璃を横目にオーナーは二本目の葉巻に火をつける。
「まぁ座りんしゃい、くーちゃん。あーちゃん、学校のお話聞かせておくれ」
「佳代さん、私まだ仕事が――」
「んなもんあのバカ息子に丸投げすりゃいいんさ」
「ママ~勘弁してくれよ~。これから夕食時で忙しくなるのに」
「ママって呼ぶの止めな!! 仕事の時はオーナー! 仕事以外でもママって呼ぶな! バカ息子」
カウンター厨房から聞こえたひ弱な声をオーナーが一喝する。常連の客は「またいつものが始まったぞ」とニタニタ笑っている。
「ほら。くーちゃんも座って。時給は発生するからさ。あーちゃんとくーちゃんの学校の話聞きたいんさ。これはオーナー命令だよ?」
「……そういうことなら」
渋々席に腰かける雲璃。
「……だとよ。がんばれ、大将」
「大将って呼ぶな」
常連の冷やかしにすっかり意気消沈したセバスチャンはフライパンをせっせと振り続けるのだった。
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