#3 Ⅽafard is fool
その後、一応リーはクリステンが何かしらの報復を受けるんじゃないかと心配していたが、そんな話は1週間経っても2週間経っても耳に入らなかった。
ある日、ふとリーは学校の廊下でクリステンとすれ違ったので、訪ねてみた。
「あのっ」
「はい?」
「えっと…僕、1年のリー・ポートレスと言います」
「はあ…私に何か?」
「2週間程前、街のカフェであった事を覚えてますか?僕もいたんですけど」
「2週間前?……ああ、あの時ね。あの騒がしい男の」
「はい」
「そう。あなたもいたのねポートレス君?」
「はい。それで、あの後その…あいつは何かして来ませんでしたか?仕返しと言うか…」
「いいえ?別に何も」
「そうですか。それなら良かったんですけど」
「それにあんな男に一体何が出来るというのかしら?仮にあの男が本当に貴族フェニックス家の息子だったとして、あんな惨めな姿を晒して家の名に泥を塗ったなら罰せられるのは彼の方よ」
「そうかも知れませんね。では」リーは頭を下げて立ち去ろうとしてふと思いついて足を止めた。
「あ、すみません先輩。もう1ついいですか?」
「?……何?」
「先輩と僕って、ずっと前にも会った事ありませんでしたっけ?」
「?……いいえ?今日が初めてだと思うけど」
「そうですか。すみません。では」と、今度こそ立ち去ろうとしたが、ふと何やら表が騒がしい事に気が付いた。
どうやら誰かが来て生徒たちが群がっているらしい。
リーが様子を見に行くとクリステンも付いてきた。
「君でも無い…君でも無い…君でも無い…」
そこで女子生徒の顔を一人一人確認しているのは、何と件のキャフール・フェニックスでは無いか?
真っ白なスーツを着て髪もあの時と違い綺麗に整えている。まさか今頃になって復讐しに来たんじゃあるまいな?とリーはクリステンを隠そうかと思った。
しかしその前に向こうがこちらに気付いてしまった様だ。
「おお!あなただ!遂に見つけた!」
キャフールが生徒たちの中心をずんずんとこちらに向けて歩いて来た。
クリステンは嫌な顔をしながらもその場で待った。
「な、何の様かしら?」
「ああ!先日はとんだ無礼をいたしました!」
何と、彼の口から出たのは「この間はよくも…」とかでは無く謝罪の言葉だった。
「あの後家に帰ったら父上にこっぴどく叱られました。『フェニックス家の男が女に1発ぶたれた程度で泣きわめいて帰るとは何事だ!我が家の恥め!』と。それから僕は数日間考えました。考えてみればあの時は僕が悪かったと思いました。父上はいつも言っていました。ノブレス・オブリージュ。高貴な者程社会の模範になる様振る舞わなければならないと。僕はとんだ馬鹿でした。そう気づいてから僕はどうすれば父上の様な立派な紳士になれるかを知る為色々勉強しました。あの時、僕はあなたの手に口づけしようとしましたが、世間ではああいうのをセクシャル・ハラスメントと言うらしいです。本当に失礼な事をしました」
キャフールはクリステンの前に膝まづいて頭を下げた。
「そ、そう…反省してるならいいわ」クリステンはちょっと引いているが。
「そして!もう1つ気づきました!」とキャフールは大声を上げた。
「な、何?」
周囲には結構な人だかりが出来ている。クリステンは早くこの場から立ち去りたかった。
「僕を殴った人は、あなたが初めてです!これはきっと運命です!一目見た時から、あなたからは他のどの女性とも違う特別な物を感じました!」
そして彼は言った。
「どうかあなたに、僕の婚約者になって貰いたいのです!」
クリステンは白目をむいた(イメージ)
「お、お断りします!」
「そんな!いきなりとは言いません!まずは恋人…いえ、お友達からでもお願いします!」
「そ、それ位なら考えてあげなくも無いけど…こ、こんな大勢の前で…」クリステンは顔を真っ赤にして呟いた。
そこに、「おーい、何の騒ぎだ?全員教室に戻れ。授業が始まるぞ」と先生が来たので皆教室まで歩いて行った。
クリステンも乗じて去ろうとしたが、その背中にキャフールの声がかかった。
「お、お待ちを!せめてお名前だけでも!」
「ク…クリステン・シロン」
「おお…クリステン!何と麗しい響きだ!」
その後もキャフールは何か言っていたがクリステンとリーは気にせず立ち去った。
その日から学校中はこの話題で持ち切りだった。
学校屈指の美少女が貴族の息子に見初められたのだ。それもあんな大勢の前での大胆なプロポーズ。
「あの子、顔がいいからって玉の輿?」「いいわね美人は」
そんな陰口までされる始末だ。
クリステンは心底滅入っていた。
「先輩。大丈夫ですか?」
リーが声をかけた。
「ああ、これは…報復にあいつが私の頬をぶってくれた方がまだマシだったわ…」
その夜、キャフールは大勢の前で女性にプロポーズしたかどでまた父親に叱られたのだが、クリステンは知る由も無い。
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