第5話 酸素のないあぶく


僕は偏見だとか、差別だとか、そういった偏った目線を持たないことの方が正しいと、いや、「正しくある」と思っている。だからこそ、この手の中で瞬くシールに写る2人の女子の行動についても理解しなければいけない気持ちがあるというか、こういうことを認められない・信じられない心の狭さであったり度量の小ささになんとも失望するような、歯がゆい感覚を覚える。こんな感覚をするくらいなら、こんな文化に触れるんではなかったと浅はかな考えも巡るくらいにはこの問題が僕の中では大きく膨れ上がっていたがそんなことを言葉に出来るほどの余裕もない。

時折学校で神谷を見かけるが、なんと声をかけたらいいのかも思いつかないし本人がこれを無くて困っているだろうなどという考えは自分のあまり関わりたくないという気持ちを優先させたために伝えられないし、深く考えられないでいた。かといってこれをずっと持ち続けることは精神衛生上宜しくないこともまた事実であり、解消すべきだということもとっくに分かっていたのだ。


「生徒会長、何見てるんですか?」

「別に、取り立てて言うほどの物じゃないよ」


このシールを治す作業も慣れて出来るようになってしまっている自分に驚いたのはもう数日も前の話だ。僕らしくもなくこの件は蟠りを残しずっと心に留まり続ける。色んなことを誤魔化すように水筒に入ったお茶を飲む。午後になり、少し冷めたソレはちょうどよく口に馴染みほっとしたのか一緒にため息が出た。

神谷は、いつからこんな風に生きてきたのだろうか。こういう事をするまでにどんな葛藤があり、悩み、そのためにあのような問題行動をするようになったのだろうか。などと実体験が無い故に出ない答えがグルグルと循環し僕の思考を支配しつつあった。それとなくなんでも卒無くこなせて来れた自分にとってこんなに分からない疑問にぶつかったのは初めてだったし、同時に興味も湧いたのだと思う。


「我ながら趣味が悪いな…」


呟いた言葉は誰にも拾われること無く床に落ち雪が溶けて無くなるみたいにあったかも、最初から無かったかも分からなくなって消えてしまった。


未知の体験をする度に僕はこんなに思慮のない人間だったのかと痛感することが度々ある。そういったことを引き出されてしまう相手なのだ神谷は。その事にこのひとつの小さな欠片に気が付かされてからというものの、僕の気は気では無くなってしまった様に思う。どこか前までの僕は僕以外の生活や生き方や環境がまるでもともと用意されたもののように考えていた。しかし、自分とは全く違う考えや思考やはたまた行動に触れる度、もやもやとした取り留めない答えのない気色悪い気分になるのだ。


「・・・。」


神谷。君と話せばこの答えが出るのか。きっと出ない。今の今まで君が僕に本音を話してくれたことはなかったじゃないか、出過ぎた好奇心だということは分かっている。この気持ちを、この気持ちは、僕以外の人間にある感情なのだろうか。

もう一口お茶を飲む。なんだ、僕は何を飲み込んだんだ。

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