第7話

 しのちゃんは、たまに僕と話すかと思えば、手紙に何を書いたらよいのか相談するのだった。

「ねえ、優ちゃんはどんなこと書いてあったらうれしい? 話したこともない女の子がら、手紙なんてもらったら、やっぱひかれちゃうかな?」

「そうだね、しのちゃんは字が可愛いから何書いても大丈夫なんじゃないの」

「もう、真面目に言ってるのに」

 不思議なものだ。しのちゃんが他の男にラブレターを書こうとしているのに、何故僕はこうも冷静でいられるのだろう。いや、冷静どころか、少しでもしのちゃんと話す機会が増えることを喜んでいるような気さえする。

 それにしても、しのちゃんは積極的だ。バイタリティあふれるというか。話したこともない人に手紙を書いて愛の告白だなんて。僕なんて、こうして毎日仲良く話している女の子にすら何も言えないというのに。

 まあ、仕方ないさ、そういうのは人それぞれだ。それに、僕には、恋愛運アップのブレスレットがあるではないか。きっと最後に笑うのは僕さ、という安心感があるから、きっと僕は落ち着いていられるのだろう。そう、これを持っているだけで、なんだか随分と安心できるのだ。

 最近では、着ているのが大分暑くなった長袖シャツの上から、ブレスに触れてみる。ポーチに入れて持ち歩けばよいといわれても、腕につけないと安心できないのだ。

「優ちゃんってよく腕に触るよね。くせなの?」

「よく見てるなあ」

「だって、いつも一緒にいるんだもん」

 やはり、最近しのちゃんといられることになったのは、このブレスのおかげなのだろうか。しかし、しのちゃんと僕との関係には、相変わらず進展がない。気がつくと、手帳に「今日はしのちゃんと散歩した」とか「しのちゃんに本を薦めてもらった」とか「講義中しのちゃんと一緒に教科書を見た」とか書くようにしているのだが、読み返すごとに、悲しいほどに僕たちは単なる友人同士であることを実感するのだった。

 もしかして、しのちゃんも僕のように思ってはいないだろうか、と想像してみることもある。

 例えば、本心ではこんなことを考えているのではないか。

「私優ちゃん大好きなんだけど、なんていうか、ほら、今の関係を壊したくないのよね。もし優ちゃんが私のこと好きじゃなかったら、サークルでも気まずくなっちゃうし、一緒に講義受ける友達もいなくなっちゃうし。そうしたら、困っちゃうもんね。

カムフラージュで電車の人の話したんだけど、全然妬いてくれないからやになっちゃうの」

 自分で妄想しておいて、ばかばかしくなってしまった。

僕って、こんなうじうじしてる奴だったっけ? ああ、嫌だ嫌だ。

 しのちゃん、君は何を考えているのだろう。君の考えていることが、本のように取り出して読めるのだったら、たとえそれが広辞苑のような厚さであっても僕は熟読できるに違いないのだが。


 もういくつ寝れば七月だ。

 やがて梅雨があけて本格的に暑くなったら、長袖をずっと着ているのも限界だろう。そこで僕は、再び女主人のいるパワーストーン屋を訪れた。

「いらっしゃいませ」

 いつもと変わらぬ涼しい顔をした女主人は、半そでのスーツを着て、商品を磨いている。

「あの、この間ここでブレスレットを購入した者ですが」

「ああ、そういえば」

 彼女は僕の事を思い出したようだった。

「その後、どうですか」

「はい、いいです」

 おかしな返答をしてしまった、と思ってまごまごする。

「あの、ちょっと訊きたいんですけど」

「はい?」


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