第4話 花が枯れるのと同じ理由で
「菊池ー」
気だるそうに写真部の部室に入ってきたのは菊池先輩とつるんでいる人だった。根は真面目だけど面倒臭いが押し勝つ菊池先輩と違ってこの人は本当に面倒臭いが故に何もしないような人に見えるから話しているのが意外でよく覚えている。しかも、甲斐甲斐しく先輩はこの人の世話を見ている気もする。
「先輩は今、事務室に行かれてますよ」
「あっそ。」
あっそってなんなんだろう。あっそって。それが親切に教えてあげた人への態度?え?マジで謎なんですけど。不愉快度マックスだし、しかも何椅子に座ってんの?いや、ここお前の部室じゃないんですし。しかもなんかスマホいじり初めて…いや、部活時間はスマホ禁止だし。てかわざわざ部室まで来るなんてなんの用事があって、こんな所まで足を運ぶ理由があったんだろう。何?もしかして菊池先輩と付き合ってたりするの?いや、菊池先輩は確か同じ写真部の赤木先輩といい感じの雰囲気があるし、この前彼女は居ないと言っていた。別に、私がどうこう言う話ではないのかもしれないけど。あ、なんか電話してる…
「きく、部室」
それだけ言ってスマホを顔から離す。きくって、菊池先輩?事務室いるはずの菊池先輩がなんで電話に出れるの?ってか万が一それして見つかったらどうするの?迷惑かかるじゃん。そんなことを考えながら見つめていると顔を上げたその人と目が合った。うわ、眼力あるな、この人…
「何?」
「いえ、別に」
「写真部って写真撮りに行くのが部活じゃないの?」
え?まさかだけどもしかしてこの人写真部の私に向かってこの部室から出ていけとか思ってるわけ?いやいやいや、まじで何様?写真部だっていっぱいすることありますけど。写真撮ったら自分でネガ作らなくちゃいけないし、現像だってしなくちゃいけないし、もうこの人のこと大っ嫌いなんだけど。どうしたの?何様?頭死んでるんでしょ?色んな気持ちが交錯しながらただただ睨みつけるような形になる。しん…としているのになにか張り詰めたものはなく、2人とも何かが起こるのを待っているようだった。
「もういい。帰る」
「え?」
口火を切ったのは目の前の人だった。菊池先輩を呼び出したんじゃないの?そんな質問を聞く前にガタン、と立ち上がり出口に一直線に歩き出す。私は「あ」だとか「うん」みたいな返事をしたきりで上手くなんと言っていいか分からなかったりしてそのドアが閉まるまで見届けることしか出来なかった。なんなんだろう、あの人は。疑問だらけの思考に明確にあるのは嫌悪だけで徐々にまた腹が立ってきた。
「ただいまーってあれ、神谷は?」
「なんか、帰るって」
「ああ、そう」
「そうって、呼び出されたんじゃないんですか?」
「ん、まぁ。まぁ、そんなもんだよ。あいつは」
「お、怒らないですか…?」
その言葉を聞いた菊池先輩はチラッとこっちを見て軽く笑った。なんだか諭すような顔だと思った。そうして手元のカメラに顔を落としたけれど、まだ顔は薄く笑ったまんまで。その様子からその笑顔が私に対してのものじゃない事が直感的に分かってしまった。あ、これは、あの人に笑ってるんだ。
「原田は俺の1番今まででよく撮れた写真って知ってたっけ」
「去年、写真甲子園に出したのじゃないんですか?」
「…まぁ、そうだな」
くるくるとカメラのリボルバーを回しながらされた返事はどことなく覇気がなかった。解答を間違えたのかそれともさして意味の無い質問だったのかもさっぱりになってしまい、私の心がグズグズにされたように思う。なにか、あの人が関わるとこうなってしまうような錯覚が起こる。いい心根の人にちょっかいをかけて、不愉快で思い通りにいかず、目の上のコブのような、そんな女なんだろう彼女は。そう思いたいような気持ちにさせるのだ、我儘で自己中心的でどうしようもない子供だと思わせるのが上手い人なんだと。
「どうしようもないんだよ。」
ドロドロと流れ出すものを切るように菊池先輩がそう言ってそっと名札からネガを出して見せてくる。あの人、かと思ったけどそうじゃなく赤木先輩だった。しかも、割と顔のドアップで目の光がキラキラと瞬いていて、水晶体が透明に透き通って宝石みたいに見えて、これこそ写真の醍醐味みたいな。え、じゃあやっぱり、菊池先輩は赤木先輩とそういう感じ!それに、え、ネガ持ち歩くとかすごいなんか純愛風というかある意味で狂気的というか…それを見て白黒してる私を先輩はなんとも言えない顔をしながら見ていて、何か言ってと願う程だった
「これな、神谷が撮ったんだよ」
「えっ」
「びっくりしたよ。現像したら出てきてさ。でも、赤木をこんな風に撮れるのあいつしかいないから」
「そ、んなの分かんないじゃないですか?」
「なぁ、俺はさ…」
この写真を撮ったやつなのか、こんな表情を見せたやつなのか、これ以上の写真を撮れないやつなのか、誰をどう思ったらいいか分かんないんだよ。な、どうしようもないだろ?と諦めたように続ける。確かにそれはどうしようもないかもしれない。私だってその感情の名称を知らない。もう1回少し離れたネガを見る。中の赤木先輩の瞳は少し擦り切れているけれどキラキラと輝いていてまるで猫の目のようだった。ずるい、ずるいよ、こんなの。
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