第6話

「はい、お願いします」

 僕は恐る恐るブレスレットを手に取る。これをはめた瞬間、しのちゃんから電話がかかってきたらいいなあなんて、あほなことを考える。

「ぴったりですね」

 と女主人。たしかにサイズはぴったりだ。僕は男のわりに手首が細めなのだ。

 しかし、見た目は? 確かに僕は少し色白でもあるので、手だけ見れば、それなりに見栄えがすると言えなくもないかもしれないが。うれしいのかうれしくないのか、自分でもよくわからないけど。

 そのブレスレットは、女主人の自慢の品らしく、決して安くはなかった。しかし安すぎてもそれはそれで心配だ。一分くらい考えていたが、思い切って、買うことに決めたのだった。

 会計を済ませると、女主人は言った。

「こういったブレスレットをお使いになるのは初めてでしょうか」

「はい」

「それではいくつか注意点を申し上げておきます」

 淡々とした口調で、線香の煙や塩でときどき清めなければいけないこと、他人に貸してはいけないこと、紅色の石は柔らかめで傷つきやすいので丁重に扱うことなどを説明される。さらには、扱いが悪かったり、あまりにネガティブなことを考えると石の色が変わるので、常に注意して見ているようにと言うのだった。なんだかいかがわしい話になってきたな、と少し心配になりながら、「はあ」とうなずきながら話半分で聞く。

「ご理解いただけましたでしょうか? 少々不安なので、もう一度、今私が申し上げたことを復唱してもらえませんか?」

「え? なぜに?」

「大切にして下さらない方に、石をお売りしたくはないのです」

 これじゃあまるで抜き打ち試験だ。しどろもどろになりながら、必死で彼女の言った言葉を繰り返す。

 何度かやり直しをさせられ、なんとかすべての注意事項を覚えられると、彼女はようやく安心した様子を見せた。僕ってそんなに信用できなさそうに見えるのだろうか。

「それでは、幸運をお祈りします」

 そう言って微笑んだ女主人は、それまでとはうって変わって、少女のように微笑ましい笑みを浮かべているのだった。


 しのちゃんは、結局僕のアドバイスに従い、自分の好きな可愛い黄色い花が散ったようなレターセットを選んだようだった。偶然なのか、彼女の服も、細かい黄色い花と黄緑色の葉が白地に散った柄のブラウスである。デニムのひざ丈のスカートと組み合わされると、いつも以上に元気いっぱいの女の子に見えた。

「仕方ないよね、可愛いんだもん」

 そう言って微笑む彼女は、本当に愛らしかった。

 長袖シャツの下に隠したブレスレットに、服の上からそっと手を触れてみる。しのちゃんともっと仲良くなれますように。もっと仲良くなれますように……脳内に、条件反射のようにメッセージが流れた。

「最近、優ちゃんよく長袖シャツ着てるよね」

「寒がりなんだ」

「そうなの。風邪ひいてるのかと思って心配したよ」 

 なんて優しい子なんだ、と心が温かくなる。

「じゃあ私、バイトだから。またねっ」

 心なしか、しのちゃんはうれしそうな顔をしていた。

そんな彼女をみて、僕もバイトを始めてみようかと思ってみる。しのちゃんのバイト先で人手が足りていなかったら雇ってくれないかな、などと考える。

ふと木の葉のそわそわした音に目をやると、ついこの間花が散ったばかりの桜の木の葉が、もうすっかり大きくなって濃い緑になっているのだった。

 自分の部屋に戻ると、ため息が出た。

なんで僕は未だにここに一人でいるのだろう。食器を買うとき、まあ、すべてが百円の店で買うのだけど、食器やコップなんかを、ついついそろいで買ってしまう。いつしのちゃんが万が一遊びにくることになったときのための、準備ってやつだ。

 しかし、最近二人で過ごすことはめっきり減ってきている。講義が終わると彼女はそそくさとどこかへ行ってしまうし、同じサークルに入ったのに、彼女はバイトが忙しいからあまり部室に顔を出さない。僕だけがやたらと先輩たちと仲良くなっていくのだ。この間も、珍しく部室に来ていた柳田さんに、「おお、今日も篠原はいないな」と言われたばかりだった。最初はカップルかと思われていた僕たちだったが、最近ではみんなすっかり忘れ切っていて、そんなことまで懐かしく感じられたくらいだった。

 そんな僕の日々とは裏腹に、よくスーパーで新入生らしきアベックが手を繋いで買い物してるのをみかけるようになってきた。あいつら、一体どうやってくっついたんだろう、なんて思ってしまう。知らない人たちなのに、つい呼び止めて尋ねてみたくなってしまう。

 僕としのちゃんはいつになったらアベックになれるのだ? このブレスレット、早く何とかしてくれないものだろうか。

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