Episode 5 雨のち雲り
第39話 今までと違う新学期
新学期が始まった。かつてのわたしにとって、それは代わり映えのない日々の続きだった。でも、今年は違う。なぜなら――。
「やっほー
「おはよ、雪原さん」
「聞いてよ、笹希さん! 今やってる『異世界転生した元美容師は、二刀流ヘアアイロンでカリスマ勇者になる』がけっこう面白いのよ! 作画はイマイチなんだけど、人の言葉をしゃべるシャンプーハットがね……」
「ご、ごめん、雪原さん! もうすぐホームルームだから、また休み時間かLIMEでねっ!」
クラスは別々だけど、休み時間には廊下でおしゃべりしたり、夜はLIMEしたりする仲だ。わたしの、大事な友達だ。
そして、もう一人。
「…………雨愛」
「おはよ、く、雲璃」
毛先が少し跳ねたショートボブに碧色の瞳。落ち着いたトーンの声。
「放課後……ね」
「うん……。今日部活は?」
「今日はないよ。まだ学校はじまったばかりだからね。迎えに行こっか?」
「うん、その方がいいかも。うちの担任、ホームルーム長いから」
「くすっ、了解。じゃあ、授業終わったら雨愛の教室に行くね」
高校二年の夏を彼女抜きにして語ることはできない。色々あった。自分の気持ちに全て折り合いがついたかというと嘘になる。
でも、彼女との距離が変わったのは確かである。これからもこの距離感は変化するかもしれないし、しないのかもしれない。それはまだ分からない。
一つだけ言えることは、わたし達は友達になったという事だ。すぐに打ち解けるほどわたしも器用な人間ではないし、まだ不安定な夢の中にいるような感じさえする。
それでも、わたし達は友達になった。雲璃はわたしの……友達だ。
夏休みに入る直前にかけがえのない親友を失った。そして、二人の友達ができた。一引かれて二を足す。この計算は意味を成さない。
わたしにとってのマイナスはかけがえのない負の値であり、プラスされた値が今後どんな意味を帯びてくるか分からないからだ。
でも、新しい日常を想うと自然と胸が温かくなる。雪原さんと話すのは楽しいし、安心する。じゃあ雲璃といる時は? ……分からない。不思議な気持ちだけど、別に嫌じゃない。
この気持ちはなんだろう。
答えが出ない問題もある。全てが解決したわけじゃない。けれど、それすら
***
「以上が一日目の流れとなります。何か質問はありますか。……はい、それでは二日目はグループ別研修となりますので、それぞれ前回の続きを話し合ってください」
学級委員が指示を出すと、各々が席を移動してグループを形成する。一瞬で教室が賑やかな声色で包まれ、先生があまりうるさくなるなよーと釘を刺す。
もうすぐ、わたし達二年生は修学旅行だ。今日は授業の一コマを使ってスケジュールを立てている。
行き先は広島、京都、大阪の三都市。一日目は広島で全体行動、二日目はグループに別れて京都で町歩き。三日目は大阪のUSJで自由行動となっている。
初日は学年全体で行動を共にするが、二日目はグループごとに行き先やスケジュールを自由に決められるので、みんなワイワイしながら予定を話し合っている。
「笹希さんもそれでいいかな?」
「ぁ……はい」
わたしはグループの中でも孤立している。念のため言っておくと、わたしが人付き合いに苦手意識を持っているだけで、他のメンバーはみんな優しい。
今だってメンバーの一人が気を遣って、話し合いに参加しないわたしに
本来、グループの面子は好きな者同士で自由に決めて良い。しかしこのグループは、わたしのようにクラスに馴染めない子や、悪い意味で個性が強かったりしてやはり周りに馴染めない子による「余り者」の集まりなのだ。
でも、別に悲観していない。修学旅行自体は楽しみだし、グループのメンバーも楽しそうに打ち合わせをしている。今のわたしには、そんな心の余裕を持てるようになった。
(何かの縁で一緒のグループになった人達だし、みんなで楽しみたいよね……うん、そうだ。人生一度だけの高校生活の修学旅行。楽しまなきゃ損だ!)
***
〈そっか~笹希さん達は
〈雪原さんのグループはどこに行くの?〉
〈それがさぁ、聞いてよ~笹希さん!!〉
と、雪原さんが前置きして、
〈うちのリーダー様がそれはまたご意識のお高い寺マニアなの! 聞いたこともないようなマニアックな寺ばかり回ろうとすんの〉
続けて雪原さんが、アメリカ人のように両肩をすくめてうんざりしたポーズをする猫キャラのスタンプを投じた。
〈お前ひとりの趣味旅行じゃねぇっての! そういうのは個人旅行でやってくださ~いって感じ笑〉
〈あはは。他の人達は反対しなかったの?〉
〈したよ! したした! でも担任の先生もお寺とか神社マニアでさ、リーダーと意気投合しちゃったの。目の付け所がいいね~って褒められてさ。だから私達も何も言えなくなっちゃったの〉
そういえば、雪原さんのクラス担任の佐倉先生は社会担当だ。わたしも去年の歴史の授業でお世話になった。よく脱線して旅行話や郷土史を語っていたっけ。
〈あっ、でもね! 八坂神社には行くよ。恋みくじを引くんだ〉
〈雪原さん好きな人いるの? もしかして、付き合ってる人がいるとか!?〉
〈ぐふふふ、知りたい? 気になる? はっ! もしかして笹希さん、私に気が合ったりするの?〉
おどけたメッセージの後に邪悪な笑みを浮かべるキャラのスタンプを押す雪原さん。全力で否定するわたしを、きっと心の底から弄んで笑っているに違いない。
〈冗談、冗談! ごめんね、笹希さん。おもしろ半分で引いてみるだけだから〉
〈な~んだ残念! 雪原さん、わたしの為に恋みくじ引いてくれるのかと思っちゃった〉
〈え?! 笹希さん!? それって……〉
〈な~んてね! 冗談! さっきのお返し!〉
〈あーっ、からかったな!! 笑〉
本当に、雪原さんとのLIMEは賑やかで楽しい。雪原さんとも色々あったけど、もう過去を蒸し返す必要もない。むしろ、過去の穴を埋めるように、こうやって明るく接してくれる。
気を遣う素振りも見せず、あくまでも自然と。もしかしたら無意識にやっているのかもしれない。だとしたら、天性の才能だ。その無邪気な性格に、わたしは本当に救われた。
〈雪原さんは三日目は誰と回るの?〉
〈美術部で回ろーって話になってるの。笹希さんはクラスのお友達と?〉
〈あぁ……うん、そんなとこ〉
雪原さんはクラスにも部活にも親しい友達がたくさんいる。対してわたしは交友関係が乏しく、雪原さんはそれを知らない。だから、彼女はわたしも自分のクラスメートと三日目のUSJを楽しむと思っている。
夜も深くなり明日も学校なのでLIMEを切り上げた。
「雪原さん、部活のメンバーと回るんだ……。そりゃそうだよね」
雪原さんは人気者だ。三日目の自由行動で回る人はすでに決まっていると分かっていた。でも、もしかしたら……一緒に回ってくれるんじゃないかと淡い期待を込めてLIMEを飛ばしてみたのだ。
部活のメンバーということは、雲璃も同伴するだろう。少しだけ寂しく感じる。けれど、
雲璃は美術部でも浮き気味だと、雪原さんは以前に教えてくれた。この旅行が転機となって、雲璃が美術部に溶け込むことができるかもしれない。そう思うと、なんだか応援したくなる。
友達の少ない人間が、他人の交友関係が広がるように祈る。なんとも皮肉な話だけれど、わたしと立ち位置が似てるからこそ純粋に応援したい。
「がんばれ、雲璃」
最終日のUSJはめでたくボッチ行動が確定したけど、折角の修学旅行だし存分に楽しみたい。学校行事に好意的でなかったわたしが、こんな風に思えるのが意外だ。この夏で少しだけ大人になったのかもしれない。
修学旅行は二週間後。今夜はよく晴れていて星の見える夜空がとても高く感じられた。
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