#2 BEAUTY AND THE COCKROACH

パラディーゾに入学してから3ヶ月が経った。

まだまだ簡単な魔法しか教わってないが、毎日はそれなりに忙しかった。

『基礎呪文』を暗記しなきゃいけないし、『魔法薬』のレシピや効能、その材料の薬草の栽培方法、魔法文字の読み書き、魔法の歴史、そして未開域の現在分かっている情報諸々…覚える事は山ほどある。

「来月はテストだからちゃんと勉強しておく様に」

呪文学の教師ハービー・チャンドラー先生がそう言って授業は終わった。


「リー、浄水の呪文はオープロープだっけ?」

放課後寮の部屋でルームメイトの同い年の少年マックス・フォードが聞いてきた。

「違う。オープロープだ。ルをしっかり発音しないと水がすごく臭くなってしまうらしいから気を付けろ」

「サンクユー」

マックスは眼鏡をかけた少年だ。

入学したその日にお互いに自己紹介してからなんとか仲良くやっている。

もっとも薬草学の若い女性教師オリアンヌ・ルミエール先生の豊かな胸に夢中な様で、その話を度々するのでリーはその都度苦笑をしているが。

「俺はJKより女教師と恋がしたい!」なんて言っている。

彼もリー同様、未開域開拓軍志望だ。

ここの生徒の多くはそうだが、中にはそれ以外の仕事に魔法を取り入れたいと思ってる者たちもいる。

確かに、魔法を取り入れれば漁業も幾分か効率が上がるだろう。

「——さて、テスト勉強はこの辺にして街へ行こうぜ」

マックスがそう言って片付けだした。

「そうだな」

リーも片付けて2人は街へ行った。

王都だけあってフリッグの街は栄えていた。

各種店舗、遊び場、劇場等があり、飽きる事はない。

もっとも、寮には門限があるが。

2人は適当に店を回り買い物をしてカフェでコーヒーを飲んでいた。

ふと気が付くと少し離れた席に目が付いた。

少女。歳は15歳位だろうか。長い髪を後ろで束ねて残りを背中の真ん中辺りまで垂らしている。はっきり言って凄く美人だ。

少女は時折カップに口を付けながら一人静かに文庫本を読んでいた。

気づくと他の席の男性客たちもチラチラと彼女を見ていた。

「ああ、美人だよな。クリステン・シロン」マックスが小声で言った。

「……知ってんのか?」リーも小声で。

「何言ってんだ。同じパラディーゾの先輩じゃないか」

「え?そうなの?」

「2年生のな。美人で有名だけど、一人でいる事が多いらしいぞ。彼氏どころか友達がいるかも怪しい程に」

「へえ……」

まあ、学年が違うなら授業で見かけた事が無くても仕方ない。

しかしリーは彼女に『美しい』とは別に妙な懐かしさを感じていた。

ずっと昔、彼女に会った事がある様な……というより、もっと自分にとって重要な人物だった様な、そんな不思議な感覚だった。


「でも胸だけは残念だよなあ」


ピキッ


マックスがいらん事を言った瞬間クリステン・シロンから刺す様な何かがこっちに飛んで来るのを感じてリーはビクッとなった。

その直後だった。

カフェのドアが開いて騒がしい話し声と共に男が1人、3人の女を連れて入ってきた。

4人共派手な恰好をして空いている席にドッカと座った。

「さあ、何でも好きなのを頼むといいよ子猫ちゃんたち。もっともこんな庶民の店じゃ出る物もたかが知れてるけどね」男はキラキラとして見てるだけで目が眩みそうな指輪だらけの手を振りながら言った。

「え~っと~…私このケーキにしようかな。でもこっちも食べた~い!」

「構わないさ!好きなだけ食べな!」

「え~そんなに食べたら太っちゃ~う!」

「なーに、ちょっと太った位じゃ僕の君たちへの愛は変わらないよ」

「や~ん!キャフール様ったら素敵~」

さっきまで静かにジャズを流していた店内は途端に騒がしくなってしまった。

「あの……お客様、申し訳ありませんが、他のお客様のご迷惑になるのでもう少しお静かに……」店員が恐る恐るそう言うが

「あん?お前僕が誰だか分かってんの?」キャフールが店員を睨んだ。

「えっと…その…」店員はすっかり畏縮してしまっている。

「知らないわ」

氷の様に冷たい声がした。

いつの間にかクリステンが立ち上がってキャフールのそばにいた。

「ん?」

「あなたが誰かは知らないけど、騒がしくするなら静かにして。それが無理なら出てって」

彼女はまっすぐにキャフールを睨み言った。

それにキャフールは怯んだが、しばらく彼女の顔を眺めると言った。

「こ、これはこれはお美しいお嬢さん。失礼いたしました。いやはや驚きました。まさか、こんな街中にこのような美人がいらっしゃるとは」

姿勢を正しキャフールは紳士らしく頭を下げた。

「申し遅れました。私、キャフール・フェニックスです。どうぞお見知り置きを…」

そう言うとキャフールはクリステンの手の甲に口づけを……


パンッ


唇が手に触れる直前にクリステンの手の平がキャフールの頬を強く打った。

「ギャーーーーー!!痛いよおお!パパー!ママー!痛いよお!うえーーーーーーーーん!!」

途端にキャフールは目から大量の涙を流し頬を抑えて床を転げ回りながら喚いた。

大の男がマジ泣きである。

それを見た連れの女たちは「うわ何これ…」「ダサ…」「恥ずかしいよ行こう…」と、3人共キャフールを置いて店から出て行ってしまった。

「……グスッ…お、お前…よくも僕をぶったな。僕を誰だと思ってるんだ?絶対ただじゃ済まないからな…お、憶えてろよバーカ!バーカ!お前の母ちゃんでーべそ!」

キャフールはそんな低レベルな捨て台詞を残して涙と鼻水だらけになった顔で店から逃げる様に出て行った。

「…ふう、全く…」クリステンは溜息をつくと席に戻り読書の続きを始めた。

リーもマックスも店員や他の客たちもその様子を呆然と見ているしか出来なかった。

「すごかったな…」としばらくしてからマックスが言った。

「そうだな」とリー。

「フェニックス?なあ、あいつ確かキャフール・フェニックスって言ってなかったか?」

客の1人の男性がふとそう言った。

「フェニックスって言うと、まさかあのフェニックス家のボンボンか?あいつ」

他の客もそれを聞いてざわざわしだした。

「フェニックス家って…確かこのフリッグの王家の親戚の貴族じゃなかったか?」

「そうだよ!も、もし本当に奴がフェニックス家の人間だったら、嬢ちゃん、やべえんじゃねえか?」

それを聞いたクリステンはしばらく間を置いた後、本から顔を上げずに言った。

「知った事じゃ無いわ。悪いのはあっちだし、それにあんな品性下劣な男が貴族ですって?笑え無いわ」

「……」

確かにそうかもと思ったのか誰も何も言わなかった。

「それにしてもあの男、私の母さんが出べそだという事を何故知ってたのかしら?」

「……」

事実だったらしい。



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