第8話
別に怖い人ではないのだが、女主人のやけに堂々とした態度、というか、ふてぶてしい様子は、僕をかなりまごつかせるのだ。こだわりの強いラーメン屋の親父に「麺が固いんですけど」と苦情を言っているような気にさせられる。
「この間買ったブレス、これ、ネックレスとかにできませんか?」
「ネックレス?」
彼女は不思議そうに僕を見た。
「あの、ずっと手につけてると、ちょっと邪魔なので、首につけた方がいいかな、と」
「失礼ですが、あなたにはお似合いにならないんじゃないかしら」
また始まった。こういうのが苦手なんだ。
「それに、まだおつけしたばかりでしょう? もう少しじっくり石と向き合われてから、そういったことをお考えになったらどうですか?」
「はい」
「一日中身につけていないといけないわけではありませんので。家にいるときだけでもけっこうですので。あとはポーチに入れて持ち歩いていただければいいので」
録音してある声のように淡々とした話し方である。
そうこうしていると、別の客が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
女主人が形式的な挨拶をすると、その女性は、
「すみません、ネックレスありませんか?」
と言った。
「はい、こちらにございます」
そこには、僕のブレスを数倍の長さにしたようなネックレスが、たくさんぶら下がっていた。
「わあ、高いですね」
「使用してある石の数が多いですからね」
「そうですかー、どうしようかなあ」
「どうしてもネックレスでなくてはいけませんか? ブレスレットもございますが」
「うーん、服の下につけたいんですよね。職場がちょっと……」
そう言いながらも、その女性は女主人にたくみに誘導され。ブレスレットを試着している。
「あ、これ可愛い。私、これにします」
僕が腕につけているのと同じようなタイプのブレスを購入し、去っていた。
女主人は僕をみつめる。「あなたは何が不満なのですか」とでも言っているようだった。
「そのブレスレットは私の自信作です。今ご覧になられたように、大人気の商品なのです。他のものならともかく、私はそれを壊して組み直すつもりはありません、切れたのならまだしも……」
「でも、それが、あなたの仕事じゃないですか」
僕の言葉を聞くと、彼女はたちまち顔色を変えた。
「私の仕事は作る、売る、直す、これだけです。壊すのは私の仕事ではありません。そんなに気に入らないなら、他の石を購入されたらいかがでしょうか」
「でも、僕はこの石がいいんです。もう三週間も持ち続けているし、愛着が湧いてるんですよ」
「だったら、あなたの手でゴムを切って下さい。そうしたら、組み直して差し上げましょう」
「そんなこと、できません」
口に出してみると、自分がどんなに心無いことを言ってしまっていたのかに気づき、はっとした。そんな僕を見て、彼女勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「そうでしょうね」
いたたまれなくなって、そのまま店を出た。
馬鹿な男だと笑われても仕方がない。僕は、ブレスを腕につけないでいたら、しのちゃんが僕から離れていってしまうような気さえしてきていた。でも、半そでを着たままこれをつけてたら、それはそれで引かれるんじゃないかとも思っていた。というわけで、ジレンマに悩まされていたわけである。
ブレスレットは、石の一つ一つが美しく輝いているとともに、色の組み合わせが生み出す調和のとれた様も、また美しかったのだ。だから僕は、これを壊してしまうわけにはいかなかった。冷静になって考えてみると、女主人の言っていることは最もだった。
「優ちゃん、今日は半袖なんだ。珍しいね」
「ああ、最近暑いし」
直接つけていなくても、持ち歩くだけでいいという女主人に言われたので、僕はようやく半袖を着ることができるようになったのだった。
「似合ってるよ」
そういって微笑むしのちゃんは、気のせいか少し疲れているように見えた。今日の服装は、クリーム色のフレアースカートと、薄紫色のTシャツだ。最近、服装がややラフになってきているようで、ちょっと気になる。
「今日は何読んでるの?」
講義が始まる前は、相変わらず本を読むのが習慣になっている。しのちゃんに表紙をみせると、しのちゃんは「優ちゃんって、こういうの好きだよね」とちょっと上から目線な調子で言った。
「こういうのって?」
「なんていうのかな、いい子にしてたら神様が幸せにしてくれます、みたいな話」
「そうかな、あんまり考えたことなかったな。読書歴、浅いからね」
「だからこそ、優ちゃんの趣味がよく現れてるって思ったの」
なんだか今日のしのちゃんは様子がおかしい。
「なるほどね。ところでしのちゃんは、どんなのが好きなの?」
「私は読書歴長いし、趣味もよく変わるんだけど、最近は、自分の力でなんとか問題解決したいって思うから、そういう本をお手本にしようと思って、よく読むの」
「ふうん」
しのちゃんは、ちょっと背伸びしているような気がするが、同時に僕は、なんだか置いて行かれているような気がした。
「ねえ、優ちゃん、講義が終ったら話したいことがあるんだけど、聴いてくれる?」
「もちろん」
しのちゃんは、「よかった」と呟いた。とうとうきた、そう思った。講義が始まっても、先生の話なんてまるで耳に入らなかった。
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