第7話 思春期の蹄が傷つくとして
夏の前のこのじわりと汗の滲む季節に、愛おしさを感じる日は来るのだろうか。
校内のクーラーは室温が34度を超えないという理由で使用許可もなく、たからのもちくざれと言う言葉がピッタリだと痛感する。どこかで騒ぐ学生の声がこのうだるような暑さに溶け込んで蜃気楼のように畝りをあげた末、耳に届く頃には雑音に変わってしまうのだった。人の声より無機質なものの立てる音の方が随分と爽やかに聞こえる。鋭利であればあるほど、そのものになんの魂もないと知らせるように冷たく響く。
パシャリ
こうやって自分の中の生活や、思いみたいな不確かな魂の合間に「和葉」を食い込ませるようにしたのはいつからだろうか。高校の入学式の時かもしれないし、暗室で見覚えのない写真を現像した時かもしれない。ミントのリップを塗っていた時かも、はたまた北高の女子とキスをしていたのを見た時かもしれないし、あいつが階段を登ってる時に下着が見えた時かもしれない。そんなオレがいつ和葉を命の一部みたいに考え始めたか、考えたくなったか、なんてどう足掻いても何度もありすぎて答えにならない。ため息をつく。その息さえ熱くて神経に触る。
1年生の頃、あいつは赤木のことが好きだった。単純でよく笑い、明るくって直ぐに人と仲良くなれる赤木は誰にでも話しかける。その中に神谷がいたってだけなんだが、あいつにとってはどうやらそうではなかったらしい。神谷は聞いたら基本なんでも答えることが多い。それは別に何も考えていないとかではなくて、どうでも良いという方がしっくりくる。いつも、いつまでも、オレを含む男には興味がないのだ。
「神谷ってさ、赤木のこと好きだったりする?」
その質問に少しも動揺することなく神谷はコクリと頷きまた一瞬来たオレへの視線を赤木に移した。一般的な人が好意のある人間に向ける目線とは違い、チリっと火花の出そうなソレを自分に向けて欲しくてしょうがなかった。あれは何かの間違いだと、どうにかしたら和葉のズレを戻せると思っているにも関わらず大して動けない自分を諦めるのを待っている瞬間もある。
なぜ、なぜ人間は出来ないことを何となく察してしまうのか。でも少ない蜜にすがってしまうのか。
「きくち」
はやくはやくはやくオレの名前を呼んでくれないか。親から継承した形容詞のような何かではなくオレという確かな個体を見て存在を認めて欲しい。
楽観的で何も考えてないように見えてオレの中のドロドロしたものは溶けだしては外には出られずフツフツとマグマのように身を焦がすのだった。
きっと一過性の思いで、あとから見れば馬鹿みたいな青春の1ページになるのかもしれないし、消したい記憶になるのかもしれない。
「好きだ」
誰も聞いてない言葉もまた畝りを上げ暑さに溶けだしどこかに消えていってしまった。
横暴屈波(18)の初恋。 藍本 @aimoh
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