第03話 またね……。
「すっかり遅くなっちゃったね」
駄菓子屋からの帰り道。肩を並べて歩く夕影が二つ。
「また、遊びに行きたいね」
「う、うん。それでね、
言いかけたところで、わたしは口を閉じてしまった。どうしたの、と顔をのぞきこんでくる晴夏に、わたしはモジモジして下を向いてしまう。
夏休み中にまた行きたい。駄菓子屋もだけど――夏祭りではしゃいで、花火を見て、一緒に宿題に追われて。晴夏と夏休みも一緒に過ごしたい。
本当はそう言いたかった。
これは、わたしの悪い癖だ。変なところで遠慮したり、周りの会話の雰囲気に気後れしたりして、本音が言えなくなる。本当はしたいこと、思っていることを胸の奥にしまってしまうのだ。
そんなわたしの良き理解者である晴夏は、もう一度やさしく「どうしたの、
「……なんでもない」
「そっか」
恥ずかしさから言えなかった。
晴夏はそんなわたしの引っ込み思案な性格もよく知っている。だから、わたしがしゃべりたくなそうな時は無理に踏み込んでこない。
もちろん、イタズラ心で答えづらい質問をわざとしてくるときもある。わたしも嫌々な素振りを見せつつ本音はまんざらでもない。むしろそんな晴夏との雑談が心地良いとすら感じる。雰囲気を読みながら会話の歩調を合わせるのが晴夏は上手なのだ。
「雨愛はさ、」
しばらく歩いていると、晴夏が会話の流れを変えるような声調で言った。
「雨愛はさ、好きな人っている?」
「――――――!?」
いきなり訪れたガールズトークにカァッと顔が熱くなる。
「いいい、いないよ!」
「そうなの?」
「そうだよ!」
そういえば、晴夏が恋の話題をふってくるのは珍しい。きっと明後日から夏休みだから、彼女も開放的になっているのかもしれない。
「でもさ、好きじゃなくても、気になる人くらいいるんじゃない?」
「ないない! 絶対にない!」
「寂しい青春だねー。雨愛ってホントに女子高生?」
「そのセリフ、そのまま晴夏に返すからね」
「あたしは……。うん、そっか、……そうだね、あたしも同じだ」
「えっ!? なに今の間? もしかして晴夏、好きな人できたの!?」
「いないいない、安心して。あたしも雨愛と同じ、灰色のJKですから」
「その呼称はなんか
「でも、何?」
自分で言いかけて続きを見失う。わたしは今何を言おうとしていたのだろう。
わたしに好きな人はいない、それは本当だ。でも、さっき晴夏にそれを質問されたとき、少し返答に困った。その理由が分からない。そして、晴夏にも想い人がいないと判った瞬間、安堵のような感情が芽生えた。
どうして?
仮に、晴夏に好きな人がいたら、わたしは心の底から祝福するだろうか? それとも嫉妬する?
あれ? なんで「嫉妬する」なんて選択肢が思い浮かぶの? 誰に対して、どうして嫉妬するの?
ふと蒔まかれた疑問の種は、次々と新しい疑問の花を咲かせていく。
家路に就く分かれ道にさしかかると「またね」と切り出すのはいつも晴夏の方だった。特別な意味もない言葉なのに、当たり前のように明日も晴夏に会えると思える別れの挨拶がなんだか嬉しかった。
小さく手を振ると、晴夏も得意の向日葵スマイルを咲かせる。晴夏に背中を向けて歩き出すと、空は茜色から紫色へと移ろいでいた。
「雨愛っ!」
少し歩いたところで晴夏が呼び止めた。
「……雨愛」
今度は少し力弱く、もう一度わたしの名前を呼んだ。さっきまで話していた人物と同じはずなのに、まるで別人のような表情と声色をしている。
周りの酸素を全て取り込むように、すぅーと晴夏が大きく息を吸う。
「雨は短し、夢見よ乙女!!」
「なんじゃそりゃ」
思わずズッコケそうになる。周りにいた主婦さん達も、部活帰りの学生たちもクスクス笑っている。またからかわれたようだ。恥ずかしい。とんだ巻き添えだ。
「ふふっ。またね! 雨愛!」
「なんなのよ、もう! バイバイ、晴夏」
わたしは今度こそ
「…………またね、雨愛」
わたしの後ろ姿が地平線に消えていくまで晴夏が見送り続けていたことに、わたしが気付くことはなかった。
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