第11話 調査開始
昨日の一件が尾を引いて、ほとんど眠れないまま朝を迎えた。
浅い眠りの狭間で一晩中考えたが、答えは出なかった。判断材料が少なすぎる。
だから、確かめなければいけない、
今日から八月。
夏休みだというのに、帰宅部で連日学校へ行っている生徒なんてわたしくらいではないだろうか。歩きながら頭の中を整理する。晴夏と葵ヶ咲さんの関係についてだ。
葵ヶ咲さんは晴夏の葬儀に参列していた。うちの制服を着ていたから、同じ学校で間違いない。
彼女は晴夏のことを「南橋さん」と呼んでいた。わたしと会話していた手前、苗字で呼んだのかもしれないが、彼女の呼び方からは親密さの温度が伝わってこなかった。
つまり、葬儀には参列するが、それほど親しくもない程度の関係性――葵ヶ咲さんと晴夏はクラスメート同士だったのではないか、という推論に至った。
昇降口で内履きに履き替えて、晴夏の教室に向かった。
誰もいないガランとした教室は、いつもの賑やかな学校とは別世界のように感じる。
「よしっ」
さっそく晴夏と葵ヶ咲さんの関係を示すものがないか調べ始める。まずは教室内の掲示物からだ。
年間の行事予定や、夏休み中のボランティア募集のチラシなどが貼ってある。が、生徒の名簿(たとえば座席表、委員会の所属先など)を示すものは掲示されておらず、集合写真の類も見当たらない。
罪悪感を覚えつつ一人一人の机の中を覗いていく。夏休みということもあって、ほとんど「置き勉」はない。それはつまり手掛かりがまたひとつ失われたのと同義だった。
ふと、晴夏の机に目を遣る。
中は空っぽ、サイドの手提げ掛けにも何も無い。もうこの机の主が、この机を使うこともないと思うと、夏の気温には似つかわしくない冷たい風が心に吹いた。
結局、手掛かりは見つからず、一か八か、わたしは職員室へと足を向けることにした。
静かな廊下にコツンコツンという靴音が響く。
グラウンドでは野球部が炎天下の中で声を張り上げている。耳をすませば遠くの階から吹奏楽部の音色が聞こえてくる。学校全体がゆっくり呼吸している様に感じた。
「失礼しまーす」
職員室に入ると冷房の涼しい風が体を包んだ。さすがに学期中よりは先生の数は少ない。
「えーと、佐倉先生は……」
晴夏のクラス担任を探すが、どうやら今はいないようだ。内心でほっとする。考えなしに職員室に来たから、実際に先生に会ったら何て説明すればいいか考えてなかった。正直に葵ヶ咲さんは先生のクラスですかと質問しても不審に思われるだろうし。
佐倉先生の机の上には開かれたノートPCと飲みかけのコーヒー。どうやら一時的に席を離れているらしい。
さすがに引き出しを開けて、根掘り葉掘り調べられるほど、わたしの肝は据わっていない。だから、先生の机の側を右往左往しながら、目に全神経を集中させて、手掛かりを見つけようとする。
「あれ、佐倉先生に何か用かい?」
隣に座っていた別の先生が声を掛けてきた。
「い、いや、その、勉強でわからない所があって……」
「ああ、そうなんだ。佐倉先生は今電話対応中なんだ。もうすぐ戻ってくると思うよ」
「そ、そうなんですね。ありがとうございます」
先生はそう言うと、自分の仕事に戻った。
…………やばい、時間が無い。
なにか、なにかないの……!
平静を装いながら内心では焦燥感に駆られて、目をキョロキョロと動かす。すると、ノートPCの下に一枚のプリントが挟まれていることに気付く。
隣の先生に悟られないように忍者のような素早い手つきで、そのプリントをヒョイと引っ張り出した。
これは……夏期面談予定表?
わたし達は二年生だ。学内のコース選択に、進路希望など、人生の分岐を考えなくてはいけない時期に差し掛かっている。これは、そういった進路について教師と生徒が一対一で行う面談のスケジュール表のようだ。
わたしはまるで、生産工場ラインで次々に流れてくれる製品の中から不良品だけを検出する感知センサーになったつもりで、その一枚の名簿票に目を凝らす。
そして。
「……見つけた」
上から下まで、隅々までチェックする必要なんてなかった。なぜなら、名簿順に羅列された生徒の名前――その一番上にわたしが欲しかった名前があったからだ。
二年三組 出席番号一番 葵ヶ咲雲璃
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